第11話異世界通話アプリ

翌朝、天井に空いた大きな穴から朝日が差し込み目が覚める。

見上げると青空が見える。今日は快晴のようだ。

起き上がりポケットからスマホを出し、時間を確認しようとホーム画面を見る。

そういえば契約の箱に入った直後から、スマホのホーム画面が変わっていた事を思い出す。

契約前に確認した時と同じ、真っ暗な背景に「目」のアプリが一つだけで、時間表示など全ての情報が消えている。


「なぁルシア、起きてる?」


「はい、私は睡眠を必要としませんので。おはようございます、りょーた」


睡眠が必要無いというパワーワードに驚きつつ


「忘れてたけど、この目のアプリは一体何?知っているなら教えて欲しいんだけど」


背後でゴソゴソと何かが動く気配を感じる。俺達の話し声で田中、いやルルが起きてきた。

スマホ画面の「目」アイコンを再確認する。

よく見るとアイコンの右上に数字の「3」の表記がある。


「ああ、それはですね」


どうやらルシアは何か知っている様だ。


「その機能ですが、この世界にいても3回だけ他の契約者、すなわちエラリスに招かれたクラスメイト達と通話することが出来ます。通話時間は1分です。通話相手の指定は可能です。試しに一度だけ押してみてください。但し、一度だけです」


ルシアに言われた通り、一度だけ「目」のアプリをタップする。すると画面上に「発信先」の文字が表示され、その下にはクラスメイト達の名前が表示された。


〈発信先〉

高村薫

田中瑠々

岸本純

長谷部光太郎

桐谷透華

佐倉恵那

大河内実篤

真田優希

小泉綾瀬

鳴海英志

杉村太一

柳澤瞳

佐々龍之介

長谷川希莎

雛本遥香

梨田慎也

鹿内大善

小日向楓

水原千紗

夏川千里

松永比呂


「そこに表示されている方々との通話が可能です。但し、仮にこちらから発信して相手が出なかった場合でもカウントは1つ減ります。他の方々との協力や情報交換したい場合に使うが良いと思われます」


ルシアは更に付け加え


「他の契約者とのコンタクトは慎重にお願いします。何故なら他の方々もそれぞれ契約を済ませ、中には力に溺れる者、己の野望に燃える者など、過去の人格とは変わってしまっている場合があります。私にとっては、りょーたの身の安全が1番なのです」


表示されている上から順に名前を確認する。

クラスメイトの名もあれば、他クラスの名前も数人確認出来る。下にスクロールすると友人である「梨田慎也」の名前を見つける。


「なっ!慎也がどうしてここに?」


慎也はのクラスは3-D。確か箱の蓋が開く時、俺の教室には居なかったはずだ。


「えと、あの時梨田君はうちの教室にいたはずだよ。私の席の横でお弁当を持って立ってた気がする」


状態を起こしたルルが、更にもう一人名を告げる。


「ヒロくんと一緒にいたよ。多分、りょ、涼太君と一緒にお昼食べようとうちの教室に来てたんじゃないかな」


更に画面を下にスクロールする。


松永比呂。


田中の言う通りその名があった。慎也と共に、ヒロもこの世界へ来ているらしい。


「ヒロにがこっちにいるなら丁度いい。文句言ってやる!」


衝動的にヒロに通話しようとすると、ルシアがすかさず止めた。


「待って、りょーた!!」


「止めるな!真相をハッキリさせてやる」


「ダメです!今連絡しても逆に悪意に利用される可能性が高いです。冷静になってください!仮にもりょーたを陥れた人間です。またあの頃に逆戻りする気ですか?」


初めて聞いたルシアの大きめな声に圧倒され我を取り戻す。


「すまんルシア、お前の言う通りだ。つい感情的になってしまった」


「大丈夫です。三度しか使えない貴重な通話です。意味のある使い方をすべきです。今はまだその時では無いと思うのです」


「分かったよ。でも慎也には連絡をしたいんだが」


「今連絡して今後何かが変わるのであれば連絡すべきです。でも、ただ安心したいだけなら貴重な通話の無駄遣いかと思います。それに皆さん契約者ですので、余程の無茶さえしなければ、自分の身は守れるだけの力はあるかと思います」


