第8話覚悟

どのくらい時間が経過したのか分からないが、辺りは暗くなり始めていたところでルシアがついに口を開く。


「りょーた、辺りが暗くなり始めました。この世界は日中と夜とでは危険度が大きく変わります。このまま外で立ち尽くすのはお勧め出来ません。今日はそこに見える廃屋で身を隠しましょう」


地べたに座り呆然としている俺の先に見えるのは、木造ログハウスの廃屋。壁や屋根、ところどころに破壊された形跡があるが家としての形は保っている。

今日はもうこれ以上先へ進める気がしなかったので、フラフラと廃屋へ向かう。鍵のかかっていない扉を開けると、ホコリや瓦礫が積もった大きめの部屋が広がっていた。

その昔誰かが住んでいた形跡があり、ホコリまみれの家具がそのまま放置されている。

部屋の中央にあるソファに倒れ込み、目を閉じヒロ達の事を考えていた。


「なあ、ルシア」


「なんですか?」


「このまま俺がここで死んだらその後はどうなるんだ」


「特に何も起きません。りょーたは死に、私は主ルーシェの元に戻ります」


「じゃあ誰にも迷惑かけずに済むってことか。それもいいかもな」


もう疲れた。盗撮犯としての冤罪を被り、唯一の心の拠り所だったヒロにも裏切られた。これ以上、何かを成す力も湧いてくる気がしない。生きていく希望というものが見いだせなくなっていた。

