ある日それは落ちてきた

ろくなみの

ある日それは落ちてきた

 ある日それは落ちてきた。

 少年と、白い砂しかないその星に、ゆっくりとそれは地上へと近づいてきた。影が大きくなるとともに、落下物と星の距離も縮まる。そして、それは地上へ落ちてきた。

落下と同時に、地上に敷き詰められた白い砂が、ふわりと舞い上がる。青白く照らす星の光に、ちらばった砂と、落下してきた物体は照らされる。立ち尽くす少年は、その物体を、じっくりと見つめた。小さな星屑が落ちてくることはあったが、こんなものは初めてだった。

 落下物は、四角い小さな機械であった。色はもともと白かったのだろうが、すっかり錆びついていて、茶色く薄汚れていた。機械の右上部分には細く長いアンテナがついていて、弱弱しく星空へと伸びている。中央には小さな黒い、網目状の丸い模様があり、少年にはどの部位にどのような用途があるのか。一切見当もつかなかった。

「……えっと、だ、だれ?」

 少年はそれに声をかけた。

「★○▲×」

「うわっ!」

機械は、聴いたこともないような音を丸い模様から出した。その初めての音に、少年は思わず飛び上がる。重力の弱いこの星で飛び上がると、少年は宇宙すれすれまで浮き上がった。

ふわふわと地上に少年は戻り、まじまじと機械に触れた。

「♪♡○◎▽」

また先ほどとは違う音だった。

「……ごめん、何言ってるか、わかんない」

さっきまで抱いていた恐怖心は、その奇妙だがどこか優しい音を聴いて和らいだ。そして、恐る恐るその機械のアンテナに、少年は細く白い指先を添わせる。冷たく、少しでも力を入れたら折れてしまいそうだった。

「♡●××〇§Δ」

「うん、よろしくね」

 機械が何を言っているかは、相変わらずわからない。けれど、通じているかどうかはどうでもよかった。何かの音が反応として返ってくる。久しぶりに、誰かと会話をしている気分だった。そして、その機械は、少年にとって計り知れないほど久しぶりの友達になった。

 ずいぶんと一人だった少年は、その機械に色々な話をした。

「うん、僕はずっと一人だったんだ」

「Θ§ΞΔ」

 機械は、少年が何かしゃべるたびに、その解読不明な音を返していた。

「僕以外みんな死んじゃった」

「〇ΦΚαε」

「僕だけ病気にかからなかったんだ」

「¶±〈Δ〉ξ」

「栄養はね、この星の砂を食べてるんだ」

「ζχεЖ」

「いつまで生きられるんだろうって思ってたら、いつの間にか、ずいぶんと時間がたってたんだよね」

「Ж±$×」

どれだけ音を返されようとも、法則性のようなものは見つからず、音が何を意味しているかわからない。けれども、なにか声をかければ、なにかを返してくる。それだけで、友達としては申し分なかった。

 そして、時が流れるにつれて、少年は、言葉の通じない機械に、質問をし始めた。

「ねえ、君はなにが好きなの?」

「€±ЖйЖ×〇♪」

 通じていなくても、少年は言葉を続けた。

「僕はね、こうやって、白い砂を、こんな丸い形にするのが好きだったんだ」

そういうと、少年は近くにある白い砂を集める。ぎゅっとぎゅっと力を入れて砂を握ると、砂は小さな球になった。

「みんながいたころは、この球を投げあうのが、楽しかったんだ。手にこれが触れる感触が、心地よかった」

「×〇ΦЖ▼¥=」

「君には手足がないから、できないよね」

「$%#“!>」

「はははっ、怒らせちゃったかな。ごめんね」

 少年は、機械を胸に抱える。

「じゃあ、一緒にあそぼうか」

少年はその機械を抱えて、地面を力強く蹴った。

機械を抱えた少年の体は、その勢いで、ふわりと浮き上がる。どこまでも高く高く浮かんでいき、地上を見下ろすと、砂粒の判別は難しく、白い平面のように見えた。そして、少年と機械の周りには、たくさんの星が浮かんでいた。

