第66話 備忘録CaseVI・三貴子
カフェのテラス席で
だが、仏頂面で反抗的な
ユリナに促され、麗央が「ちょっとしたウォーミングアップをしただけだよ」と掻い摘んで語り始め、顔色を悪くしたルナがテーブルに額を擦り付けん勢いで平謝りに謝る事態に陥ったのである。
それはあまりにも不自然な気配だった。
殺気に似ていた。
ただならぬ気配を不審に思った麗央はその出所を探ろうと動くことを決めた。
ユリナとは一瞬、視線を交わしただけで互いに何をしたいのかが理解出来た。
力を軽く流せば、二人は
それを使う必要がないと判断したうえでの麗央の単独行動であり、ユリナも軽く流した。
信頼関係があるからこその黙認である。
果たして、麗央の読みは強ち、誤りではなかったことが証明される。
ユリナとルナが
その少年は海の色を纏っていた。
マリンブルーの上下のジャージに身を包み、背丈は百八十六センチある長身の麗央と比べても遜色ない。
上半身は何らかのスポーツに精通していると思わせるに十分な逆三角形であり、鍛えられていることが見てとれた。
青みがかった濡れ羽色の髪も整髪料で無造作にオールバックに撫でつけられており、目つきの悪さもあって中々に威圧感のある風貌をしている。
だが、その顔をよく観察すればニキビ痕が残り、あどけなさが抜け切れていない子供に近いものであると気付くだろう。
「なんだ、おめえ。やろうってのかよ」
麗央が何かを尋ねる前に凄んで見せたのは少年の細やかな抵抗である。
それで相手が引いてくれるのであれば、それ以上は動かない。
見た目のいかつさはさておき、他者を慮る優しさを心の奥底に秘めていたのだ。
「そういう訳じゃないけどさ。君が何かをしようというのなら、俺は止めなくてはいけない」
麗央もまた、誰よりも他者を慮る心の持ち主だった。
かつて、世界を守るべく勇者として戦ったこともある。
だが、現在の彼は以前とは異なっている。
重要と判断するものがかなり、限定されてしまったと言う他ない。
その最重要項目がユリナだった。
ユリナを守ろうとする意思が強く働き、麗央は無意識のうちに少年に対し、威圧感を発していた。
「おめえ! 姉貴に手を出すんなら、許さねえぞ!」
「それは俺も同じだ」
瞬きが行われる間の出来事だった。
力強く、踏み出された足が大地をしっかりと捉え、驚異的な反発力と瞬発力を生み出す。
麗央と少年は常人の目には捉えられない速度で、一瞬のうちに間合いを詰めた。
麗央と少年の右の拳が唸りを上げ、互いの顔を捉えて繰り出されていた。
コークスクリュー・ブローと呼ばれる打撃が行われる際に捻りを加え、破壊力を増したパンチの一種である。
麗央の拳は彼の父がそうであったのと同じように雷気を纏っている。
対する少年の拳もまた、拳が
このまま、ぶつかり合えばどちらもただでは済まないと思しき状況である。
しかし、そうはならなかった。
二人の間に割って入った大きな黒い影が拳を見事に受け止めていた。
黒い影の正体は身の丈二メートルを優に超えようかという大男だった。
日の入りが近いとはまだまだ暑さが勝る外気温であるにも関わらず、分厚い生地のロングコートを着込んでいる。
顔が判別出来ないほど、大きなマスクをしており、その上にさらに何重にも大判のタオルを巻いていた。
無造作に伸ばされた濡れ羽色の髪とやや黄味がかった肌。
そして、流暢な日本語を喋ったことで辛うじて、アジア系の人種らしいと判別出来る程度だ。
「おいおい。君ら、ここがどこか分かっているのかい?」
やや間延びした朴訥とした声で男がそう言うと麗央と少年は毒気を抜かれたように拳を下げる他なかった。
「状況は分かったわ。レオ
麗央の説明を聞き終えたユリナは
己の身を案じ、麗央が動いてくれたことが何よりも嬉しく、心の中がほんのりと温かくなったのは決して気のせいではなかった。
しかし、それはそれ、これはこれ。
切り替えて考えられるのがユリナの長所でもあり、短所でもあった。
ユリナは直情的で熱血と言ってもいい麗央のやや考えのない真っ直ぐな振る舞いすら、愛している。
そう断言の出来る自信があった。
だが
このままでは『タカマガハラ』に強く働きかけられる影響力を有する
(気になるわね。黒い髪の大男……まさか?)
ユリナの脳裏を掠めたのは微かな記憶の残照だった。
かつて麗央の養母である光宗博士こと
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