第25話 笑っててや。
「大ちゃ~ん。ご飯! ご飯できたよ~」
階下から呼ぶ、萌の声がした。
ハッと目が覚めて、ベッドの上に起き上がる。腕の中に、もちまるを抱えたままだ。
「もちまる、起きてる?」
「うん……起きてる」
そう答えながら、彼はなんだかぽやんとした雰囲気で、少しぼうっとしている。
「大丈夫か?」
「だいじょぶ」
僕の腕から抜け出して、小さな男の子サイズのまま、ベッドの上に立ち上がる。
「そっか。じゃあ、ご飯にしようか」
「うん」
ふたりで階下に降りると、萌が、
「お父さんもお母さんも、今日遅くなるから、先に食べて、って。やから、3人でご飯にしよう」
カレーをご飯にたっぷりかけながら、言った。
「はい。ぽてちゃんの分。山盛り~。サラダもあるからね」
「わあ」
もちまるの目が輝く。カレーはもちまるの大好物だ。
「プリンもあるからね」
「やった!」
もちまるがぽてぽてとはねながら、両手をあげる。
だんだんいつものもちまるに戻ってきたみたいだ。
萌と僕は目を見合わせて笑い合う。
泣きながら眠っていたもちまるのために、彼の好物をつくってくれた萌に、僕は、目でありがとう、と言う。
「ありがと」
可愛い声で、もちまるが言った。今日のもちまるは、いつものおじさんっぽさが影を潜めている。なんだか小さな男の子のようだ。
「どういたしまして。たっぷりつくったから、い~っぱいおかわりしても大丈夫やからね」
「うん」
3人で、テーブルを囲む。もちまるは、いつものようにお行儀良く手を合わせ、いただきますと言って、スプーンを嬉しそうに握りしめる。僕のより、少し多めに盛られたカレーが、彼の前にある。嬉しそうに笑いながら、スプーンを口に運ぶ。
僕は、そっと、もちまるの丸い横顔に目をやる。
もぐもぐと口が動くのにあわせて、ほっぺも動く。可愛い。
膝をすりむいて、必死に泣くのをこらえていた、小さな男の子。
あの子は、あの後、どうしたんだろう。そして、あの子のお母さんは……。
「ごめんなさい、って言えなかった……」
もちまるはそうつぶやいて、そこから先のことは話さなかったけれど。
「おかわり!」
元気よくお皿を差し出すもちまるを見ながら、僕は、少しだけホッとする。
(笑っててや。もちまる。……僕に出来ること、がんばって考えるから。やから、今は、笑っててや。ねえ。もちまる……)
心の中で、つぶやく。
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