たしかにルシアの言う通りだ。

慎也の身は心配だが、今連絡しても俺に何か出来る訳ではない。必要が迫られた時まで通話は我慢しよう。

落ち着きを取り戻すため改めて契約者達の名前を確認する。

ルルも同じ様に自分のスマホで確認している。


「待て。何故契約者が俺を入れて22人しかいない。確か契約者は全部で30名いたはず」


「残念ながら、その余程の無茶をした人が8名いたのだと思われます。名前が消えた方はこの世界からの消滅したと言う事ですね」


「・・・」


ルルが不安を顕にスマホを覗いていた。


「そんな・・・。美香ちゃんの名前が無い!ああっ!!」


ルルがその場に崩れ落ちる。美香ちゃん、小山美香。いつもルルと一緒にいる大人しいタイプの子だ。


「でも、確かあの時美香ちゃん、トイレに行くって教室を出ていった気がする!私の近くにはいなかったと思う」


「それだ。思ったんだが昼休みで教室外に移動している人もいたはずだ。逆にヒロや慎也の様に他クラスからの訪問者もいる。欠けた8名が誰なのか正確には分からない状態だ」


うんうん、とルルが同調し頷いている。


「まだ誰が欠けたのかは分からない。死を悲しむのは誰なのか判明してからにしよう」


一旦スマホを閉じてポケットにしまう。

そういえば、昨日の昼から何一つ飲まず食わずの状態だった事に気付いた。昨日から極限の緊張状態だったため、空腹に気付けていなかった。


「ルシア、ここからアゼリアンの市街地までどのくらい距離があるんだ?」


「そうですね、りょーただけなら30分程度ですが、今のルルのスピードだと約その3倍程度の時間がかかる距離です」


「今のルルを1時間半も歩かせるのは厳しいな。他に何か手立てはないのか?」


「りょーたは男の子ですよ。ルルを背負って向かえば解決かと」


「それしかないか。よし、じゃあ出発しよう」


横で聞いていたルルが顔を赤くし


「ええっ!い、いいの?」


「気にしなくていいよ。その代わり乗り心地は保証出来ないからな」


「うん。じゃあ、よ、よろしくお願いします」


ルルを背負い廃屋を後にする。途中何度か休憩しながら歩いたため、アゼリアン市街地に到着するまで約1時間近くかかった。


「お、重くない?」


「いや大丈夫だ。思ったより軽くて助かる。それより乗り心地は悪くないか?」


「全然大丈夫!むしろ眠れそうなくらい大丈夫です!」


何故かハイテンションなルルの返答に対し、ルシアがしれっと


「今もりょーたの背中に隠れてずっとニヤニヤしてますもんね。余裕かと」


「・・・!!ルシアちゃんっ!」


と、道中賑やかに進路を進めていた。

道のりの中で、ルルには最後の審判ラストジャッジメントのこと、契約者のこと、ここエラリスのことを説明した。

ルルは、初めて聞く情報ばかりで終始真剣に聞いていた。


都市アゼリアンに着くと、そこはヨーロッパを彷彿させる街並みが広がっていた。

建物の外壁は白く統一され、赤茶色の屋根、中庭付きの住宅などトルコ文化を彷彿させる様な統一感がある。

そして、何より驚愕だったのは


「に、人間がいる。しかも普通に生活している・・・」


俺もそうだがルルもかなり驚いている。対しルシアは


「そりゃ人間は居ますよ。そもそも人間は神が自分達を模倣して作ったのですよ。それを大昔に一部人間界へ送りましたが、それ以外はここエラリス各地で営みを形成し、神に尽くしながら生活をしているんです」


実は神とか悪魔とか天使しかいない街を想像していたので少し身構えていた。人が居るなら少しばかり気が楽だ。

言葉の壁を気にしたが、ルシア曰く契約者は言語補正が備わっているらしく、特に気にせず会話していいと言われた。


さて、まずは宿と飲食だ。

街の人に宿屋を訪ねたところ親切に教えてくれて、しかも宿屋まで案内してくれた。

途中、俺たちの服装が珍しいのかすれ違う人々にジロジロ見られたが、因縁をつけてくる輩はいなかった。

案内された宿屋の扉を開け、受付カウンターへ向かう。

余裕を持って二日程宿泊をしたい旨を伝えたところ、空き部屋があるとの事で確保出来た。

ポケットから魔石を出し、二日分の宿泊費を差し引いたお釣りを貨幣として貰った。

一応ルルに気を遣い、二部屋とろうとしたが


「私は一部屋で平気だよ。お金勿体ないし」


とのことなので、一部屋にする事にした。

部屋は綺麗に清掃が行き届いていたが、ベッドは当たり前だが一つしか無かった。

とりあえず負傷のルルを部屋で休ませ、俺とルシアは食べ物を買いに外に出ることにする。

エラリスの食べ物がどんなものか興味があったが、調理法など人間界と似ている点が多々あり、見た目や臭いの抵抗は全くと言っていい程無かった。

持っている貨幣で串焼き、パン、野菜炒め風の食べ物を買う。

また、薬屋と思われるお店で、ルルの怪我用の腫れ薬を買って宿屋へ向かう。

アゼリアンの民だが、シヴァ神を信仰しているせいか、アジアンテイストな服装が主流でカラフルな色合いが目立つ。

一方、こちらは制服なのでかなり目立つのと、昨日の戦闘による汚れが目立つため自分の服を一着買った。

贅沢は控え黒と青基調のシンプルで少しゆとりのある低価格のバトルスーツを購入した。

ルルの分は彼女が回復したら自分で選んでもらう事にする。


食料、服を買い終わり宿へ戻る途中、人だかりが出来ているのを見つけたので見に行く。

群衆の隙間から皆の視線の先を見ると、一人の女性が何やら演説をしていた。


「あれは女神ラクシュミですね。このアゼリアンの統治者です」


あれが女神。一見普通の人間の様にも見えるが、よく見ると身体の周りに黄色いオーラの様なものを纏っている。

またその周辺には、剣や槍を携えた兵士の様な人達が数多く控えていた。


「神に選ばれし信徒達よ!来たる戦いに備え、英気を養っておきなさい。間もなくこのインドラの王シヴァ様が人間の契約者を携え、隣国神聖王国へ攻め入るために、このアゼリアンを訪れるであろう。その時は己の全霊を賭け、尽くし、付き従いなさい」


「おおおおお!!!」


女神ラクシュミが演説を終えると共に歓声が呼応する。

シヴァ神とその契約相手の生徒が間もなくこの街を訪れるらしい。これは他生徒と接触するチャンスかもしれない。


その後、観衆の中にいた中年の女性に尋ねたところ、シヴァ達は明後日、ここアゼリアンに到着する予定との事だった。

街ではシヴァ神の凱旋パレードを実施するらしく、上手くいけば接触する機会はありそうだ。

情報を得たところで、腹ごしらえと明後日に向けての作戦会議のために一度宿へ戻った。

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