第1話 [いきなり抱きつくのはやめてほしい]
パイプ椅子にシンプルな机。ポットなどが置かれる休憩室は、窓から朱色の陽光が差し込む夕暮れ時に置かれていた。
そんなこの場所は、俺がバイトをしている喫茶店の休憩室である。
「ふぅ……今日も終わりましたね、
ゴーーッと響く機械音ではなく、琴のように凛とした声が俺の名を呼ぶ。
そちらに目を向けると、そこには〝姫〟がいた。姫というのは直喩で、物語の中から飛び出たような容姿をしている。
絹のように艶がある銀髪をハーフアップの髪型にしており、瞳は宝石のようなサファイヤブルー。容姿端麗だが、それ故に近寄りづらい雰囲気が漂っていた。
「今日も今日とて、この喫茶店は人気で疲れたな、
彼女の名前は白銀
たまたまバイト先に彼女が入ったため、クラスメイトからは嫉妬の眼差しを送らされる毎日だった。
「……思ったのだけれど、透くんは頑なに人のことを名前で呼ばないですよね。私も『
「癖なんだよ。白銀さんこそ、誰にだって敬語だろ。俺も敬語の方がよろしいでしょうか」
「私も癖なんです」
「さいで」
白銀さんは誰に対しても壁を作っている。
だが、俺たちはあることをきっかけに仲良くなっていた。それは……
「〝その人が持つ癖は、一生の宝だよ〟」
「おっ、『煙街路のソムリエ第2部』シルクハット爺さんのセリフだな! 新刊を買わなければ……」
「あのラノベは至高なるモノ。なぜ全世界の人に知られていないのか、疑問でしかないです」
彼女は学校では分厚い堅苦しい本を読んでいる。が、本来はラノベが大好きなオタクだということを、俺は知ってしまった。
バレた時は俺を脅して口止めしようとしてたが、俺もラノベ好きということで意気投合した。
「今日で夏休みも終わりなのだし、バイト帰りに買ったらどうでしょうか」
「白銀さんも付いてくる?」
「なぜ私があなたについていかなきゃ行けないのでしょうか? 一人で行けばよろしいかと」
「相変わらず冷たいな。秋がもう近づいてるってことか」
同じバイト仲間、ラノベ好き同士。だからといって、それ以上の関係になるわけではない。
男なら誰しも期待してしまうだろう。俺もそうだ。だが現実は非情である。
「(初めて好きになって、一番近くにいたやつは引っ越しちまったからなぁ……)」
俺の初恋相手は小学生の時に出会った子だった。少し根暗だったが、守ってやりたくなる可愛さがあってぞっこん惚れてたな。
「透くん? 間抜けな顔をしていますよ?」
「デフォルトだ、気にすんな」
「ふふっ、そうでしたね」
「ソウデシタネ?」
くすくすと笑う姿に少しドキッとしてしまう。なんせ、学校では仏頂面を貫いている彼女が、俺の前でだけ笑顔を見せているからだ。
だが勘違いしてはならないのだ。
それはそうとして、ポケットから取り出したスマホの反射で少し自分の顔を見る。
黒髪黒目の平均的な顔。まあ、間抜けと言われれば間抜けだろう。
ついでに今の時間を確認した。
「おっと、もうそろ卵の特売時間だ。ラノベ買うのは明日にすっか……」
「一人暮らしは大変そうですね」
「まあ大変だよ。でも自分で決めて、親からもちゃんと許可とったしな。おかげで色んなことが成長できたし」
「失う物があればもちろん、得る物もあるということですね」
「誰のセリフ?」
「私が考えたセリフです。それでは、また明日」
フリフリと手を小さく振ってきた白銀さんを見て、明日から始まる学校がまた頑張れるような気がした。
俺も手を振り返して喫茶店から出て、スーパーで必要な具材を買い終えた後、一人暮らしのアパートに戻った。
「そういえば……転校生が来るとか噂になってたけど本当なのか……? ま、俺には関係ないか」
ボソッと呟く独り言は霧散した。
二学期初日から寝坊なんてしたくないので、色々と済ませた後、すぐに眠りについた。
###
――二学期初日、教室。
室内は騒がしく、過半数のクラスメイトがマグロのように落ち着きがなかった。
やれやれと思いながら、俺は窓側の隅から二番目に居座りながら達観している。
俺の右側にいる白銀さんも、「はぁ」とため息をついていた、
だが、数秒先に俺もマグロのように落ち着かなる。
「えー、みんな夏休み楽しんだり、勉強できたかな? 先生は君たちのこと信じているからね」
頬杖をつきながら、ボケーっと先生の話を右耳から左耳に通らせる。
「早速なんだけど、実はこのクラスに転校生が来ます!」
「「「「「うぉおおおお!!!」」」」」
耳を穿つような雄叫びが上がり、俺は逆にテンションが少し下がる。
「入っておいでー」
「――ッ!」
俺は息を飲んだ。
黒髪のウルフカットの毛先は赤色に染めており、桃色の瞳。首元のチョーカーの下には、男なら誰しも見惚れる程の胸。
染めた髪に短めのスカート。お世辞にも優等生と言える見た目ではない。
もちろん美少女だというところにも驚いたが、俺はこの子を何処かで見たことがあるような気がした。
懐かしいような、恋しかったような……。
「えっとー、あたしは
その名前を聞いた途端、俺は雷に打たれたような衝撃が走り、椅子を勢いよく後ろに飛ばして立ち上がった。
「ん? どうしたんだ透」
「え、トールって……しかもその顔……。もしかして」
数年前に分かれ、もう会えないと思っていた――
「なっ……ちゃん……?」
俺が初めて好きになった女の子もとい、初恋相手の昔の呼び名が、俺の口から自然と漏れ出ていた。
「!!」
すると彼女は、ずんずんと俺の方に近づいてきて、目の前までやってきて俺をジーーッと見つめている。
「…………」
「えーっと……久しぶり、みたいな? 二人で拾った亀の浦島は元気だぜ?」
――ギュッ
「「「「「えぇッ!?!?」」」」」
「なっ……!?」
何かを確信したと同時に、俺に抱きついてきた。クラスメイトも、いつもクールな白銀さんも声を漏らしている。
「久しぶり! 透!!」
俺に抱きつきながらそう言った。
一瞬何が起こったかわからなかったが、これだけは確かにわかる。
この日から俺の淡くて薄い日常が、濃淡で刺激的な日々に変わっていくということに……。
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