第3話異界へ

職員室へ連行後、待っていたものは自白と謝罪の強要、そして反省の促しだった。


「心当たり無いってお前。この証拠動画はどう説明するんだよ。いつまでもシラ切るとか、最悪だなお前」


「早く認めた方がいいわよ?被害者の子達に早めに謝罪した方が、今後の君にとってもいいと思うわよ」


「別に君を虐めている訳じゃないからね。ただ、自分の間違いを認められる正しい人間になって欲しいだけなの」


教師陣にいくら無罪を訴えても親身に聞こうとすらしてくれない。証拠動画の前ではどんな言い分も無力だった。

その日から放課後は毎日、教師達に囲まれて尋問を受けた。

濡れ衣を晴らすために涙ながらに訴え続けるが、決定的な証拠に対して説明が出来ず、最終的には半ば強制的に有罪の判決が下った。


自覚のない罪に対する反省文とクラスメイトに対しての謝罪。当然、精神的にも耐え切れるものではなかった。


誰かが俺を陥れるために仕掛けたのか。それとも変態野郎が盗撮のために俺を利用したのか。何故カメラをセットする俺が映り込んでいたのか。

やり切れない怒り、解の出ない謎、周りからの軽蔑、他人に対しての不信感などのありとあらゆる感情が募り、ついに事件後二週間経過したところで、俺は学校へ行けなくなった。


