第139話 ヨルムンガンドII
Y市の軍港で漆黒の闇夜を思わせる巨大な船体を休ませている。
新造巨大潜水空母『ヨルムンガンド』号だった。
Uドックでの最終調整を経て、
バイオコンピュータ『ヨルムンガンド』を搭載し、その制御下で無人での稼働にも何の問題もない最新鋭の艦艇である。
未知のテクノロジーがこれでもかと言わんばかりに注ぎ込まれた最新技術の粋を集めた見本市と言っても過言ではないだろう。
バイオコンピュータによる自己判断だけではなく、学習とそれに基づく経験則に応じた進化。
さらには自己修復機能までも備えた未来を担う箱舟の如き船でもあった。
海上自衛隊の港に間借りする形で寄港しているが、その存在は自衛隊にも秘匿されている。
事情を知るのは一部の高官とその意を受けた者達だけだった。
「御武運を」
スクエアタイプの眼鏡をかけた眼光の鋭い男が独り言つ。
あまりにも小さい呟きだったので聞き咎める者は誰もいない。
彼の視線の先には闇色の船に消えていく数人の男の背が見えている。
陸上自衛隊の隊服に身を包んだ男――小暮龍二は隊帽を直すと踵を返し、いずこかへと去っていった。
小暮は一等陸尉の地位にある陸上自衛官である。
彼は新設される特殊部隊・第一特殊任務部隊の小隊長就任が内定していた。
第一特殊任務部隊はK県T駐屯地に属しており、司令は切れ者として知られる美濃部茂一等陸佐だった。
形式番号AM-01。
エピメテウスの名を与えられたこの鋼の巨人はプロメテウスに比べれば、遥かに改良された人型機動兵器であると言えよう。
プロメテウスは未知の機関の運用試験の意味合いが強かった。
頭部、胴体、脚部全てが直方体を繋ぎ合わせたような不格好な物で腕も鉄パイプの先に間に合わせのマニュピレーターが取り付けられた程度の完成度だったのだ。
それに比べれば、エピメテウスは実用に適したモデルである。
量産化を前提とした制式タイプの面目躍如と言ったところだろうか。
まだ小型化に漕ぎつけていない動力機関はこのエピメテウスでもネックとなっており、
しかし、腕部は装甲に覆われ五本の指を備え、人間の手によく似たマニュピレーターはプロメテウスとは比較にならないほどに向上している。
歩行するのがやっとだった脚部も改良が施され、幾分スマートになった外観通り、動きもまともになった。
問題なく二足で歩行するだけではなく、ある程度は走る動作まで行えるようになったのだ。
エピメテウスは現在、三十機が既にロールアウトされた。
そのうちのニ十機が旧アメリカに向け、輸出されることが決定した。
旧アメリカは元々、この
しかし、空の王者ジズがいる限り、空路が選べない以上、海路を使うしかなかった。
技術者を含めたこの大がかりなプレゼントを無事に送り届けるにあたり、細心の注意を払わざるを得ない。
そこで白羽の矢が立った。
件のヨルムンガンド号である。
あの『ヨルムンガンド』の魂が宿った船であれば、アメリカまでの航路も問題なく乗り越えられると思われた。
何より、
生半可な妨害に屈することはないと期待されていた。
ヨルムンガンド号に大切なプレゼントを積み込むのも細心の注意が必要だった。
そこで小暮一尉が抜擢されたのである。
おおよそ十日前後のゆったりとした船旅を経て、アメリカ西海岸に到達したヨルムンガンド号は無事に任務を完了する。
しかし、引き渡された
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