第141話 紅蓮の魔法使い
平凡な学芸員に過ぎなかった青年の日常は一変する。
『歌姫リリー』の唄を聴いたことで『烈火』の力に目覚め、
『烈火』は人が目覚める力の中ではかなり強力な部類に属する。
運用次第で人類の敵にもなりかねない諸刃の剣である。
アウェイカーを管理する
当然のように目覚めた五十六の存在を知らないはずがない。
しかし、人工精霊グリゴリを送り込むだけではあまりに力不足としか言えなかった。
グリゴリはあくまで監視をするのが任務であり、それ以上を望むべくもない性能しか与えられていない。
何より、グリゴリは世界中に出現した大勢のアウェイカーに配布される量産品である。
そこで協会副理事長の一人であるレミィが五十六の監視と護衛を自ら買って出た。
見た目こそ、妖艶な美女にしか見えないが、その正体は悠久の時を生きてきた『あやかし』である。
享楽的でよく言えば自由奔放。
悪く言えば混沌を良しとする厄介な質の人物だった。
世界を動かす者も扱いに困り、持て余した結果が表向きには閑職と思われる世界覚醒者協会の副理事長という地位だ。
積極的に動き、この地位をレミィに与えたのはダミアンだった。
ダミアンは管理すること自体に疑問を感じており、世界を動かす者の中では複雑な立ち位置にいる。
アゼリア、サシャ、レミィ。
彼らは独断で行動すれば、確実に世界に一石を投じかねない力を持つ。
そのような者を協会という籠に閉じ込めた。
ダミアンの真意を理解しているのが、実は当人たる彼らなのはまさに皮肉と言えよう。
「ざっとこんなもんかね」
青年がおどけた様子で独り言つ。
頭のてっぺんから爪先まで灰色だった。
白いシャツとグレーのスラックスはありきたりの既製品に過ぎないものだ。
それだけなら、ビジネス街を歩くサラリーマンと言われてもおかしくない。
しかし、頭に被った灰色のとんがり帽子とローブが一種、異様な雰囲気を醸している。
おとぎ話に出てくる魔法使いによく似た装束をしているのだ。
さらに青年の左右の掌の上で野球ボールほどの大きさの火球が、ごうごうと燃え上がっている。
「まぁ、いいんじゃない?」
目にも鮮やかな紅色のチャイナドレスに蠱惑的な肉体を包んだ美しい女が青年の周囲の情景を気に留めることなく、言い放った。
五十六とその仕事ぶりを監視しているレミィだった。
周囲は見事なまでの焼け野原である。
二人が訪れたのはM半島の突端に近い位置で現出した『迷宮』だった。
かつて戦国の世に三浦一族が玉砕した地である。
海面に流れたあまりの血潮の多さに油を流したように見えたことから、そう名付けられたと言われる曰く付きの地だった。
現出した『迷宮』はフィールドタイプのダンジョンだ。
さながらそこだけが切り取られたように異質になった。
彼らを突き動かすのは無念の思いか。
それとも生者へのひたすらの憎しみなのか。
半ば朽ちかけた亡者の群れが跋扈する危険なフィールドだった。
しかし、炎の力を自在に操る五十六にとって、これほど相性のいいダンジョンはない。
燃やして、燃やして、燃やし尽くすだけでいいのだ。
新しく考えついた炎の魔法を試すのにも丁度いいとレミィと乗り込んだ結果、焼け野原が生まれた。
余裕の『迷宮』制覇である。
五十六はレミィに文字通り、手取り足取りの指導を受け、『烈火』の力を見事に使いこなす域に達した。
覚醒時点では初級アウェイカーの中でも下の下と認定される程度だった。
現在は着実にその力を伸ばしている。
レミィは五十六の中級認定を協会に申請した。
特に異議もなく認定される予定だった。
中級覚醒者には戦術級の力があるとされる。
その影響力は強く、都市一つを統制下に置くことすら可能である。
人間の身でありながら、中級認定を受けている者は世界に五人もいない。
日本では初の中級覚醒者認定となる。
「貴方の炎はまだまだ燃え上がるわぁ」
「いや、それほどでもあるかねえ」
五十六の欠点を上げるとすれば、調子に乗りやすいことだろう。
お調子者と言われても仕方がないほどに彼は、すぐに調子に乗る。
おどけて見せるのが五十六の処世術であり、身を守る手段の一つでもあったのだ。
その傾向は監視するという名目でレミィと同居してからも収まることはない。
むしろ酷くなっているとも言えた。
レミィはまるで心を通わせた恋人と同棲するように接してくる。
これに心を惑わされない男がいるのか、怪しいくらいに距離感がおかしい。
ましてや免疫の無い五十六ではひとたまりもなかったのである。
レミィにいいところを見せたいとの思惑も絡み、五十六の勘違いは続く……。
そして、本人の与り知らぬところで五十六の株は上がっている。
YoTubeに上げられた『紅蓮の魔法使い』五十六のダンジョン踏破ライブが密かな人気チャンネルに育った。
ただ、チャンネル視聴者の九割がたが男性である……。
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