第4話契約の儀

目の前の水晶玉が発する淡い光のお陰で、辺りが少しだけ目視出来るようになった。

石の壁と床、洞窟?いや柱がある事から、ここが人の手で造られた建造物であることが分かる。まるで神殿の様だ。


とりあえず思考を落ち着かせるため深く息を吐く。

まずは誰かと連絡をとるべきとポケットからスマホを出す。


「な、なんだこれ?」


ポツンと光るスマホのホーム画面に映っているのは、いつもの見慣れた背景ではなく、真っ黒な背景に不気味な「目」のアイコンのアプリが一つ。

恐る恐る押そうか迷っていると、目の前の水晶から先程の声が聞こえてきた。


「そのボタンを押す前に少し話をしよう、仲立涼太くん」


名前を呼ばれ驚く俺に対し水晶は続ける。


「君達が開けたあの箱は契約の箱。何の因果かわからないが選ばれたのは君達の様だね」


あの箱とは恐らく小日向が開けたあの箱の事を言っているのだろうか。


「こ、ここはどこだ!?俺は何故こんな所に?」


焦りからか問いかける声も荒ぶる。


「ここは契約の箱の中だよ。君達は箱の中に招待されたのさ」


「箱の中?他の皆はどこへ消えた!?」


「まぁ落ち着きたまえ。他のお友達も今頃それぞれの契約の箱に招かれてるよ。ここは君・の・契約の箱だ」


俺の契約の箱?一人一人違う箱の中に飛ばされたと言う事か。

てことは今ここには俺だけが招かれたという事なのか。


「あの箱はね、とある神が人間と交わした契約書を保管する箱なんだ。普通なら神に認められた者しか開けられないはずだが、どうやら君のお友達に使・徒・がいるようだね」


神、使徒、契約の箱。神話やアニメでしか聞かないような言葉が並ぶ。


「だが契約の箱には契約書である石版が入っていたはずなんだ。君達の世界では「十戒」と呼ばれるものだね」


ヒロが図書館で貰った石版のミニチュアが頭に浮かぶ。


「箱から石版が消失し、君達がここに招かれたという事はあの神が契約を白紙に戻すつもりってことかな」


ぼんやりと発光する水晶は尚も続ける。


「君達人間は良くも悪くも発展しすぎた。自分達の生き易さ、暮らし易さを優先し神の望む世界と大きく乖離した。それは彼の望む姿では無くなってしまったという事だろう」


更に話を続ける。


「今後の人間界は箱に選ばれた君達に託されたという事だよ。あの神と新たな契約を結び、どう世界を創り変えるかは全て君達が決める事になる」


「世界を創り変える?俺達の自由に世界を創り変えるってことか?」


「そう。自分の好きな様に世界を創り直せるなんてラッキーじゃん!」


軽いノリで応える水晶。こっちはシリアスなのに突然の軽い口調に調子が狂う。


「で、お前は誰なんだ?」


「私はルーシェ。神にも魔王にもなれなかった者さ。まぁ、ぶっちゃけ全然なりたく無かったから逆に良かったんだけどね、アハハ」


「そ、そうか、それは良かった。てか元の世界に帰りたいんだが、どうすればいいんだ?」


ここから脱出する方法を尋ねる。


「ここから出る方法は二つある。一つ目はこの後に君と私との間である契約を結ぶだけだ。二つ目の方法は・・・」


少し間を開け、今までとは違う低い声で


「君がここで死ぬかだ」


ゴクッと思わず固唾を飲む。選択肢が一つしかない、すなわち強制的に従うしかない状況だ。


「アハハ、ビビってる!君分かりやすいね、フフ」


固まる俺を貶す水晶。ちょっとムカついて今すぐ蹴り飛ばしてやろうか迷ったが、こいつが消えるとこの状況から抜け出す手立ても消えるので踏み止まる。


「で、契約内容って?内容は?」


少しばかりキレ気味に尋ねてみる。


「君が望む世界を創り上げ、私にそれを見せてくれることさ。正確には君と私で一緒に創り上げていく、かな」


俺の望む世界?そんな大それた事は考えたことが無い。

確かに普通に生きている者が理不尽に虐げられる今の世の中には正直ウンザリだ。でも、こうあるべきだという理想像など持ち合わせてはいないし、生憎そういう野心がある訳でもない。