天井の隙間から見える空は既に暗くなっており、広がる夜の闇はまるで自分の心を映しているかのよう。

これ以上考えることに疲れ、このまま目を閉じ眠ろうとしていた時


「きゃあぁ!」


外から女性の悲鳴の様な声が聞こえた。

ゆっくり身を起こし、壁の穴から声の方角を見る。

すると、暗くてよく見えはしないが女性が何者かに襲われ、道の中心で倒れ、もがき抵抗している様子が見えた。


ふと思った。ここが俺の死に場所かもしれない。

最後くらい誰かの役に立ち、感謝されて死ぬのも悪くない。

俺が生まれてきた意味を。最後の最後で意味を成すチャンスを神が与えてくれたのかもしれない。

そう思った直後はもう、扉を跳ね開け外に飛び出していた。


「ちょっと、りょーた!突然どうしたのです!」


ルシアが慌て気味に俺に問いかける。


「あの子を逃がす。ルシア、お前達の期待に答えられずにすまない。どうやらここまでだ!おおおお!」


雄叫びと共に襲われている女性と暴漢の元まで走り、女性の上に覆いかぶさろうとしている暴漢に体当たりした。

弾みで暴漢野郎が地べたに転がる。


「逃げてください。こいつは俺が引き付けます」


暗くて女性の顔は見えないが、どうやら恐怖のあまり動揺しているのか、なかなか立ち上がってくれない。シルエットからして若い女性の様だ。


「ちぃ、逃げるまで時間を稼ぐしかないか!」


暗闇に目が慣れてくる。俺の目の前で起き上がる暴漢野郎の姿が顕になる。

黒く大きなコウモリの様な羽、三又の指と鋭い爪、暗く赤い目が2つあり全身が濃い紫色の人間、いや悪魔が立っていた。


「ガーゴイルですね」


ルシアが呟く。

こいつに殺されるのか。なんか嫌だけどこの子を救い、意味のある最後を遂げられるなら贅沢は言わない。

俺は時間稼ぎをすべく悪魔に飛びかかる。

悪魔はそれをなんなくかわし、空中へ浮かび上がった。


「ウマソウナニンゲンガフタリ、ィヒヒヒ」


卑しく開けた口からダラダラとヨダレを垂らしながら余裕な素振りで笑う。その隙に後ろの女性に向かい早く逃げる様に大声で促す。


「ごめんなさい!足を挫いてしまって。私はもう無理です!あなたが逃げてください!」


だめだ、最後の最後まで思うように事が進まない。俺の人生は最後までこれなのか。

今にも遅いかかってきそうな悪魔を前に、もう何もかも諦めようとしたその時


「りょーた、彼女を助けたいですか?」


ルシアが冷静な声色で俺に問う。


「ああ、自分の最後くらいは格好良く助けて終わりたい」


「あなたはここで彼女を助け、その先は死を選ぼうとしている。それは本当にあなたの望み、本心ですか?」


「あぁ、もう疲れたんだ。ここであの子を助け、誰かの役に立って死ねるなら、本望だ」


「りょーたへの皆の疑いを晴らし、あなた自身が幸せになれる道があるとしてもですか?」


ルシアが話している間に、ガーゴイルが牙を剥いて加速飛行しながら襲いかかってきた。


「雑魚が。うるさいです」


ルシアが呟くと同時に、胸の宝石から赤く放射状の光が放たれ、俺と倒れた女の子を結界の様に包み、ガーゴイルの行く手を阻んだ。


「りょーたは親友やクラスメイト達に裏切られました。それでもりょーたを信じ、心配してくれる家族や慎也さんがいます。ここで貴方が死を選ぶことで、その人達を深い悲しみの淵へ追い込んでもいいのでしょうか。その人達を裏切るつもりですか?」


ルシアは更に続ける。


「生きていると手に負えない理不尽や悪意に必ずぶつかりますよ。そこに屈し打ち負けるか。或いは抗い、自分自身はもちろんの事、信じてくれる周りの人達を守るかは貴方次第です」

ルシアはより真面目なトーンに切りかえ


「本当に誰かの役に立ちたい、誰かを守りたいと思うのであれば、それを可能とする真実を掴み取りましょう。私はその手助けを、全身全霊をかけてあなたを手伝います。これからは私があなたの1番の味方です」


味方。俺に味方。

こんな俺にも、まだこうやって寄り添ってくれる人(悪魔だが)がいるのか。両親の笑顔や、俺の背中を叩く慎也の顔が思い浮かぶ。胸のあたりがキューッと苦しくなった。

そして何よりこの笑顔を決して壊したくないと思えた。

ルシアの言葉が、完全に諦めた心の隙間に響く。少しずつ、凍った心が溶けていく。

途端にぼろぼろと涙がこぼれた。

まるでずっと我慢し抑え込んでいた感情が溢れ出る様に。


「たくさん泣いてください。今までよく頑張りましたね」


ルシアの優しいその言葉のせいでまた涙がこぼれる。

温かい何かが自分の心を包みこんでくれる。

そしてルシアは何かを覚悟する様な張りのある声で


「私と主ルーシェの力は貴方の望みの実現の為にあります。りょーたに盗撮魔の濡れ衣を着せた2人を追い詰め、1発どころか2、3発ぶん殴ってやりましょう!」


今日何度目かの覚悟が決まる。俺は信じてくれる人達の笑顔を守りたい。そして、この世界を生き残り、俺自身はもちろん両親や親友を苦しめた疑いを晴らし、自分自身をも取り戻す。


「決めたぞルシア。俺は俺を取り戻す。平気な顔して理不尽を振りまくクソ野郎共の顔を、謝罪まみれのアホ面に変えてやる!」


そう宣言すると同時に胸の宝石が光輝く。


「マスター松永涼太の戦闘意思を確認しました。これより融合及び第1形態進化に入ります」


可愛げのあるルシアの声が、機械音声に変わった途端、ルシアが俺の胸の中に吸い込まれる。周辺の空間が歪み、身体が暗く深い闇に包み込まれる。

闇が晴れ、そこに立っているのはやはり俺だったが、その見た目は少し変貌を遂げていた。

それは、黒髪に金髪がところどころ混じり、黒と紅のオッドアイ。美しく輝く2枚の白い羽、口元から覗く八重歯が少し目立つ、学生服を着た少し悪そうな見た目の天使アクマだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る