「君も、どこか別の星から来たんだね」

「ζχεЖй」

「ねえ、君の星は、どんな星なの?」

「ε±Δ▼〇」

 相変わらず機械の言葉はわからない。けれども、彼はぎゅっと、小さな機械を抱きしめた。

「いつか君の言葉がわかるといいね。きっと僕らは気が合うよ」

 抱きかかえた機械を、そっと体から少年は離し、まじまじとその形を見つめる。人とは似ても似つかない、無機質な形のはずだが、少年は次第に親近感を覚えたのか、その角ばった部分をそっと撫でた。

「このままじゃ、砂の球は投げあえないね」

 少年は地面に降り立った。そして、あたりの白い砂を集めて、機械の腕を作ることにした。白い砂を両手で器用に固め、機械にやや強引にくっつける。腕というより触手に近い形状だったが、少年からすれば、久しぶりの友達が、より自分の形に近づいたことをうれしく思った。

「悪くないね。よし、行くよ!」

 砂で作った球を機械の腕に投げる。当然機械の腕は球をつかむことはできず、土が腕にぶつかり、はじけて消えるだけだった。

「Δ〇×♪ε」

「もう少し練習が必要だね」

 次に少年は、機械の下部分に砂を固め、太く長い、二本の形を作る。今度は機械に、足を与えることにした。

「次は、どっちが速いか、勝負だ」

少年の次の遊びは、機械とのかけっこだった。

「負けないからね」

 機械を自身の隣に置き、少年はぐっと両腕を構え、地面を力強く蹴り、まっすぐに駆け出した。重力の弱いその星で、ふわりふわりと一歩ずつ飛ぶように少年は走る。ただ、足を砂で無理やり作ったはいいものの、当然それが動き出すことはなかった。

 少年は星を一周し、息を切らしながら機械の隣に座った。

「なんだよ、先にゴールしてたのか。やるじゃないか」

 少年はそう言って機械のアンテナをなでた。

「ЖΔθΩλδ」

「ははっ、怒るなって。たまにはそっちの顔を立てただけだよ」

 それからも少年と機械は数えきれないほど遊び続けた。大概の勝負事は、少年が勝っていたが、たまに気を使って機械の勝利にすることもあった。

「今日も楽しかったね。また遊ぼう。約束だからね」

 そう言って少年は、砂の上に眠りについていた。毎日同じような星空と、白い砂しか見えない日々だったが、誰かと約束をしながら終わる一日は、少年の希望になっていた。

 しかし、異変は唐突だった。

「おはよう」

 目を覚ました時、少年はそう言った。

「…………δυ……Σ…∴」

 機械の返答は、今までと比べると、時間がかかっていた。

「……君も、寝起きなの?」

 少年は、機械に対する違和感を、そう解釈することにした。けれど、返事は日に日に遅くなっていった。

「僕と話すの、楽しくない?」

 不安になった少年は、機械にそう尋ねた。

「………………κю〇×」

 当然、その不安に対する理想の回答は得られない。音はどんどん小さくなり、少年の言葉に反応しないことも増えていった。

「一緒に球の投げ合い、できなかったから?」

「………………………………%$α」

 少年は考える。自身の即席で作った腕の形が気に入らなかったのか。それとも、投げたりとったりするための機能が欠けている機械には、侮辱的な行為だったのか。

「走るとき、わざと君の勝ちって、言ったから?」

「……………………………B」

 少年の疑問を解消する返答が得られないため、不安は大きく膨らみ続ける。その思いは、少年の心を飲み込みそうになった。

「ねえ、こたえてよ」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………λ………………………………………………………………Ж±………………………………………………………………γω」

