第138話 私はそう欲張りな……

 ファンシーとしか表現しようがないピンク色の雲で飾られたを右に左にと軽やかなステップを踏むが一人。

 眩いばかりのスポットライトを全身に浴び、特徴的なツインテールを振り乱しているのは誰あろうユリナである。


 白を基調としたステージ衣装は『歌姫』でもなければ、『お姫様』とも違う方向性でデザインされている。


 育ち過ぎた狂暴な果実を強調しているようにしか見えない真紅のリボンはいつも通り、彼女の胸元を飾っている。

 レースやフリルがふんだんにあしらわれているのもいつも通りである。


 ツーピースのドレスはアシンメトリーデザインだった。

 ブラウスの右袖は姫袖と呼ばれる幅広で長い裾になっているが、左袖はない。

 二の腕どころか、肩辺りまで袖がないのでユリナの透明感のある白い肌が顔を覗かせている。


 スカートも同じく非対称だ。

 右部分が膝上までしかないミニスカートのような裁断をされており、白く瑞々しい太腿が露わになっている。

 左部分は逆に膝までを覆っていた。

 フィッシュテールデザインにもなっており、背の部分は屈んでも下着の見えない工夫がされていた。


 曲調はユリナが得意とするバラードではない。

 アップテンポで途中にラップも挟んでいる。

 いわゆるで脳を破壊する歌い方も彼女が普段、決してしないものだ。


 一しきり歌い踊り終えたユリナはやり終えたとの疲労感を全身から滲ませながら、観客席で待つたった一人の観客へと駆け寄っていく。

 結構な勢いで抱き着いてきたユリナをしっかりと受け止めた観客は麗央だった。

 そこそこの勢いがありながらも彼は微動だにしない体感はさすがである。


「ねぇ、レオ。さっきのゲームは私の勝ちでしょ? それで今ので私の勝ちが確定ね。二勝したもん♪」

「は? リーナ、どうしてそうなるのかな」


 麗央は両手を口許に置き、心の底からの笑みを隠そうともしないユリナを眩しく思いながらも決して、賛同できない一言に首を傾げるしかない。

 さすがに聞き捨てならない一言だった。


 二戦目はファンタジーのような世界で『勇者』が『姫』を助けるゲームだったが、勝者の存在しないドローゲームだったはずだからだ。

 そういう認識でどこか釈然としないあやふやな状態で始まったのが三戦目のゲームだった。


 ところがこれがゲームと銘打ちながら、皆目見当がつかない。

 歌唱力に定評のある『歌姫』がステージで媚び媚びの『アイドル』を演じている。

 観客は自分一人だけ。

 自分だけが独占できる『アイドル』だ。

 完璧で究極の存在が自分の為だけに歌い踊り、愛を囁く。

 それが愛する妻であれば、尚更気持ちは強くなる。


 しかし、彼女は唐突に勝利宣言をしたのである。

 麗央には全く、意味が分からなかった。


「え? だって、さっきのは麗央が悪いのよ。お気に入りの髪留めを壊したでしょ? 許されないわね☆」

「い、いや、あれは……じゃあ、あの時はどうすればよかったんだい?」


 麗央は何か、いい理由はないものかと考えるが何も浮かばない。

 あの時は確かに角を狙うのが最善だと判断したが、本当に最善だったかどうかと問われると途端に自信がなくなった。


「決まってるでしょ。呪いをかけられた『お姫様』の呪いは『王子様』の愛が籠った口付けで解けるものだわ」

「そ、そうなんだ」

「そうよ。だから、私の勝ち♪」


 麗央は思わなくもない。

 「俺は『王子』ではなく『勇者』の役だと思ったけど?」と……。

 しかし、それを口にすればユリナの「はぁ? 出たわ。レオの負け惜しみ~」とかえっていじられるだけの未来が見える。

 こと口での勝負ともなれば、麗央はユリナに勝てる気がしないのだ。

 彼女の口を無理矢理ふさぐ――少しばかりの強引とも思えるキスが出来るほどに麗央はまだ大人ではなかった。


「分かった。じゃあ、一勝一敗のイーブンってことだよね?」

「いいえ、違うわ。今、勝ったから私の二勝よ?」

「え?」

「ん?」

「どういうことですか、リーナ

「どうもこうもないと思うのよ、レオ


 僅かに離れた位置で静かな火花を散らしながら、二人は睨み合っている。

 険悪なものではなく、犬も食わぬと言われるアレ夫婦喧嘩に近い。

 それも互いに大人になり切れていない大人未満のおままごとな夫婦の小競り合いである。


「レオが見たいって言ったから、やったのよ。だから、私の勝ちでいいでしょ?」

「そんなこと言った覚えは……あったかもしれない。だけど、それとこれとは話が違うと思うんだ」


 二人の表情は実に対照的なものだった。

 顎に手をやり腑に落ちない麗央。

 腰に手を置き、立派な胸を張りながら勝ち誇っているユリナ。

 両者の言い分が要領を得ないものである以上、態度だけを見たのであればユリナの方が有利と感じざるを得ない状況だった。


「ねぇ、レオ。私は可愛いでしょ?」

「うん」


 アイドル然としたユリナはまさに完璧で究極な『アイドル』を演じている。

 麗央は頷く以外の答えを持っていなかった。

 自然に「うん」と答えていたのだ。


「『アイドル』のパフォーマンスでも最高だったでしょ?」

「うん」

「レオの為だけに歌って踊ったのよ。感謝したいでしょ?」

「う、うん?」

「だから、私の勝ちよね?」

「う、うん???」


 普段のユリナが見せない色香に惑わされ、麗央はなし崩しに同意を促され、つい頷く。

 はたと気付いた時には危うく敗北宣言するところだった。


「それは違うと思うんだ」

「もうちょっとだったのに!」


 あと少しで勝利を掴む寸前だったユリナは体全体を使って、悔しさを表現した。

 ウサギのようにぴょこんと跳ねた瞬間、当然のように立派なメロンも勢いよく弾んでいる。

 その様子に麗央の脳裏を一瞬、負けても良かったかなと不埒な考えが過ぎった。


 慌ててその考えを振り払った麗央は己をとクールダウンする必要があった。

 ユリナから漂う花の香りに己の滾りが抑えられそうになかったからだ。


「この勝負はお互いにってことでいいんじゃないかな?」

「えー? それでいいの? 一勝一敗一分けだと勝負がつかないわよ」

「うん。それでいいと思うんだ」

「まぁ、レオがそれでいいのなら、そういうことにしてあげてもいいわ」


 そう言いながらもユリナは既に麗央に体を預けている。

 麗央は片手でユリナの体を抱き締めながら、もう片方の手で彼女の頭をあやすように撫でていた。

 その間、ユリナはされるがままにうっとりとした表情をしている。

 僅かに桜色に染まった頬がまるで火照ったかのように見えた、麗央をどきりとさせる。


 こうして麗央とユリナのゲーム勝負は有耶無耶の内に終わりを告げた。

 これ以降、さらに縮まった二人の距離感にあてられる被害者が増えるのはまた別の話である……。

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