第142話 シュウマツの歌姫と最愛のバケツマン
『歌姫リリー』と言えば、歌のライブの代名詞。
そう呼ばれるほどに歌と切っても切り離せない関係にあるのが『歌姫リリー』だった。
そんな彼女も最近は歌以外のライブが増えていた。
「みんな~、リリーだよ♪」
その日のライブ配信も突発的だった。
いわゆるゲリラライブである。
『歌姫』の衣装は極力肌を見せないシックなデザインのツーピースドレスが多い。
今日は『歌姫』ではないと誰の目にも明らかだった。
白いワンピースのドレスを着ている。
スカートの裾丈は足首にまでかかるほど長く、肌を見せない。
だが袖がない。
珍しくノースリーブでマーメイドラインのドレスなのだ。
「今日はこれから、
くるりとユリナは一回転をする。
背が大きく開いたデザインなのかと思いきやそうではない。
腰の部分に大きなリボンの飾りがついているだけだ。
これまた『歌姫リリー』の代名詞ともなっている胸元のリボンとは違い、単なる飾りだった。
彼女のダンジョンの一言にコメント欄は紛糾する。
ユリナの身を案じる者も少なからずいたが、不思議と否定的な意見は出ない。
『九十九島の大迷宮』でユリナの唄を聴いた者が多かったからだ。
「それで今日のチャレンジにあたって、みんなに紹介したい人がいるの」
ユリナはどうすれば、自分がもっとも魅力的に映るのか。
どの位置に立てばもっとも効果的なのかを把握している。
それらを理解したうえで機械的に張り付けたような笑顔を振りまく。
これが彼女の定石だった。
ところが今日の『歌姫』はどこか違った。
はにかむような笑顔は決して、縁起ではない。
居心地が悪そうにすごすごと現れた大柄な男の腕を強引に引っ張り、カメラの前へと導いた。
コメント欄は俄然、燃え上がる。
スタートした時の紛糾どころの騒ぎではなかった。
『歌姫』が大胆なビキニ水着で熱烈なキスを交わした相手に違いないと視聴者が、盛大に騒いだのである。
「え、えっと……
「…………」
大柄の青年は頭から、すっぽりと覆い隠すバケツのようなヘルメットを被っている。
勿論、その正体は麗央その人である。
麗央はオープニングでどうやら喋ってはいけないと釘を刺されていたようだ。
ただ無言でサムズアップするだけだった。
コメント欄は期待と失望が入り混じり、さらに燃え上がった。
しかし、これまた不思議なことに「バケツマンwww」と案外、好意的に受け止められている。
既に『九十九島の大迷宮』で登場しているバケツマンだったが、正式に紹介されるのは初めてだった。
コメント欄では二人の体格差から割り出し、件の動画の青年こそバケツマンであると予想する者すら出ている始末だ。
「チャレンジするのはここよ♪」
コメント欄の鋭い指摘に僅かながらにたじろいだユリナだが、気を取り直すとカメラにダンジョンの全景を映し出すように指示した。
白亜の巨大な高層建築物だった。
かつて日本が高度経済成長期に建てられたリゾート施設の中核をなす十一階建てのホテルである。
客室フロアがある五階から九階が張り出したような少し頭でっかちの独特のデザインが、人目を引く。
経営破綻に陥り廃墟となった後、取り壊され既に失われたはずの建物だ。
それがダンジョンとして、目に見える形で現出しているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます