第35話 呼びかけて

 気になる。

 そう言いながら、里見の顔は真剣そのもので、気味悪いとかアヤシイとか、マイナスな感情は伝わってこない。純粋に知りたがっている。そんな気がする。

 出会った頃は、マイペースで正体不明のちょっと変人風味のただよう彼に、もちまるの気配を気づかれて、僕ももちまるも、彼のことを警戒していた。

 けれど、部活やいろんな場面で一緒に過ごす時間が増えていくうちに、極めてマイペースな、邪気のない、素直なやつなのだとわかってきた。そして、意外に気遣いのできる優しいやつなのだということも。

 

 ポケットの中のもちまるも、次第に落ち着いてきた。僕は、そっとポケットの上から、そっと彼の小さな丸みに触れる。

(いいかな?)

(いい……んちゃうかな?)

 僕ともちまるは、お互い声には出さないけど、なんとなく気持ちが伝わる。僕は、もちまるのことを里見に話すことにした。


「いつ、気がついたん?」

「うん……いつやろ? 結構前から気配はずっと感じてたけど……。前回の観測のとき、オマエが、ビー玉みたいなちっこいやつに話しかけてて、望遠鏡のレンズのとこに、その子がぶら下がって、一生懸命、レンズ覗いてるの見たとき、かな。オマエ、下から指で支えてたやろ」

……よく観ている。

「前回、って先月?」

「うん。あれからずっと気になって……。今、いてるん?」

「いてる」

「会える? しゃべったりできる? オレも」

「……誰にも言わへん、て約束できる?」

「できる」

「危害を加えへん、て約束できる?」

(訊きながら、もしかしたら、これは逆に、もちまるに訊いた方がいいのかも、と一瞬思ったけど)

「あたりまえや」

 そんなちっこい子に何すんねん、するわけないやん、と里見は一生懸命言った。

「わかった。……じゃあ」


 僕と里見は、そっと周りを見回す。先輩たちも同期の子たちも、それぞれ夢中で望遠鏡を覗いている。こちらを気にしている者はいない。

 僕は、ポケットからそっともちまるをすくいあげて、手のひらに載せる。

「もちまる。里見くんや」

「くん、なくていい。里見で。呼び捨てで」

 そう言いながら、里見が、僕の手のひらの上の小さな白いもちもちをじっと見つめる。

「もちまる、っていうの? 可愛いなあ」

 里見がうっとりした顔になる。

 手のひらの上のもちまるは、白いビー玉に小さな手足がついているような姿だ。点目の片方が、少し大きくなって、里見をじっと見返している。

 可愛いと言われて、彼は少し微妙な表情だ。可愛いと言われるより、カッコいいと言われたい、のか?


「オレも呼びかけていい?」

 僕がうなずくと、里見は恐る恐る、でも嬉しそうに呼びかけた。

「もちまる?」

「なんや?」

 いつものように、ちょっとおっさんモードのもちまるだ。可愛い丸っこい見た目とのギャップが大きい。それでも、里見は目を見開いて、喜んだ。

「うぉう。しゃべったら、ちょっとおっさんみたいや」

 見開いた目をパチパチさせている。

「おっさんで悪かったな」

 もちまるはちょっとえらそうだ。

「……嬉しい」

 里見は、すっかり感激している。そして、僕の方を向くと、

「なあ。オレの手のひらに載ってもらうのは、あかんのかな?」

 遠慮がちに言う。

「う~ん。どうやろ?」

 一応、妖怪だかオバケなので、触ることで、逆に里見の身に何かあってもいけないけどな。ちょっとだけ心配はしたけれど、まあ大丈夫か、と思うことにして。

「もちまる、かまへん?」訊いてみた。

「……しゃあないなぁ」

 もちまるが、ぴょんと、里見の肩に飛び移る。

「うあっ!」

 里見が声を上げそうになって、あわてて口にフタをする。そして、その手をそっと肩の前に手のひらを上に向けて置く。

 もちまるが、しずしずと、その手のひらに乗る。

 僕以外の人の手に(萌以外で)乗っているもちまるをみるのは、初めてだ。


「可愛い……」

「あのな、あんまり面と向かって可愛いって言うな。人は自分より小さかったり弱そうに見えるモンを可愛いっていいがちやからな。オレとしては、少々複雑な気分になるねん」

「そう? 今どき『可愛い』はセールスポイントやで」

「セールス……?」

 きょとんとするもちまるに、里見が言う。

「長所。ええところ。強み、ってこと」

「ふ~ん」

 納得いったようないかないような顔で、腕組みをしたもちまるが首をひねる。

 その姿は、ちょっと、いや、かなり可愛い。

「うああ……」

 可愛い、と言いたいのを抑えて、里見がため息をつく。

 やれやれ、と言いたそうな顔したもちまるが、ぴょんと跳んで、僕のポケットに戻る。



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