「俺、そんな立派な思想なんて持って無いぞ。お前の期待には応えられる気がしない」


「それでいいと思うよ」


ルーシェと名乗る者は穏やかな声で答える。


「それに俺には世界を創り変える力なんて絶対に無いぞ」


「それは大丈夫。私が手伝うよ」


「それに俺は社会的にも周囲の信用を失っ」


こちらの言葉途中で水晶玉が一段と光を増した。


「おっと、そろそろ契約の時間だ。これ以上長引くと蓋が閉じてしまう」


このままここで死にたくないでしょ?と付け加えたのち


「君次第だが、私と契約すれば元の世界に戻る道は開ける。但しその道には数多の試練、厳しい戦いが待ち受けている。或いは君はそこで絶命するかもしれない。ただその先には君にとってのあるべき世界、理想の世界が待っているはずだ」


水晶は更に光を増す。


「この契約を交わした後、君は神、悪魔が存在する世界、エラリスへ旅立つ。そこで君自身が何を想い、どこに向かうかは全て君次第だ。幾つもの困難を乗り越え、最果てに辿り着いた先で、君が望む理想を勝ち取る事が出来るだろう」


目を薄めてしまう程に光が強くなる。


「私と契約してくれるのであれば最大限の力を貸すよ。さあ、仲立 涼太。私と契約するか否か、自らの意思で選びたまえ!」


どうやら契約以外の選択肢はなさそうだ。

思えば途中から不遇な人生だったと思う。この契約はもしかするとやり直せるチャンスなのかもしれない。

いや、むしろもっと苦しむ事になる可能性もある。

どちらにしろ今は覚悟を決めるしかない。


「分かった。お前と契約する」


そう宣言すると、光り輝く水晶玉が砕け散り、その跡に見蕩れる程の美少年が顕現した。


白く美しい6枚羽の天使。少し乱れた金色の髪。透き通る白い肌。腰には漆黒の剣を携え、その姿は淡い光に包まれている。


「んー。やっと解放されたよ。ありがとう」


彼は大きく背伸びをした後、俺と目を合わせる。

薄い赤色のその瞳は怪しげではあるが、どこか落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「じゃあ、早速だけど君に私を預けるよ」


ルーシェは自身の胸に手を当て、体内から赤い何かを取り出し俺に手渡した。


「それは私の力だよ。君に預けよう。私の分身の様なものと思ってくれていいよ。私自身は契約が完遂するまで別の任務があるから一緒には行ってあげられないんだ。」


俺が受け取ったのは紅く輝く宝石が飾られたネックレスだった。中央にルビーのような輝きを放つ大きな宝石が一つ。

更に、宝石の中を覗くと石の中で淡く白い光がふわふわ飛んでいるのが見える。水槽の中で泳ぐクリオネみたいだ。


「その子の名は・・そうだな。ルシアと名付けよう。可愛がってあげてくれたまえ」


俺は渡されたネックレスの宝石を覗きながら尋ねる。


「これ、首に付ければいいのか?」


「そう。君自信を守るためにも片時も外してはいけないよ。そのネックレスには私の力の殆どを託してある。君が使いこなせるのを期待してるよ」


言われた通りにネックレスを首から下げる。

少し重いが気になる程ではない。


「さあ、そろそろ時間だね。言い忘れてたけど、この後君が向かう行く世界には君のクラスメイト達もいるよ」


ここにきてルーシェがとんでもない事を言い出した。


「君同様に他のクラスメイト達も天使や悪魔、あるいは神と契約を済ませて飛び立っているはずだよ。それぞれの理想を携えてね」


天使や悪魔は分かるが神!?

それ向かった先で絶対クラスのヤツらと争いになるやつじゃねーか!


「それを早く言えよ!俺クラスではハブられてて、超絶嫌われてるんだけど!?」


「さあ、時間だ。旅立ちたまえ!」


「おいい!」


スルーを決め込むルーシェ。天井が少しずつ開き、光が漏れてくる。まるで箱の蓋が開くのを箱の中から見ている様な光景だ。


「ったく、本当に自信ないからな!あと危なくなったら助けてくれよ、美少年天使さん!」


ルーシェは穏やかに笑う。


「君なら大丈夫だよ。自分の信じた道を進むがいい。最果てには君の望む理想郷が待っているはずさ。幸運を祈ってるよ」


天井の蓋が完全に開くき、目を開けられない程の光が差し込む。身体が光に溶け込むような感覚の中、神と悪魔が共存する世界エラリスへ飛び立つ。

身体がほとんど光に溶けきり、意識が飛びそうな感覚に陥る。

意識が朦朧としている中、ルーシェが最後に


「あ、そうだ。勘違いしてるかもしれないけど、私、天使じゃなくて悪魔だから。あと女の子だよ」


「は??!」


どうやら俺は悪魔と契約してしまったっぽい。

あと男と間違えてごめんなさいと、心の中でお詫びしたと同時に意識が切れた。

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