第131話 さあ、みんなで捕まえよう

 池の畔で麗央が項垂れていた頃、ユリナは「やったー!」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、玉座に腰掛けている。


 夢の世界の主たるユリナは黒猫に変えられた麗央とは異なり、いつもと同じ姿のままだった。

 身に纏うのは花嫁衣装を思わせる純白のツーピースドレスだ。

 スカートは彼女にしては短めのものだった。

 裾丈が膝上までしかないので太腿がちらりと覗く。

 普段、手首まで隠す長い袖を好むユリナにしては珍しく、袖部分がない。


 胸元にはサテン生地のリボンがあしらわれている。

 彼女のあどけなさを象徴するかのように朱色で少女趣味の強い大きなリボンだ。

 その下には童顔とは裏腹に自己主張の強い大きな果実が二つ実っていた。


(レオがチョロすぎて、心配だわ)


 ユリナは自分のことを棚に上げ、ふぅと溜息をいた。

 しかし、この夫婦似たり寄ったりである。

 互いの認識が非常に甘いのが問題だった。

 周囲の者がはらはらするほどに突拍子の無い行動を取るが無自覚だった。


 ただ、それで被害を受けたと感じる者の方が圧倒的に少ない。

 唯一、五十六は唯一の被害者と名乗り出てもおかしくないだろう。

 彼は麗央から、惚気話を聞かされるたびに砂を吐く思いを抱いていたのだから。

 実害を受けていたと言えなくもない。


「みんなー」


 ユリナが玉座から立ち上がるといささか大仰な動きで両手を天に掲げ、集ったモノらを見渡した。

 玉座を備えた大広間と思しき場に集ったモノらは人ではなかった。


 全員が毛むくじゃらで四つ足で立っている。

 それもそのはず、彼らは犬である。

 『歌姫』を信奉する犬という意味ではない。

 イヌ科イヌ属に属する哺乳類の犬だ。


「黒くて、かわいいにゃんこくんを探して欲しいの」


 黒い毛で統一されているようだが、大小様々で種も統一されていない。

 しかし、奇妙なことにどの犬もユリナの言葉を一言一句理解していると言わんばかりの表情をしていた。


「さあ、みんなで捕まえよう♪」


 ユリナのその言葉を合図に犬の軍団はぞろぞろと広間を出て行く。

 先頭を行く黒犬はひと際大きい。

 狼と見紛うばかりの異質な威厳を伴う巨躯を誇る。

 その胸元の毛だけがなぜか、返り血を浴びたように奇妙な朱を纏っていた。


 ガルム。

 世界で最も優れた猟犬と謳われる冥府ヘルヘイムを守る番犬である。

 はまだ『鏡合わせの世界』から、呼び出されていない。

 この世界がユリナの望むままに紡がれる夢であるがゆえに具現化が許されたと言っていいだろう。


 ガルムに率いられた犬軍団はさながら本物の軍隊のように行進する。

 わふわふきゃんきゃんと騒がしく、緊迫感の薄い軍隊ではあったが……。


 ユリナは彼らの様子を見届け、満足したかのように薄っすらと笑みを浮かべ、背から二対の黒き翼を伸ばし姿を消した。

 静寂に包まれた広間には黒い羽毛の如く、ただ闇の粒子が揺蕩うだけである。




 麗央には勇者としての経験がある。

 かつて異世界で激しい戦いに巻き込まれた。

 本人の意思と関係なく、いつの間にか勇者となっていた麗央だが経験は決して、無駄になっていない。


(騒がしくなった。まずいことになりそうだな)


 自身が小さな黒い猫に変えられていることを理解した。

 夢の世界はユリナのホームである。

 彼女が自分に有利なゲームで勝負を挑んできたと確信もしていた。


(下手に動くのもまずいけど、リーナなら俺の考えを読んでいるはずだ)


 異世界で冒険生活のなんたるやも学んでいる麗央にとって、サバイバルを要求されること自体はさして苦ではなかった。

 もっと過酷な状況を強いられたこともざらではなかったからだ。


 しかし、単なるサバイバルではない。

 裏で糸を引いているのがユリナである。

 これが一番の問題だった。


(屋根伝いに移動すれば、見つかりにくいはずだ)


 猫の特性を生かし、彼らに見つかりにくい上を移動することで何とか、逃げおおせないかと考えた麗央は早速、実行に移した。

 ユリナとその意を受けたガルムは一枚上手だった。

 麗央の行動を予測し、サイトハウンド――視覚情報の処理に長けた狩猟犬で獲物を追い詰めるのが得意――を中心に探索メンバーが選ばれていたのだ。


 果たしてサイトハウンドの捜索網に引っかかった麗央はわんわんと威嚇とも恫喝とも取れる鳴き声に追い立てられることになった。

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