第10話吊り橋効果
安心したのか田中は俺を見上げ、少しずつ語り始める。
「すごく、すごく怖かったの。気付いたら知らない場所で知らない精霊に契約を迫られて。その後は来たこともない場所にいて、その後は一人で彷徨って、すごく、すごく心細くて・・・」
相当怖かったのだろう。俯きながらぽろぽろと泣きだした。
どうやら田中は精霊との契約者らしい。
「大変だったな。もう大丈夫だ。とにかくここは危険だし、あの家で身を隠そう。かなりボロ屋だけどここにいるよりマシだ」
「うん、助けてくれて本当にありがとう仲立君。もうダメかと思った」
「いいよ。それより歩けるか?」
「うん、多分挫いただけだと思う。大丈夫、立てるよ」
かなり酷く挫いたらしく、立ち上がるのに苦戦しているため手を貸す。
「・・・ありがとう」
田中を連れて先程の廃屋に戻る。ソファのホコリを払い、怪我をしている田中を横にさせた。
「とりあえず足の怪我、見せてみて」
田中が痛そうに靴下を脱ぐと、右の足首がかなり腫れていた。
「これは酷いな。ルシア、この怪我なんとか出来るか?」
「今の私とりょーたでは回復魔法は使えないのです。もう少しレベルが上がれば可能なのですが」
「そっか。ならとりあえず応急処置しよう」
足首を固定するため部屋の中央にあるテーブルクロスを破る。
包帯代わりに使うためだ。
「そのネックレス、仲立君の契約相手?」
「そうだよ。名前はルシア。悪魔なんだ」
「悪魔!?怖くないの?」
「ルシアは安全だよ。悪魔と言っても元天使長だし」
「なんかすごいね仲立君。私なんて契約の後から契約相手と一言も話せてなくて」
田中は左手人差し指の指輪を見つめながら話す。
どうやら契約相手の媒介はあの指輪っぽい。
「えぇ、そんなの死亡ルートまっしぐらだろ!契約相手はどんな精霊なの?」
「私が契約したのは精霊ウンディーネ。四大精霊の一人って言ってたかな。この世界に来てからいくら呼びかけても反応が無いの」
田中の憂いに対しルシアが淡い光を放ちながら応える。
「水の大精霊、大物ですね。普段は湖や泉に住み、水と癒しを司る女神の様な存在です」
四大精霊。聞いたことはあるが、詳しくは知らない。
確か地、水、風、火だっけ?
「ルシア、そのウンディーネの力を解放することは可能なのか?このままじゃ田中が危ない」
ルシア曰く、力の解放、すなわち融合には契約相手それぞれの条件があるらしい。
俺の場合は「不条理に立ち向かう意思」とやらが解放条件らしい。ウンディーネの解放条件を考えてみるが分かるはずもない。
「種族を問わず力の解放条件はそれぞれの神話に紐づく事柄が多いのです。まずはウンディーネについて調べる必要がありそうですね」
「そうだな。明日アゼリアンの街に行って情報収集しよう」
会話しながらも田中の足首の固定が完了する。田中からは少し痛みが治まったとお礼を言われた。
「とにかく今晩はここで休みながら朝まで待とう。ルシア、さっきの結界を朝まで持続展開させることは可能か?」
「出来ますよ。但し広範囲は魔力消費が激しいのでこれくらいなら」
そう言ってちょうど2人用テントくらいの広さに結界を展開した。
「じゃあ今夜はここで休もう。疲れただろうし少し眠ろう」
田中が横たわるソファを中心に結界が展開される。田中はソファに横たわり、俺はソファに背中で寄りかかるよう床に座った。かなり狭いため田中瑠々との距離が近い。
少しドキドキしたが、それよりも嫌われている俺なんかと至近距離で一晩過ごさなければいけない事への申し訳なさが勝った。
「ねえ、仲立君。私達元の世界に帰れるのかな」
目を閉じ仮眠をとろうとしていると田中がポツリと呟く。
「分からない。けどこのまま何もしない訳にもいかないから、とりあえずこの契約に従って最果てを目指すつもりだ」
「やっぱりそれしか方法はないんだよね。私には出来る気がしないよ」
田中は自嘲気味に笑いながら弱音を吐く。
「あ、それとね。さっき襲われてる時に仲立君とルシアちゃんが話しているの聞こえちゃったんだけど」
俺とルシアの会話?
「あの事件、仲立くん、やっぱり犯人じゃなかったんだね」
「・・・」
「私、最初は絶対に違うって思ってたの。でも、仲立くんが認めて私達に謝罪する姿を見て、自分を無理矢理納得させたの」
「そうなるのは無理ないよ。もういいんだ」
「もし本当に濡れ衣だったなら、今まで本当に、本当にごめんなさい・・・」
後ろからシクシクと泣き声が漏れる。
「あの件で田中が悪い箇所はどこにも無いよ。ただ、真相が分かった以上はそれに対しケリを付けると決めた。その為には生きて、元の世界に帰らなきゃだ」
泣き続ける田中を気遣い、最後は笑いながら話す。
そう。俺を嵌めた鳴海はもちろん、加担したヒロに真意を確めた後、二人とも一発ぶん殴ってやると決めたんだ。
「それよりごめんな。こんな狭いと寝床で。俺なんかと近距離で過ごすのは嫌かもしれないけど、絶対何もしないから安心して!」
あの事件以降は特に女子に嫌われてた俺だ。その自覚はあるし、キモイとか変態のレッテルは全校生徒のお墨付きだ。
かえって不安を煽ることになるかもしれないが、一応身の安全保証宣言をしておく。
「ぜ、全然そんなことないよっ!すごく助かってるし。それに・・・・りょ、涼太君が居てくれてすごく心強いし、う、嬉しかったし・・・」
おぉ!ここに来て名前で呼ばれた!?これが吊り橋効果というやつなのか!
突然の名前呼びに驚き、思わず後ろの田中の方を振り向いてしまう。顔を真っ赤に染めながら俺の顔を見る田中瑠々がいた。
人気あるだけあってめちゃくちゃ可愛いなこの子。
「み、見ないで〜っ!!!」
叫びながら、顔をくるんと元に戻された。
「と、とりあえず明日に備えて少し寝よう。途中何かあったらすぐ教えてくれ田中」
「・・・うん」
田中は返事の後少しの間を空け
「る、
それに驚き再び振り向こうとするが手で押し返された。
こっちもかなり恥ずかしいが、これも一年半遅れたクラスメイトとの親睦のため。
「じゃあおやすみ、ルル」
「う、うん。おやすみ涼太君!」
そのやりとりの間、それまでずっと無反応だったルルの指輪が淡く点滅している事に、2人が気付くことは無かった。
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