「ねえ」

「」

「ねえってば」

「」

「なんか、言ってよ」

 ついに機械は何も言わなくなった。少年は、また独りになった。

「……なんだよ」

 言葉が通じないことなんて、少年にとってはどうでもよかった。

 けれど、何も反応がなくなった機械は、星にある砂や岩と、何ら変わらない。

 それでもいつか、また声を出してくれると、少年は信じた。そして、ぎゅっと機械を抱きしめた。

「喋れなくなるなら、最初から何も言わないでよ」

 その時、ポキっと音がした。恐る恐る少年は、自分の腕の中を見る。機械に付いていた細長いアンテナは折れてしまった。

 少年の力が強かったのか。はたまた、機械の部品そのものの経年劣化なのかはわからない。

 少年は別に機械のことが嫌いになったわけではない。

果てしない孤独を経験していた少年を、機械は確かに癒していた。そして、その別れによって再来する孤独の無機質さは、今までとは比べ物にならないほど大きかった。

ほんの出来心だった。

少年は思い切り機械を砂の上にたたきつけた。

苛立ちを行動に起こせば、少しはこの無機質さを忘れられるのではと思ったのだ。

 柔らかい砂ではあるが、機械そのものの劣化もあり、本体の中央にひびが入り、そのまま真っ二つに砕け散った。

 初めて見る機械の内部には、心臓が入っているわけでも、脳が入っているわけでもなく、見たことのない、金属製の部品がつめられているだけだった。

「ご、ごめん、そんなつもりじゃ」

 当然、砕け散った機械は音を発しない。少年の謝罪は宇宙の果てに消えていき、砂のサラサラとした音だけがただ空しく広がるだけだった。

 それから少年は、一つ一つの部品を拾い集めることにした。もしかしたら、この中に、あの時の思い出を築いた友達がいるのではないか。またあの、意味不明な音を出してくれるのではないか。

 そんな祈りをこめて、少年は部品を探り続けた。

 部品はすぐに少年の両腕いっぱいになる。すべてを持つことは無理だと判断した少年は、その一つ一つの部品を、均一に、自身の周りへ並べてみた。いつしかそれは地面いっぱいに広がった。

 少年は並べられた部品の地に寝転ぶ。砂よりも鋭利で固く、少なくとも快適な寝床とはいえない。ただ、胸の痛みに比べればはるかにましに思えた。

別に何かを期待していたわけではない。心のどこかで察していた。あの機械は、生き物じゃないことを。自分とは全く違う存在で、意思疎通なんてできていなかったのだということを。

「ねえ、きこえる?」

 また音が聞こえると思って、そう口に出す。

「君は、なにしてあそびたかった?」

 ずっと自分のしたい遊びだけをしていたことを、少年は悔いる。あの機械は、何を感じていたのか。それとも何も感じていなかったのか。その答えはわからない。声は宇宙に溶けていく。

宇宙の果てのどこかに、機械の心があるのなら。どうか届いてほしい。そう思った少年は、声がかれるまで、ずっとずっと、叫び続けた。言語にすらなっていなかった。それこそ、あの機械の発していた意味不明の音に近かった。けれど、叫ばないと、本当に心がどうにかなってしまいそうだった。

やがて声は枯れ果てる。息は切れ、少年は体を起こす体力も気力も失われていた。

 少年は両腕を大きく広げる。手に当たった部品の一つを手にあたり、それを取って、目の前に掲げた。六角形の鈍色の部品。小さな穴が開いている。穴の向こうには、星空が広がるだけだった。

少年は、部品をそっと抱きしめる。機械と遊び始めたあの日のことを思い出す。あの時のように音は聞こえないけど、今だけあの時間に戻れているような気がした。

少年の心が過去の世界に浸っていると、なにかの光が少年の意識を、現実に戻した。

部品の穴の向こうから、小さな光が差し込んでいた。

 その光を少年は見つめる。光はどんどん近づいてくる。星屑か、隕石か、わからない。少なくとも、なにか大きなものがはるか宇宙の果てから近づいていた。

少年の体よりも、何倍も大きい。もしかしたら少年の真上に落ちてくるかもしれない。

少年は、それでもいいかと思った。大切な友達を失っている今、この世界に未練はなかった。

「おいでよ」

少年のその言葉にこたえるように、その光の正体ははっきりと見えてきた。隕石とはまた形が異なる。縦に長く、隕石とはまた違った鋼色の鉄でできている。明らかに自然にできたものではなかった。

