第5話
その翌日――。
横須賀基地のブリーフィングルームでは、昨日と同じくフィオナ先生の講義が行われていた。
「――というわけで、操者である魔導師の能力を飛躍的に向上させる
ハルクキャスターの動力源について熱弁中である。
「
フィオナの言う通り、あの二機種のハルクキャスターの攻撃手段はほとんどが魔法攻撃だ。ミサイルのように追尾する光球や、無数の光針、粒子砲にも似た巨大砲撃など、ハルクキャスターの攻撃といえばそういうイメージがある。固定武装といえば、魔法でできた剣を発生させる柄――魔力刃発生装置があるが、魔法に頼っている以上、
そういえば、ハルクキャスターにはまだ他に機種があったはずだが――。
すっと手が上がる。最前列に座る高遠司令だ。
「その
「戦闘中にピンポイントで破壊しようと思うならば無駄だ。どのハルクキャスターも、
「なるほど。失礼、愚問だったね」
「構わない。質問は関心の証左だ」
この基地の最高権力者と元敵軍パイロットの会話とは思えないやりとりだ。
なんていうか、フィオナ偉そうにし過ぎじゃない?
「直接がダメなら、
「防御フィールドには高い
「確かにそうだね。
高遠司令はお手上げポーズを取るが、その声音から思うに楽しそうだ。フィオナとの会話を楽しんでいる。確か元技術屋らしいので、その辺りの血が騒いでいるのだろうか。
この後もフィオナ先生の講義は続き、専ら高遠司令からの質問と、偉そうに答えるフィオナのラリーが数回行われた。
六〇分設けられた講義後には、参加者の過半数がウトウトしていた。当然だろう、魔法やハルクキャスターの話をしているのに、やたらと物理の話になる。物理を語るということは、つまりホロスクリーンに表示されるのは数学だ。大学の授業でもウトウトする学生が多かったが、それは社会人でも同じらしい。魔法やハルクキャスターの話ならば、それは敵に対して有効な策を取れるかもしれない貴重な情報だ。パイロットならば、まさに敵に関する情報そのものであり、自身の生死に直結する話だ。
以前僕のマンションで講義してくれた時は、なんとなく僕が理解できるように気遣ってくれていた気がしたが、今回の――というか、この基地に来てからの特別講義は人に理解させる気があるのか怪しい。質問が来れば答えるが、なければそのまま専門的な言葉を遠慮なく使って喋り続けている。多分、理解しているのは高遠司令と技術陣の一部くらいだろう。
「ううん……、あへ…?もう終わった…?」
僕の隣に座っている女性士官――黄色い作業着の胸部が大きく盛り上がっているのに幼い顔立ちがアンバランスな同期、
「高遠さん、ちゃんとフィオナの話聞いてた?」
「ん~~、まぁ、うん、もちろん?」
何がもちろんなんだろうか。古き良き時代には睡眠学習なる言葉があったらしいが、そんな芸当ができない限り、君の頭の中には今日のハルクキャスター構造学(今名前を思いついた)は一ミリも入ってきてないよね?途中から舟を
高遠さんはぐ~~っと腕を上げると、
「頭も少しすっきりしたし、後は
そんな風にあくび交じりに言った。
うん、普通に居眠りして頭スッキリした感じだね。認めたね。
「シミュレーター、またパラメータいじったの?」
そして、僕は高遠さんが呟いたセリフの後半のことを
最近は専らシミュレーターばかりで、その中でも人型機の基本動作訓練が多い。僕は戦闘機パイロットからの転身だが、その経験すら飛行時間二桁のぺーぺーだ。機種転換といっても、芦原大尉に比べれば感覚のギャップは少ない。インターフェースも
実機での初試験がそのまま初陣になってしまったのは事実だが、あの時ある程度は動かせていたとはいえ反復による習熟は必要だ。新型機開発というのはパイロットが癖のある人間だと適切なデータが取れないと聞いたことがあるが、それ以前に地球側は人型機の運用実績があまりにも少ない。
〈ペルセウス〉と〈アルフェラッツ〉は第三世代機と呼ばれているが、当然第一世代と第二世代の人型機が存在する。第一世代機は強化外骨格の派生物、第二世代機はドラム缶に手足がついたような代物で、市街地など遮蔽物のある戦場ならなんとか運用次第で使える、くらいのもので、正面火力では戦車どころか攻撃ヘリの方がよほど高いし、運動性能なんて望むべくもなく、装甲も同じくだ。機動力や踏破能力くらいは多少評価してもいいかもしれないが、結局直接戦闘よりは、工兵の重機という方が印象が強いかもしれない。事実、陣地構築や復旧活動なんかには重宝しているようだし。どこかで横須賀基地と同じように次世代機開発をしている場所があるかもしれないが、世間からの目は冷ややかだ。
そういう事情もあり、人型機の運用に際して参考になる戦術やマニュアルはないに等しい。むしろ参考にすべきはハルクキャスターだろう。僕が乗る〈アルフェラッツ〉は元々ハルクキャスターの鹵獲・改修機みたいなので、笑えない冗談だが。
「ん?違うよ?」
僕の質問に、高遠さんは小首を傾げて否定する。
「〈アルフェラッツ〉の修理が完了して、オートチェックをかけてたの。後は郷田大尉の最終チェックでオッケーが出れば、多分実機を動かすことになるんじゃないかな?」
「……そっか。そうなんだ」
予想外だ。
いや、遅かれ早かれやるはずのことだ。僕は人型機のパイロットで、破損した試作機が治ったならば、すぐにでもデータ取りをすべきなのだ。その判断を、高遠司令が誤るはずがない。
不安はある。
なにせ、家で包丁を持つことすら怖くなったくらいだ。フィオナにはバレていないだろうが、料理はみな、包丁なしで調理している。ピーラーは大丈夫で、キッチンバサミも問題ない。刃物というよりも、ナイフ状のものがダメなんだろう。
きっかけは、僕が初陣で殺したハルクキャスターのパイロット――コックピットに刺さった高周波振動ナイフによって体を分断された遺体を見たことだ。
あれから実機に乗ることはなく、しかしシミュレーターならば問題はなかった。
だから、大丈夫だ。
現代のシミュレーターは精巧だ。機動による微かな振動も、慣性制御技術によるGも、精巧なカメラ映像も、現実に遜色ない。だから、実機に乗ったとしても、シミュレーターで大丈夫ならば、いけるはずだ。
うん、大丈夫。
問題ない。
気にすることはないさ。
大丈夫だ。
大丈夫…。
「龍斗君…?」
心配そうに顔を覗き込む高遠さんに気づく余裕すら、この時の僕にはなかった。
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