第137話 ここでわたしとずっと一緒に生きるんだよっ

 麗央と真白き竜の戦いは互いに譲らない。

 まさに死闘だった。

 彼はここまで一切、剣と盾を使わずに戦ってきた。

 必要がなかったからだ。


 それが出来る相手ではなかった。

 何より見た目が違う。

 これまで出てきたのは全てをドットで描かれた現実離れしたモノだ。

 真白き竜はそうではない。


 さらに厄介なのは竜の戦い方だった。

 麗央の癖をよく知っているとしか思えない狡猾な動きをした。

 しかし、それは麗央も同様のことが言えた。

 竜の動きや癖がなぜかよく分かる。


 理由は分からないものの互いに知っている。

 そうとしか、考えられないほどに不思議な現象だった。


 手の内を知り尽くした者の戦いは一種の膠着状態に陥る。

 麗央は不思議と竜を傷つける大技を使っていない。

 竜もまた不思議なことに出し惜しみするかのように力を隠す素振りを見せていた。


(このままでは埒が明かないってヤツか)


 麗央はどうにも腑に落ちない。

 だから、手心を加えようと決めた。

 彼は直感や閃きに近いものを確かに感じていた。

 ただ、それだけではなく麗央にはそうしなければ、いけないと思えてならないのだった。


雷斬撃サンダースラスト!」


 その技に入るべく、麗央は『ゆうしゃのつるぎ』を鞘に一度納めていた。

 彼が得意とするのはいわゆる抜刀術だ。

 師シグムンドから学んだのは剣術と魔法を融合させた魔法剣である。

 彼は戦いの中でそれを独自の技に昇華させた。


 一度、納刀することで魔法力を高め、一気に解き放つことで爆発的な破壊力を発揮する。

 麗央の居合は神速の域に達すると言われていた。

 その太刀筋を見切るのは至難の業である。


 ただし、それには抜刀術に適した刀を要する。

 『ゆうしゃのつるぎ』は直剣だ。

 抜刀術に向いているとは言い難い。


(まあ、その方がかな)


