第5話最後の審判

「そもそも女性に向かって男扱いは失礼だと思うのです」


「・・・」


「主ルーシェのどこに男要素がありましたか?やっぱり胸ですか?ほんと男の人ってそこばかり見てますよね」


「・・・」


「あ、でも私の場合は違いますね。胸なんて確認出来るはずもないし。じゃあどこで判断してるんですか?」


「・・・」


「りょーた、聞いてますか?納得いく様に説明してください」


どうしよう。さっきからこのアクセサリーがうるさい。


光に溶け込んだ直後、急な睡魔に襲われ、目を覚ました時は小高い丘の上にある神殿の祭壇に横たわっていた。

どうやらあの後、本当に異世界へ飛ばされたらしい。

辺りを見渡すと室内あちこちが欠損しており、かなり古い建物である事が見受けられる。

祭壇から降り、ひとまず出口へ向おうと歩きだすと胸元から可愛らしい声が聞こえてきた。


「おはようございます、りょーた様!お目覚めになられましたか?」


自分の首元辺りから目覚めの挨拶が聞こえる。


「お、おはよう。君は・・・ルシア?」


声の発信源と思われるネックレスに飾られた宝石を、顔の前に持ってきて話しかけてみる。


「はい、ルシアです。お目覚めになるのを心待ちにしておりました、りょーた様!」


俺の契約悪魔ルーシェから預かった彼女の分身。

紅く輝く宝石が飾られたネックレスから響く声は、透き通った少年の声で、愛嬌と愛くるしさが伝わってくる。


「主ルーシェの宣言通り、全力であなたのサポートをさせて頂きます!私が直接的に何かする訳ではありませんが、りょーた様に主ルーシェの力を供給する役割だと思ってください!」


ルシアが話す度に、宝石の中の白い光がゆらゆら揺れている。

水槽の中を泳ぐクリオネの様な動きと、少し緊張してる声が初々しく可愛らしい。


「そっか、よろしくね。とりあえず俺はこれから何をすればいいんだ?」


「はいっ!まずはこの神魔の地エラリスについて知るのが先決だと思います。それについては私、ルシアから説明させて頂きます!」


ルシアがこの異世界についての説明を始めた。


「まず、現在エラリスは4つの国で成り立っています。1つ目は、神と天使が統治する神聖王国エヴァーガーデン。2つ目は、現在の魔族の王である悪魔アスタロトが治める魔王国クリカラ。また、神聖王国にもアスタロトにも従わない者達が統治する国が2カ国存在します」


ルシアはゆらゆらと漂い続ける。


「それぞれの国はエラリスの何処かに隠されている最後の審判ラストジャッジメントと言われるゲートを探し求めて争い競っています」


ラストジャッジメント、最後の審判。レオナルドダヴィンチのあれか?


「人間界では絵画で有名ですね。最後の審判ラストジャッジメントとは、ここエラリスの統治権並びに新たな人間界の創造権を唯一神ゆいいつしん様から授けられる場所のことを指します」


新たな人間界の創造だと?壮大なテーマに全くイメージが湧かない。


「今の人間界はどこの誰が支配してるんだ?」


素朴な疑問をルシアに投げかける。


「誰も支配していません。厳密に言うと、ここ1年程は空白の状態です。それまでここエラリスを統治していた神聖王国の元国王、女神デメテルが失踪したのです」


神が失踪?何かに耐えられなくなったとかか。

神も現実逃避するもんなのか。

ふと登校拒否をしていた当時の自分がよぎり、なんとなくだが親近感が沸いた。


「新たな人間界の創造って、新しく作り変えるってことか?」


「はい。新たな支配者となった者は、理想の世界へ創り変える事が出来ます。現状維持も良し、自分の理想に創り変えるも良しです。その権利を得られる場所が最後の審判ラストジャッジメントなのです」


ルシアは更に続ける。


最後の審判ラストジャッジメントを見つけ、そのゲートを開くためには人間の協力が必要です。その為、皆様がこの世界に招かれたのです」


「人との共同作業ってこと?」


「はい。最後の審判ラストジャッジメントに辿りついた者の理想と、寄り添う人間の願いが一致して初めてゲートは開きます」


尚もルシアは小刻みに揺れながら


「統治体制が崩壊したことに憂いた唯一神は、新たな体制を築くために各国の統治者達とその他候補者に対し、パートナーとなる人間、すなわちりょーた様のクラスメイト達を選出しました」


それがこの契約か。てことはクラスのヤツらは各国に散らばっている事になるな。


「ルーシェはどこかの国の統治者なのか?」


「いいえ、主ルーシェは国の統治者ではなく、その他候補者の1人です。4カ国の統治者達の他に、26名の候補者がいます。主ルシフェルはその候補者の1人です。候補者は、神聖王国から9名、魔王国から13名、その他2カ国から4名選出されております」


そんなにいるのか。計30名。

でも、うちのクラスは32名だから2人契約していないのがいるのか?