不登校時、しばしば家に訪ねてきてくれたのがヒロと慎也だった。


「なぁ、そろそろ学校来いよ。クラスメイトも全員が涼太を疑ってる訳じゃないって」


「そうだよ。謝罪もしたんだし、もういいだろ」


ヒロは尚も続ける。


「俺達は涼太の言い分を信じてるよ。確かに映ってたのは涼太だけど、普段のお前を知ってる俺達からしてみればなんか違和感しか無くてさ」


「それな。追い込まれてシラを切れるタイプじゃないし。絶対態度に出てバレちゃうのが涼太じゃん」


「あの日、誰か不穏に近づいてきた人いなかった?」


二人は俺の言い分を肯定してくれた数少ない味方だった。

敵だらけの自分に、信じてくれる友がいると思うと少しだけ心が救われたのを覚えている。


事件後、ヒロ達は俺にかけられた疑いを晴らすべく、聞き込み等様々な手を尽くしてくれたらしい。

だがこれといった決定的な証言も無く、俺の濡れ衣が払拭されることはなかった。


それから2ヶ月程、自宅で心を療養し、家族ともこの件について沢山会話した。

転校という選択肢もあったが、ここで逃げ出すのは自分的にも避けるべきだと判断し、ここに残る道を選んだ。

最後まで見捨てないでくれたヒロと慎也に応える結果にもなるとも思ったからだ。


約2ヶ月の不登校を経て、再登校してからは毎日胃が痛くなる日々だった。

しかし、意外にもあからさまな軽蔑や誹謗中傷を直接受けることは無かった。

但し、まるで腫れ物には触りたくないが如く、周囲の生徒達から率先して俺に絡んでくることも無かった。


ほぼ全校生徒から無視され陰では蔑まれる、そんな生き地獄な高校生活が続くだけだった。

この生活が続くと不思議と慣れてくるもので、周りの言葉や評価を気にしないスキルが備わった気がする。

とにかく学校では空気に徹する。それが自己防衛の最善と考え、波風立たせず生活する事に専念した。



それから約1年半の月日が過ぎ、流れは現在に戻る。

放課後、受験勉強のためヒロと図書館へ向かう。

目的地に着くと、図書館の屋上から大きめの垂れ幕が下りていることに気が付く。垂れ幕を見上げたヒロが


「へぇ、古代文明展開催中だって。個人的な興味はないけど世界史の役には立ちそう。ちょっと見ていこうぜ」


国立図書館1階にはフリーの展示スペースがあり、たまにこの様な特設展示会が開催されている。

無料で観覧出来るらしく、ヒロの後に付いて1階展示室に入った。


中に入るとガラス張りのショウケースが多数あり、中には古代エジプト文明期に建造された建造物のミニチュア、生活用品の展示品レプリカが展示されていた。

ひと通り見終わり展示室を後にしようとすると、職員と思われる1人の老人男性に呼び止められた。


「ご観覧頂きありがとうございました。記念にこちらをどうぞ。もちろんレプリカですが、今皆様にプレゼントしております」


俺には古代文明期に使われていたと思われる、手のひらサイズの謎の箱の様なものを、ヒロには変テコな石版のミニチュアを渡すと老人は静かに奥へ下がっていった。

展示室を後にした後、貰った景品を眺める二人。


「なんか変な箱を貰っちゃったよ。何だろうこれ」


蓋を開けて中身を確認しようとするが固くて開かない。


「なんだこりゃ、開かないぞ。こういう仕様なのかな?」


対するヒロも手のひらサイズの石版を持ち上げ


「俺のは古代期の石版のミニチュアっぽいね。涼太のはよく分からん。何だそれ?」


とりあえずその箱をカバンにしまい、目的である受験勉強のため自習室へと向かう。

それから2人は図書館で遅くなるまで勉強し、キリの良い所で各々帰宅した。


翌日。


昼休みの教室でいつも通りぼっち飯を堪能する為、カバンからお弁当を出す。

カバンを戻そうとした時、誤ってカバンをひっくり返してしまった。その音にびっくりしてクラスメイト達が俺を見る。


まるであの時の再現。

イケメン鳴海 英志ナルミ エイジが、床に転がった怪しげな箱に気付く。


「ちょっといいか、仲立。その箱は何だ?」


前科のある俺に対し疑いの目を向ける鳴海。周りのクラスメイト達の視線も俺を捉えている。

カバンから転がったのは、昨日立ち寄った古代文明展示会のお土産で貰った箱だった。

濡れ衣とはいえ、盗撮前科のある俺に皆が警戒するのも無理は無い。とはいえ、最初から疑ってかかる鳴海の態度に少しムカついたので、少しばかり喧嘩腰に応える。


「昨日行った展示会で貰った記念品だよ。あの時の様にまたチェックでもしてみるか?」


不貞腐れた態度の俺を横目で見ながらも鳴海は


「また前回のような事があっても困るからな。そうさせて貰うよ」


爽やかに言い放ち、床に転がった箱を手に取った。

鳴海は箱を手のひらの上でまじまじと観察し、その蓋を開けようと試みが、やはり固くて開かない。


何度やっても開かないので諦めて俺に返そうとした所、あの時同様に小日向 楓コヒナタ カエデが艶のある栗色の髪を揺らしながら近づいて来た。


「私に貸して」


強い口調で手を差し出す小日向に鳴海が箱を差し出す。

小日向が箱の蓋に手をかけ蓋を開けようとする。

すると男の力でもビクともしなかったその蓋が、なぜか小日向楓の手で少しずつ開いていく。


その刹那、とてつもない不安感が背中によぎり、かつて感じたことの無い拒否反応が体、脳に現れた。


待て、これはまずい!絶対に開けてはいけない気がする。


「待て小日向!!その蓋は開けない方が!」


しかし、無常にも蓋は開いてしまった。

箱が開くと同時に自分の周りの風景や音、全てが消えた。

辺りの風景が消え、真っ暗な闇に包まれた。

自分の手足すら見えない闇。何一つ聞こえない無音空間。


何が起きたのか分からず、パニックで思わず声を出す。


「うぉあ、お、おい!誰か!」


自分の声が空間内に響き渡る。音の響き方からどこかの室内の様だ。

オロオロと辺りを見渡していると、淡く光る水晶玉のような何かがポツンと俺の目の前に現れた。

ぼんやりと光るその水晶は、慌てふためく俺に呼びかける。


「私の名はルーシェ。ようこそ契約の館へ。私と契約をしよう、仲立涼太君」


この声の主こそが、この後俺をふざけた異世界に送り込む張本人である事を、この時はまだ知るよしも無かった。

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