少年は目を閉じる。このままこの世を去れるのなら、それでいいと思った。

しかし、少年の望みは叶わなかった。

少年から数十メートル離れたところで、とてつもない轟音と衝撃が物体の落下と共に生じた。その風圧によって、少年が並べた機械の部品は、砂と共に舞い散る。幸いなことに少年の体は少し浮く程度で済み、少年はふわりと地上に戻った。

「……なんだよ」

少年は、不満を口にしつつも、心のどこかはホッとしていた。まだ息をしているのを確認するように、ゆっくりと息を吸って、吐いた。

心を落ち着けた少年は、落下物を見つめる。細く、長い。まるでかつてこの星にもたくさんあった、建物のようにも見えた。窓やドアのようなものもあり、建物が飛んでこの星にやってきたと表現しても、差支えなかった。

 その時だった。

 落下物につけられた、ドアのようなものが、手前側にゆっくりと倒れ始める。その隙間から、徐々に落下物の内部が見えてきた。内部にはやや広めのスペースがあった。スペースだけではない。

大きな『ヒト』のような頭部が垣間見えた。少年と違い、白く大きな服のようなものを身にまとっている。しかし、その形状は角ばっていて、なにかから身を守っているように見えた。そして、頭部には丸い被り物があり、目に該当する部分は、黒い窓のようなものがついていた。

前の機械とは異なる、確実に、何らかの生き物だった。

逃げるという発想が浮かぶ間もなく、その生き物は、ゆっくりと寝転ぶ少年に近づく。

「Ж‘~×〇▼εЖ」 

その存在は、音を発した。とても懐かしい音だった。

その存在はなにか慌てたように頭の被り物についているスイッチのようなものを押した。

「おっと、翻訳機がオフになっていた。すまない。おい、聞こえるか?」

次にその存在が発したのは、少年にも聞き取れる言語だった。返事をする間もなく、生き物は言葉を続ける。

「おかしいな……翻訳機のテストは完ぺきだったんだが。君がたくさん喋ってくれたおかげで、解析の材料には困らなかったんだがな……なあ、聞こえるか? なんといっているか、わかるか?」

 あの機械とはまた違う、言葉の響き。どこかくぐもっていて、聞き取りにくくはある。そして、敵意は感じなかった。

「うん。きこえるよ」

 初めて聞く声で、初めて会うはずなのに。なぜか覚えている。不思議な感覚だった。

 その存在は、少年の言葉を聴くと、左手をそっと少年に伸ばす。その手には、砂を固めた白い球とよく似た、丸い個体が握られていた。

「全く。君にはずいぶんと好き勝手言われたもんだ。なにが練習が必要だ。こう見えても、俺は地元ではかなりの名投手と言われてたんだぞ」

そういうと、その存在は、得意げに、片手に持つ丸い物をふわりと宙に浮かした。

 その存在の顔は、被り物で全く見えない。けれど、なんとなく笑っている気がした。

「かけっこも、ちゃんと仕切りなおすぞ。足にも自信があるんだ。俺の星では、野球っていう遊びがある。徹底的に叩き込んでやるから、覚悟しろよ? 俺のやりたい遊びはそれだ」

 その存在は、寝そべる少年に右手をそっと伸ばす。少年は、その友達の大きな右手を握り返す。

「来るのが遅くなってすまない。この星の位置はわかっていたんだが、少しばかり遠くて、時間がかかった」

「大丈夫。約束、守ってくれたから」

 その存在は、少年の握った手を思い切り引っ張り上げる。横たわった少年の体は、すっとまっすぐに軽々と立ち上がることができた。身長差のある二人は向かい合う。その存在は、照れくさそうに笑い、こう言った。

「当たり前だろ、友達なんだから」

 少年は、握られた手を強く握り返した。

 ごつごつとした無機質な感触のはずだが、どこか温かく感じられた。

 少年は、再び独りではなくなった。



おしまい

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ある日それは落ちてきた ろくなみの @rokunami

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