第134話 あーるぴーじーの世界にようこそ!

「いやいや。ないだろ」


 麗央は目の前で広がる光景に我が目を疑い、大きくかぶりを振った。


「行くがよい、勇者レオよ」

(これが王様だよな?)


 ドットで描かれたが、同じ台詞を繰り返している。

 何を聞いてもこの答えしか返ってこないのでさすがに麗央も諦めた。


(いわゆるループしてるよな、これ)


 王様らしきドットキャラから、支度金として玩具のように手のひらほどの大きさがある貨幣を貰った。

 銅の色をした先端が丸く加工され、刃も潰された剣と鍋蓋にしか見えないバックラーも旅立つにあたっての餞別だった。


(これで助けに来いって、リーナも無茶を言うな)


 麗央は遥か丘の上に立つ美しい白亜の城へと視線を向けると軽く、溜息をくのだった。


 こんなはずではなかったとの思いが、彼の中に確固たるものとしてあった。

 仮想現実の如き世界が広がる目前の光景から、現実逃避するように麗央は三十分前の出来事を思い出す。




 ユリナは恰好から、入るのが好きな一面を持つ。

 しかし、見た目だけではなく『勇者』と『姫』だったと多少なりともの自負が麗央にはある。

 『勇者』とそれを助ける『姫』として、実際に冒険した経験が少なからず彼の自信にも繋がっていた。


「じゃあ、レオはここからスタートしてね♪」

「え?」


 ユリナに手を引かれ、気付けば一瞬のうちで桟橋に立っていた。

 夢の世界はユリナの思うがままとはいえ、転移するのにも何ら制約なしに切り替わるとは思わなかった麗央は呆気にとられる。

 そんな麗央の表情にユリナの口許が自然と弧を描く。


(困っている顔をしたレオがかわいすぎて、困るわ。でも、ここは心を鬼にしないと!)


 彼女の決意はどこか歪なのだが、本人にその自覚は全くない。


「私はあのお城にから、なるはやで来てね☆」

「は? ちょっ!? リーナ!」


 言うや否やユリナの姿は既に半透明になって、消えていた。

 助けに来て欲しいと言う言葉とは裏腹のジェスチャーをしていると麗央は思った。


 消えるまでユリナがしていたのは彼女が自分の勝利を疑わない時に取るものだ。

 側頭部の辺りで手をわきわきとするポーズはユリナが常日頃、お姉さん風を吹かせる時にするものだった。

 屈託ない笑顔を向けられるので悔しいと思うより、つい見惚れてしまうのが麗央の常である。


(してやられたなあ)


 そう思いながらも麗央はすっかりとヤル気になっていた。

 ゲーム好きな彼としては現実世界とは言わないまでもリアリティのある体験が出来るのではないかと期待していたのだ。

 いわゆるVRをもっと発展させた物が待っていると考えた。

 その期待が裏切られるとは露知らず……。




(そんなことを考えていた時もあった……)


 ドットで描かれている割に妙にリアルだった。

 太りかえった胴体から不釣り合いな小さな翼が生えている。

 不格好な蝙蝠といったていのモンスターだ。

 妙にリアルタッチなドット絵なので可愛いどころか、醜悪な部類に入るだろう。


 麗央は右手で『どうのつるぎ』を上段、左手の『なべのふた』を中段に構えた。

 雄牛の構えと呼ばれる片手剣に小型の盾を合わせた武術の構えだった。


「いや。やめとくか。面倒だ」


 そう呟くと麗央は『どうのつるぎ』を鞘に収めると代わりと言わんばかりに右手の人差し指で蝙蝠の魔物を指差した。

 次の瞬間、その指先から青白い雷光が迸るや否や、蒼き弾丸となった稲妻が魔物に大きな風穴を穿つ。

 雷弾ライトニングブレットと呼ばれる雷魔法だった。

 初級の扱いやすい魔法であり、雷魔法を志す者であれば比較的、誰でも使える敷居の低いものだ。


 そうは言っても使うのに際し、詠唱するのが一般的である。

 詠唱もなしに使っている時点で麗央も大概におかしいのだ。

 出力にしても異常だった。

 ライトニングブレットは初級である。

 低級の魔物であろうと一撃で屠る威力は出せない。

 ましてや麗央のように大穴を穿つ出力など望めないのだ。

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