 麗央が気合を一閃させ、『ゆうしゃのつるぎ』を抜き放つ。

 残念ながら、神速と呼ばれる本来の力は発揮していない。


 それでも威力は十分だった。

 真白き竜の体がぐらりと揺れたかと思うと地響きを立て、大地に倒れ伏した。

 麗央の口は何か、言いたげに僅かに開いたがそれは声にならない。

 折りから吹いた風の音に消されてしまったからだ。




 麗央は思った。

 中庭で現れた真白き竜こそ、ラスボスではなかったのか。

 そう疑いたくなるほどの弱さだった。


 があまりにも呆気ない。

 自分の姿を見るや否や尻尾を巻いて、逃げ出そうとした。


 面構えからはふてぶてしさとそれなりの強さを感じられた。

 正面を見据える目の配置は捕食者さながらである。

 飛び出した長い犬歯は飛び出し、その先端は鋭く尖っている。

 口吻も長く、見た目は肉食性の古代種の猿に似ていた。


 しかし、悪足掻きをすることなく、麗央を見た途端逃げ出そうとした。

 ところが上手くいかなかった。

 己の裾が絡まり、何ともみっともない転び方をしたのである。

 漆黒の色を纏ったローブは足首に届くほどに裾が長かった。

 余程、着慣れていなかったのだろう。

 不運なことに頭の打ち所が悪かったのか、ピクリとも動かなくなった。


「え、えっと……」


 麗央はこれまで様々な修羅場を潜り抜けてきたが、このように呆気なくも肩透かしな終わり方は初めてだった。

 あまりの出来事に呆けていると不意な重さと温もりを感じる。


「やっと来てくれたのね、レオ♪」


 柔らかさをはっきりと感じる膨らみを強く押しつけられ、麗央はまんざらでもない様子だったが、目は笑っていない。

 警戒の念を解いていないのだ。


「レオ、どうしたの?」

「え、うん。そろそろ行かないといけないんだ」

「どこに行くのよ?」


 先程までしっかりと抱き着いていたユリナがいつの間にか、身を離している。

 麗央とユリナの間にまるで見えない壁が存在しているかのように……。


「…………」


 何も答えない麗央の態度にユリナが眦を吊り上げる。

 意志の強さを感じさせる猫目がよりきつい印象を与えるものになっていた。


「行かせないよ。レオはとずっとここにいるんだっ」

「やっぱりね。そういうことか」


 麗央が僅かに口角を上げ、薄っすらとした笑みを浮かべた。

 普段の彼には見られない表情だ。

 少年らしさの抜けない彼にしては珍しい大人びた顔だった。


「君はリーナじゃない」

「何を言ってるの、レオ。わたしはわたしだよ?」

「いいや、違う。リーナはそんなことを言わないんだ」


 麗央はやや俯くとはっきりとそう宣言した。

 ユリナを名乗るモノは怒りに満ちた表情のまま、麗央を睨んでいたが突如、糸が切れた人形のように手をだらりと下げ、俯いた。

 沈黙が場を支配する。


「あっははははは。許さない。行かせるものか。絶対に行かせるものかっ。あんたはここでわたしとずっと一緒に生きるんだよっ!」


 いつまで続くのかと思われた静寂を破ったのは、ユリナの壊れたような高笑いと金切り声だった。




 そして、不意に終わりが訪れる。


「いつ気付いたの?」


 世界が暗転した。

 見渡す限り四方が闇に包まれている。

 それどころか、見上げても空はなく、視線を下げても地面がない。

 上も下も隅で塗りつぶしたように真っ黒に染められていた。


 闇の中にぼんやりとした光を放ち、浮かぶのはローブデコルテに身を包んだユリナの姿だった。

 沈んだ声ではない。

 どこか高揚したような明るさを感じる声だった。


から、分かったんだ」

「そうなの?」


 麗央がセットしたユリナの特徴的な編み込まれたツインテールはほどけている。

 髪留めが失われたので解けでしまったのだ。

 今のユリナは下ろしただけのロングヘアになっている。


「彼女は偽物として、失敗だったね」

「おかしいのよね。はもう少し、うまくやってくれると思ったんだけど……」


 二人の距離はいつの間にか、縮まっていた。

 その距離はないに等しい。

 互いの温もりを感じるようにしっかりと抱き締め合っているのだから。


「ねぇ、レオ。髪をやり直してくれる?」

「まあ、そうなったのはだしなあ」


 何のことはない。

 攫われた『お姫様』が『勇者』に助けられる典型的なヒロイックファンタジーのストーリーが展開されるゲームを考えたのはユリナである。

 ところが彼女は途中で飽きてしまった。

 『歌姫』は待っているだけの『お姫様』ではなかった。

 そもそもがじっとしている性分でない。


 そこで彼女の悪い癖――悪戯心が鎌首をもたげ、思いついた突発的なシナリオ改変。

 『姫』は姿を変え、城に入った『勇者』の前に現れた。

 麗央が対峙した厄介な真白き竜の正体はユリナだったのである。

 城内にいた悪漢と『姫』は真っ赤な偽物に過ぎない。


「レオなら、気付いてくれると思ったわ」


 そう言いながら、自分の腕の中でうっとりとした表情をしているユリナを見て、麗央はほっと胸を撫で下ろす。

 誰にも懐かず、毛を逆立てるおしゃまな仔猫は自分だけに懐いてくれる。

 あの時、咄嗟に下した判断が決して誤りではなかったことに感謝した。


 ユリナもまた胸を撫で下ろす。

 突拍子の無い行動を取ろうとも全身全霊をもって、受け止めてくれる自分だけを愛してくれる存在を感じられることを……。


「新しい髪留めがいるね」


 麗央は力をなるたけ抑えた最小限の力で真白き竜の角を狙った。

 竜の動きがどう考えても腑に落ちない。

 いくら考えても出てくる答えは一つしかなかった。

 そうであるのなら、出す答えは一つしかないとの答えに行き着いたのだ。

 角しか狙う部分がなかった。


 螺旋を描く捩じれた角のような髪留めを付けたのは麗央である。

 それに気付かないはずがない。

 髪留めを壊したと咎められようとも彼女自身を傷つけるのに比べれば、それくらいはどうでもないと結論を出した。


「何でもいいわ」


 ユリナは敢えて言わない。

 あなたが選んでくれるのなら、何でもいいとは言わない。


「次のゲームはどうするの?」

「何でもいいよ」


 麗央も敢えて言わない。

 君と一緒なら、何でもいいとは言わない。


 言葉に出さなくても互いに思い合えるのだと知っている。

 二人は何も言葉を発しない。

 ただ抱き締め合っているだけで静かに時は刻まれていく……。

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