第132話 レオみ~つけた☆

 生まれてすぐに捨てられ、魔物しかいない過酷としか思えない環境で育った麗央は、人並み外れた胆力の持ち主である。

 並大抵のことではへこたれない。

 個性的の一言では片付けられない面々と常日頃から、渡り合っていても平然としていられるのはそこに由来する。


(以外ときついな……)


 麗央は素直にそう感じた。

 猫の体は敏捷で疲れを知らない。

 どれだけ逃げ回っても動けるだけの強さがあった。


 しかし、そうではない。

 体は平気でも心はそういかない。


(まるで世界が敵になったみたいだ)


 執拗に追い立てられ、心を休ませるいとまが無かった。

 どうにか追手を巻いたと思い、胸を撫で下ろしたところに次の追手が現れる。

 次から次へと追い立てられ、せわしないのだ。


 追い立てられ追い詰められ、ようやく人心地がついたと思えば、押し寄るのは言いようもなく、重い寂寥せきりょう感だった。

 喧騒から離れ、訪れる寂しさ。

 宵闇の中に消えつつある人影もまばらになった祭りのあと。


 麗央はふと思い出した。


(いつも誰かが俺の傍にいた)


 彼が流れ着いた『名もなき島』は絶海の孤島だった。

 魔物だけの島である。

 に似た姿の魔物はいてもはいない。

 麗央は島で唯一のだった。


 だが赤子の頃から、麗央は島にいる。

 彼の傍には常に誰かがいた。

 流れ着いた麗央を拾い育てた養父のセベクだけではなく、見た目こそ恐ろしい彼ら魔物は実に細やかで優しい心を持った者だった。

 島で最年少の小さな命を守ろうと寄り添うことを心がけていたのだ。


(父さんがいた……イソローもいた……それにピーちゃんがいた)


 不意に島で過ごした日々を思い出し、小さな黒猫となった麗央が郷愁にかられる。

 もう二度と戻れない故郷をこんなにも強く、懐かしく感じるのはなぜかと彼は考えたが答えは出ない。


 ようやく逃げ込み、人心地ついた納屋はあまりに昏く、物悲しかった。


(それにリーナもいない)


 いつも傍にいる存在がいない。

 ユリナがいないだけでこれほどに孤独にさいなまれると麗央は考えていなかった。


 勇者とは孤独な生き物である。

 人々を守り、人々の為に戦いながら決して理解されることはない。

 大きすぎる力は時に恐怖の対象ともなる。

 実に矛盾した存在なのだ。


(会いたいな)


 麗央がそう願ったからなのか。

 現在の彼の心を表すように闇色で塗り込まれていた納屋に一瞬、光が射し込んだかと思うと再び、影が差した。


「レオみ~つけた☆」


 黒い羽毛が舞い散るように闇の粒子が舞い降り、再び太陽の光が射し込む。

 麗央は突如、訪れた光の眩さに戸惑うよりも嬉しかった。

 背後から聞こえる声は麗央が今、もっとも聞きたいものだった。


 少しばかり、低い声質で驚かそうとしているのはユリナの悪い癖が出ただけである。


(乾ききった砂に一滴の雫でもどれだけ大切なのか。効いてるんじゃない?)


 胸中で密かにほくそ笑むユリナだが、寂しさから項垂れる黒猫の姿にかなり動揺もしていた。


(思ったよりもかわいいんだけど!)


 ユリナの考えた作戦は至って単純なものだった。

 望むがままに作り替えられる世界で麗央を無力な存在にして、孤立無援な状態にする。

 世界に誰も味方がいないと思わせたところで手を指し伸ばせば、彼の心は自分のものだけになるだろうと踏んだのだ。


にゃーにゃーリーナー


 しかし、えてして人の心とはそううまくいかないものである。

 確かに途中まではユリナの策の通りに動いていた。

 麗央がユリナの存在をより大切なものと捉えるまでは実に上手くいっていたのだ。


 ところがその後に起こること。

 己の心の動きを考慮に入れていなかったのがユリナの誤算であると言えよう。


 麗央は小さな黒猫の姿のまま、ユリナの胸に思い切りした。

 普段であれば、体格の差がある。

 ユリナが抱き締められ、互いに背に手を回し強く抱き合い、ハッピーエンドとなっただろう。


 麗央は黒猫になっていたことをすっかり忘れている。

 小さな黒猫は勢いをつけ、大地を蹴って飛び込んだのはユリナの豊かな果実の谷間だった。

 ぼよんと音こそ、しないものの柔らかな感触に包まれ、麗央は「あれ?」と思いながらも天国にいる気分になっていた。


(え? え? 何なの。このかわいい生き物!)


 ユリナはユリナで甘えるように飛び込んできた黒猫・麗央に目が釘付けになった。

 自分で望むように麗央の姿を書き換えておき、予想を超える愛らしさに考えた作戦など全てが吹き飛んだのである。


「くっ。やるわね、レオ。私の負けだわ」

(え? あれ? どういうことなんだ?)


 麗央は事の成り行きを理解できなかった。

 ユリナに強く抱き締められ、彼女の大きなメロンを体全体で感じ、得も言われぬ極楽気分を味わっていただけである。

 いつの間にか、勝っていたと言われても何のことだか、さっぱり分からない麗央だったが、ユリナの瞳にはっきりと浮き出たハートマークを見ると下手なことは言えなかった。


(まぁ、いっか。気持ちいいし)


 しかし、麗央の極楽気分はそう長く続かなかった。

 ユリナの圧があまりにも強く、息の出来なくなった麗央は危うく本当に天国に逝きかけたからである。

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