「主ルーシェは元は神聖王国の天使長でしたが、追放され悪魔の烙印を押されました。その後、他国へ逃れその国の枠から立候補しています」


「その他2カ国とはどんな国なんだ?」


「はい。1つはシヴァ神の統治するインドラ。もう1つは毘沙門天様の統治するトライデントになります。主ルーシェは前者のシヴァ神が統治するインドラに属する悪魔です」


「シヴァは神で、ルーシェは悪魔なんだろ?同じ国に属するなんて可能なのか?」


「神、悪魔は種族に過ぎません。神でも悪魔でもそれぞれ異なる思想、理念を持っています。神でも凶悪な者、悪魔でも心優しい者もいる言えばわかり易いでしょうか」


確かに。神、悪魔の善悪については殆どが人間の勝手なイメージに過ぎない。単なる種族だと言われれば合点がいく。

宗派の違いについては、人の常識における相違であって、ここエラリスにおいての境目はないのだろう。


「なんとなく理解したよ。俺のゴールは最後の審判ラストジャッジメントを見つけることでいいのか?」


「はい!そのためにここに来たと思って頂いて構いません!ですが・・・」


ルシアの声色が引き締まったものに変わる。


最後の審判ラストジャッジメントを見つけるには、4つの宝玉を探し求め、入手する必要があります」


「宝玉?」


「です。宝玉は4つの国がそれぞれ持つとされています。それらを全て集めることで、最後の審判ラストジャッジメントへの道が開かれます」


「待った。その4カ国ってそれぞれが争ってんだろ?!全部集めるってそれは・・・」


「はい。全て倒して奪い取るか、説得して譲り受けるかです。但し、後者は不可能に近いかと・・・」


こりゃ詰んだな。

神だの悪魔だのの集団と戦って勝つなんてこの俺に出来るはずがないし、そもそも誰にも出来ないんじゃないのか。


でも待てよ。


「確かルーシェはシヴァ神の国インドラに属してると言ってたな。じゃあインドラの皆と力を併せればいいのか!」


これなら俺1人の力でって訳じゃない。シヴァ神含め味方が沢山いるはず!国と国の戦争だし!


「そ、それがですね・・・」


突然ルシアの声が弱々しくなる。


「今回の主ルーシェの立候補ですが、リーダーのシヴァ様に内緒での行いでして」


何これ、嫌な予感しかしない。


「りょーた様との契約後、すぐにバレてしまいまして。貴重な立候補枠を主ルーシェが勝手に使ったとシヴァ様が超お怒りでして・・・」


あ、これあかんやつだ。


「先程、りょーた様がお眠りの間に主ルーシェがインドラを追放されたとの通告がありまして・・・」


怒りで体が震えてきた。あの野郎、何してくれとんじゃ!


「だ、大丈夫ですよ!私もいますし、頑張りましょ!」


「いくらお前が強くたって俺は何も出来ないただの高校生だぞ!そんなのが神とか悪魔とかに勝てる訳ないだろ!」


「主ルーシェの力は本物です!元天使長ですよ!勝てる勝てるっ!ほら、頑張りましょ!」


「無理だ、傍観しよう。クラスのヤツらに任せよう。とにかく生き残ることだけに専念しよう」


「諦めるのなら私は消失し、りょーた様はひとりぼっちになりますよ。このエラリスで人間1人はすなわち死以外ありませんよ」


「どっちにしろ詰みじゃねーか!どうすんだよこれ」


「私と主ルーシェの力があれば、そう簡単には死にません。それに他の神々や悪魔にも引けをとりません。あとはりょーた様の心の強さ次第で、最後の審判ラストジャッジメントへ辿り着ける可能性は十分あります!」


落ち着いて少し考えることにする。


仮に傍観し、クラスメイトの誰かが最後の審判ラストジャッジメントに辿り着いたとしても、その先はどうなるかは分からない。

俺はというと逃げれば死ぬし、立ち向かっても死ぬ可能性が高い。

なら、一か八か俺が最後の審判ラストジャッジメントを見つけることに賭け、元の世界に戻るのが自分にとっても良いのか。元の世界?いや、理不尽の無い、正しい世界か。


正しい世界ってなんだ。


そもそも俺が最後の審判ラストジャッジメントに辿り着いたとして、どんな世界を創りたいんだ?

確かに理不尽に苦しめられた高校生活だったが、自分の都合で世界そのものを変えてしまっていいのか?


考えてみるが解は出そうにない。いや、自分の性格的に一生悩んで終わりそうな気がする。

それなら現状維持なのか、分からない。

そもそも皆の暮らす世界を創り変えるなんて、例え神や悪魔でも許されることなのか?今そこで暮らしている人達はどうなる?大切な家族は、友人は。


暫く考え、この先の自分について答えがまとまる。


「言っとくけど無茶はしないぞ?」


ルシアが淡く光った。嬉しそうだ。


「はい!危険な時は私が全力でサポートします!」


「何度も言うが俺はただの高校生だ。これといって特技もない。お前の力に100%依存するから覚悟しといてよ」


「それは構いません。りょーた様の力なんてもともとそんなに期待してません!」


失礼な小僧だな。


「じゃあ改めてよろしくなルシア。男同士仲良くやろうぜ!」


「・・・は?」


ん?どうしたルシア。輪をかけて態度が悪いぞ。


「はぁ。私、女の子なんですけど」


一瞬だが覗きこんだ宝石からどす黒い殺気を感じた。


辿り着いた先での自分の理想なんて今考えても分からない。

だが、自分の理想実現のために、世界を好きに創り変えるとか何か違う気がする。

なら俺が最後の審判ラストジャッジメントを見つけ出し、自分の納得する結末へ導こうと静かに心に誓った。

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