第102話 ブラウリオさんを助けられた喜び

 エルピディオさんが急いでブラウリオさんの呼吸を確かめる。


 そばで脈を取っていたフィンさんも、ふぅ、と息を吐いた。


「……少なくとも、いったんの危機は去ったように見える」


 そこに、バタバタと走る音とともに女の人の声がした。


「遅くなりましたわ! 大丈夫でして!?」


 見ると、そこには先週出張食堂に来てくれたふたりの聖女さんがいた。


「ニーナさん! ヘンリクさん!」

「病人はどこだ!」


 言うなり、ニーナさんとヘンリクさんがバッ! とブラウリオさんの元に駆け寄る。


「「《治癒》の力よ我に集え! 命の鼓動を高鳴らせ!」」


 その言葉とともに、ふたりの手から白い光が現れた。

 それはパァァアッ! とブラウリオさんの体を包み込むと、みるみるうちにブラウリオさんの顔に血色が戻ってくる。


「あぁ……! よかった!!!」


 その様子を私は安堵して見ていた。


「やっぱり本職の聖女さんはすごい……!!!」


 私の覚えている《治癒》は、あくまで《治癒・小》だ。

 だからたくさん摂取すれば効果があるんだけれど、ニーナさんとヘンリクさんの《治癒》は恐らく一瞬で、ブラウリオさんを全回復させていた。


「危ないところでしたわね。駆けつけるのが遅くなっていたらどうなっていたことか……」


 ニーナさんがホッと息をつく。

 やがて容体が落ち着いたブラウリオさんは、戻ってきたフランカさんやお手伝いの神官さんたちが医務室へと連れていっていた。

 それを見送ったヘンリクさんが立ち上がる。


「いや……その前に、ブラウリオには治癒が発動した形跡があったぞ」

「そうなんですの?」

「ああ。多分だが……それがなかったらブラウリオのやつ、間に合わなかったんじゃねーのかな」

「まぁ……! でも一体、誰が?」

「……ララローズ殿だ」


 そこへエルピディオさんが、人差し指でクイッと眼鏡を上げながら言った。


「「ララが?」」


 ふたりの視線が一斉に私に集まる。


「あっはい……! 一応、私です……!」


 私はもじもじとしながら言った。

 だって、目の前であんなにかっこよくてすごい聖女さんの《治癒》を見てしまったばかりだったから、自分も使える、と言うのがなんだか恥ずかしかったのだ。


 おまけに私、ちゃんと使えたわけじゃないしね……!

 聖女さんたちのように発動させようとしたけれどうまくいかなくて、結局蜂蜜水の中に効果を付与しただけだったから……。


 けれどもじもじする私とは反対に、ニーナさんがキラキラと目を輝かせた。


「まぁぁぁああ! まぁ! ララ、あなたもわたくしたちと同じ聖女でしたの!?」

「いっいえ、聖女には……その……なりません……!」

「えっ!? どうしてですの!?」


 驚くニーナさんの隣で、ヘンリクさんも不思議そうに首をかしげている。


「そうだぜ? 《治癒》スキル持ちはすげぇ貴重なんだ。一生金に困らねぇぞ!」

「そうですわ! それに、人の命を救える尊いお仕事ですもの! エルピディオ大神官様にはそう教わらなくて!?」

「う……! その……!」


 うう、これだけ期待のまなざしで見られると苦しい……!


「――君たち、やめたまえ」


 けれど意外にも、そんなふたりを止めたのはフィンさん――ではなく、エルピディオさんだった。

 先を越されたらしいフィンさんが、驚いたようにエルピディオさんを見ている。


「ララローズ殿はあくまで料理人だ。そう話がまとまっている」

「あら……そうなんですのね……」

「まぁエルピディオ大神官様がそう言うなら……」

「その代わり!」


 エルピディオさんが、中指でクイッ! と眼鏡をあげた。


「ララローズ殿には違う方向から我々に協力してもらう手筈が整っている。条件はこれから協議するが、彼女には《治癒》の効果が付与された万能飴を納品してもらう予定だ!」

「万能飴!!!」

「《治癒》が付与!? そんなもの聞いたことがないぞ!?」


 またふたりに驚かれて、私はえへへ……と頭をかいた。


「そうだ。これはララローズ殿にしか頼めない特別な品。それゆえ彼女は聖女にはならない。また、この話は他言無用だぞ。知れ渡ると厄介なことになるからな」

「「承知いたしました」」


 エルピディオさんの言葉に、ニーナさんもヘンリクさんもすぐさまスッと頭を下げる。


「……それにしても」


 顔を上げたヘンリクさんが言う。


「腕利きの料理人だってぇのはわかってたけど、ララはそんなにすごいこともできたんだな」

「でもわたくし嬉しいですわ。形は違えど、わたくしたちはともに《治癒》スキル持ちの仲間であるということでしょう?」

「おふたりの《治癒》スキルと比べたら全然ですが……!」


 謙遜すると、ニーナさんがきゅっと私の両手を握った。


「いいえ。食べ物に《治癒》効果をつけられるなんて、とってもすごいことですわ。自信を持ってくださいませ、ララ」

「そうだぞ。ブラウリオはララがいなかったら助からなかったんだ」


 そこにエルピディオさんも進み出てくる。


「ララローズ殿!」

「はっはい!」

「ブラウリオ神官を助けてくれてありがとう。恩に着る」


 そう言ったかと思うと――エルピディオさんは深く、深く……頭を下げたのだった。


 私はぽかん……と口を開けた。


 まさかエルピディオさんにそこまで感謝されるとは思っていなかったのだ。

 あわててそばにいたフィンさんを見ると、フィンさんは優しく微笑んでいた。


「ブラウリオ神官を助けたのはまぎれもなく君だよ、ララ」


 フィンさんの言葉が、私の背中を押す。


 ――その時になってようやく、じわじわ、じわじわと、水が土の中に染み込んでいくように、ブラウリオさんを助けられた喜びが私の中に染み込んでくるのを感じていた。


「……っはい! ブラウリオさんが無事で、よかったです!」


 私はにっこりと微笑んだ。

 そんな私の前で……なぜかエルピディオさんが少し気まずそうな顔になった。


「それから……先ほどは取り乱してしまってすまない」


 先ほど……?

 ああ、ブラウリオさんを助けようとしていた時のことかな?


「いえ、気にしないでください。私もパニックになって、自分が《治癒》スキル持ちなこともすっかり忘れていましたし……」


 そこまで言って、私は言葉を切った。

 それからおそるおそる、尋ねてみる。


 ――ずっと気になっていたのだ。


「…………あの、こんなことを聞いてごめんなさい。もしかしてエルピディオさんは……以前にも、誰かを目の前で亡くされたことがあるのですか……?」


 う、ううっ! 思わず聞いちゃったけれど、大丈夫かな! やっぱり聞かない方がよかったかも……!?


 エルピディオさんの心の傷をえぐるようなことになっていないか心配で、早くも私が聞いたことを後悔し始めた時だった。


「そうだ」


 エルピディオさんがきっぱりとうなずいたのだ。


「僕は昔――母を、家族を、目の前で亡くしている」


 それからエルピディオさんは語り始めた。








***

ちなみに『治癒:小』の治癒力がどれくらいかと言うと、縫わなきゃいけないほどの傷がスッとふさがります。ただし傷跡は残る。もっと威力が上がると……。

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