第133話 助けて!勇者様ゲーム

「仕方ないわ。一戦目はレオの勝ちよ」


 ユリナはそう宣言する。


 しかし、黒猫の姿をした麗央が余程、気に入ったらしい。

 指をわきわきしながら、ハートマークの瞳で迫って来るを相手に麗央は別の意味での恐怖を味わった。

 彼女が満足するまで弄繰いじくり回されたのだ。


 普段からユリナは麗央の黒い髪に執着を見せており、数少ない機会を窺っては麗央の髪を弄繰いじくり回しては何かに浸っていた。

 その性癖が黒猫で爆発したのである。

 しまいには手で触るのだけでは満足出来なくなったのか、黒い毛並みに顔を埋めたり、匂いを嗅いだりと段々と常軌を逸してくる。


 麗央も最初のうちは抵抗を見せたものの弄繰いじくり回されることに次第に快感を覚えていた。

 「なるほど。猫でいるのも悪くないな」などと考えた麗央だったがユリナが自分の体に顔を埋めて、すんすんと匂いを嗅いでいると変な気分にもなってくる。

 ユリナはだけに敏感なところでも容赦がない。

 「いや。それはまずい」と麗央が言おうにも「にゃーにゃー」としか、声が出ない。


 「かわいいわー」とユリナの性癖が余計に悪化するだけの悪循環を繰り返した。

 彼女が満足し、ようやく解放された時には麗央は精も根もつき果てたとしか言いようがないほどにくたびれていた。

 ユリナは麗央成分を十分に堪能したのか、逆に艶やかなほどである。


「それじゃ、ゲーム二戦目ね。ん? どうしたの?」

「何でもない。大丈夫だよ」


 そうは言ったものの麗央はやつれていた。

 まるで何かと戦った後のように……。

 黒猫から元の姿に戻ってはいる。

 だが黒猫の時に負ったダメージは残ったままだ。

 心に負った傷は重傷である。

 どうにか人として尊厳を保とうと我慢したことでかえって、傷が深くなったとも言えるだろう。


「二戦目はそんな疲れているレオでも余裕じゃないかしら?」

「というと?」


 麗央は「リーナがから疲れたんだ」とは口に出せなかった。

 言ったところで「どういうこと?」と逆に質問を返されるのが関の山だった。

 挙句の果てに揚げ足を取られ、「負け惜しみぃ~」といじられる未来が麗央には見えていた。

 言う訳にはいかない。

 教科書のように模範的な答えを出さざるを得ないのだ。


「勇者がお姫様を助けるゲームよ☆」

「勇者って?」


 聞くまでもなく、麗央には分かっている。

 敢えて聞くのはユリナが瞳をきらきらと輝かせているからに他ならない。

 聞いて欲しくて堪らないのが見て取れた。

 『かまって欲しいにゃ』の猫である。


「それはも・ち・ろ・ん!」


 再び、大仰なポーズを取り、ユリナは麗央を指差した。

 「そっかー」と少しばかり驚いた演技をする辺り、麗央もすっかり感化されているようだ。


「そうと決まれば♪ レオはこういう感じでいいでしょ」


 ユリナがフィンガースナップ音はしないを決めるとストロボに焚かれたような光が発生し、麗央の装束が変化する。


 夏空を映した海の色で染められたシャツと大きめのブラウンのパンツ。

 二人は夜着に着替えてから、夢の世界に旅立っている。

 着替える前に着ていたシャツとパンツを夢の世界では身に着けていたのだ。

 それが、一瞬で様変わりした。


 漆黒の闇を纏ったような外套マントを羽織っている。

 上半身は厚手の生地で構成された海色のチュニック、下半身は黒革のレギンスにそれぞれ変化していた。

 靴も脛部分までをしっかりと覆っており、鉄板まで仕込まれているのでブーツというよりもレッグアーマーに近い。


「こんな感じでいいのよね?」

「まあ、悪くはないかな」


 色合いが勇者ではなく、甲冑を外した黒騎士のようだと心中思わなくもない麗央だったが、やはり口には出さない。

 好んで着る装束を敢えて、ユリナが選んでくれていると感じたからだった。


 麗央が勇者として活動していた頃はまだ子供の年齢に近かった。

 身に着けていた装束も明るい色合いが多めだったが、今はそれなりに酸いも甘いも嚙み分けられる大人の男に近づいている。

 ユリナが分かってくれているのだと考えるだけで麗央はむず痒くも嬉しくなった。


「私はこれでいいかしら?」


 再び、ユリナがフィンガースナップやはり音はしないを利かせると彼女の装束も変化した。

 いわゆるローブデコルテである。

 裾は長く、足元までしっかりと覆っている。

 先程まで露わにしていた腕もシルクの長い手袋で隠していた。

 髪は変わらない。

 麗央がセットしたツインテールのままなのは彼女なりの愛情表現の一つだった。


「お姫様ぽいでしょ」


 「そんなことしなくてもリーナはお姫様だよ」と喉まで出かかった言葉を麗央は我慢する。

 そのような言葉は必要なかったからだ。

 見つめ合うだけで十分だった。

 そこには確かに『勇者』と『姫』がいるのだから。

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