第11話

 三日後――。

 結論から言うと、芦原頼人とフィオナ・フェルグランドの相性はお世辞にもいいものとは呼べなかった。

 三日間、合計九時間行われた訓練に、今のところ成果は出ていない。

 通常、複座機というのは前部シートに操縦を担当するパイロットと、後部シートに索敵を担当するナビゲーターや、電子戦を担う電子戦士官が乗り込む。だが、この〈アルフェラッツ〉は事情が少し異なる。

 前部シートでは機動をはじめ、機体のほぼ全ての操作を担うが、後部シートは専ら魔法専門だ。

 機体表面を覆う防御フィールドの展開に、魔法による射撃攻撃。空中を飛び回ることも、空戦ユニット・シュネルレイダーを使わない場合は魔法頼りだ。

 息を合わせる、という次元の話ではない。

 相手の動きを理解し、先読みし、カバーすること。それができなければ、ただの硬いハエみたいなものだ。

 芦原が回避しようとしたらフィオナが魔法でシールドを展開し、フィオナが魔法で攻撃しようとしたら芦原が別の敵機に向けて機体を振り回す。そんなことの繰り返しだ。

 初回の反省を踏まえて芦原が一言ずつ動作を宣言してみるが、結果的に操作のラグは埋められず、むしろ芦原の負荷が大きくなりすぎて後半にかけて被撃墜率が跳ね上がった。

 ならばとフィオナが芦原の動きを見てから最適な魔法を使うようにトライするが、魔法の構築から発動までのラグが思ったよりも大きくて、機体が隙だらけになってしまった。

 試行錯誤を繰り返し、一日三コマ×三日間を経験したわけだが、さてこれ以上はどう改善すべきか。初日と二日目に行ったシミュレーターを使った訓練の後、この三日目で思い切って実機訓練に切り替えてみたが、シミュレーターでできないものは実機でもできるわけがないという、当然の結論が出ただけだった。

 そんなことを考えながら、静かにため息をつく芦原だったが、本日の三コマ目の実機訓練を終え、格納庫の中に〈アルフェラッツ〉を戻した。

「うまくいかないな、大尉」

「……そうだな」

 後部シートに座るフィオナは一見冷静そうな、しかし確実に疲労を滲ませながら、芦原に言った。

 別にフィオナと芦原の仲が悪いわけではない。当然仲良しというわけでもないので、同じ部隊の人間、上官と部下という関係において好悪がないという意味だが。

 芦原にとっての女性と仲良くなる方法は、夜を共にすることが真っ先に思い浮かぶが、フィオナ相手にそんなことに及ぶわけにもいかない。単純に年齢的に食指が動かないし、何より人様のモノを奪うつもりはない。あくまで互いの同意の上での自由恋愛のつもりだし、龍斗に悪いと思っている(もっとも、龍斗とこの少女はとても青臭い感じだろうと想像しているのだが)。

 見えない壁があるとか、そういうことでもない。単純に連携がうまくいかないのは、そういう目的の訓練を受けていないからだ。カリキュラムを組んで訓練すれば、少なからず状況は改善するはずだ。

 機体を直立の固定用治具メンテナンスベッドに収めて関節ロック。脚部・腰部・肩部をアームで固定され、胸部ハッチを解放。昇降用ラダーを使ってコックピットから降りて、「お疲れ様です」の声と共に整備員からドリンクを受け取る。

「うまくいっていないようだね」

 そんな時に、青いMUFの軍服を着た基地司令官である高遠が、芦原へ近づいてきた。階級章を見るまでもない有名人。いつもと変わらぬ柔和な笑みを浮かべているが、今はそれが嫌味に思えてしまうのは、芦原の焦燥故かもしれないが。

「まだ時間はある。連携練度は訓練次第でなんとでもなる」

 努めて冷静に告げて、芦原は高遠の横を通り過ぎる。高遠が「つれないな」と微笑に加えてお手上げポーズを取るが、足早に去っていく芦原はそんな上官を見ようともしない。

「フェルグランド准尉、君はどうだい?」

 高遠の視線は芦原から、足元に視線を落とすフィオナへと向けられた。

「相模少尉とはうまくやれそうだと思っているが、芦原大尉ではやりづらくないかな?率直な意見――感覚で構わない」

「……まぁ、そうだな。リョウトと比べれば、だが」

「……ふむ」

 フィオナはどこか上の空といった様子で応え、その態度に高遠は顎に手をやった。決して不敬な態度に不快感を覚えたわけではない。その反応に、何かを察した故だ。

「何か不足があれば言うといい。君の協力は僕らの最優先事項であり、何よりも代え難いものなんだから」

「いや、なんでもない」

 何かを抱えていることがバレバレなことなど気づきもせずに、フィオナは歩き出す。この後は芦原と反省会デブリーフィングになるので、格納庫の端にある休憩室へ行くためだ。初日のシミュレーター後のデブリーフィングは余裕を見せながらの雑談みたいなものだったが、今回は直近数回のもの同様、眉間に皺を寄せた一回り年上の男との張り詰めたものになるだろう。フィオナにとって、芦原はなんでも気楽に構えるベテランパイロットという認識だったが、彼は彼で何かに追い詰められているが故に余裕を取り繕うことができていないのだろうと思っていた。

 フィオナとて、余裕がないことに変わりはないわけだが。

「ああ、そういえば」

 思い出したように、高遠が手を叩く。どこか芝居ががっている、もしくはわざとらしく見えるのは、そのキャラクター故なのか、意図したものなのか。

「芦原以外にも、もう一人、連携訓練マッチングテストをしたい人間がいるんだ」

 高遠の口から、とある士官の名前が告げられる。

 そして、その名前を聞いた瞬間、

「……了解した」

 フィオナの表情が、明確に曇った。




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