第100話 マオンのソース……?

「あらまぁ、エルピディオ大神官がやけにあわてて飛んで行ったなと思ったら、そんなことが」


 頬に手をあてながら、フランカさんがころころと笑った。


「はい。何やら、とても驚いていました」

「そりゃあそうでしょうねぇ。《治癒》スキルが付与された飴なんて、わたくしも初めてお聞きしましたよ」


 言いながら、フランカさんがじっと考え込む。


 ……実はフランカさんには、エルピディオさんに明かしたほど全部を話していない。

 ただ、《治癒》スキルが付与された飴があって、それをエルピディオさんに渡した、としか言っていないのだ。


「それにしても《治癒》の効果がある飴なんて……さすがに食べ物に興味ないエルピディオ大神官様でも反応をするのでございますね」


 言いながらフランカさんがフフッと笑う。

 どうやら、エルピディオさんの食への興味のなさは同僚さんにもよく知られているらしい。

 私は以前、『ごはんはごはん。それ以上でもそれ以下でもないだけのことだ』と言い放った時のエルピディオさんの無表情を思い出して、おそるおそる尋ねてみた。


「エルピディオさんは……好きなごはんはひとつもないのですか?」

「そうでございますねぇ……あ、でも」


 そこでフランクさんがはたと顔を上げる。


「なんでございましたっけ。以前、一度だけエルピディオ大神官様がお料理に反応したことがあったんですよね。その時は食べ物ではなく、ソースに反応していたんですが……」

「ソース、ですか?」

「ええ。黄色のとろっとしたソースで……ホワイトソースとも違っていて……でも確か、最終的には『違う! にんにくは余計だ!』とか言ってお気に召さなかったみたいなんですが」

「へぇ。あの大神官にも好む料理があったとは」


 フィンさんの言葉を聞きながら、私はじっと考え込んでいた。


 黄色いソース……?

 パッと思いつくのはバーニャカウダに使われるソースだ。

 けれど、バーニャカウダなら既に食堂メニューを制覇したエルピディオさんが食べている。それににんにくの味が強いのを嫌がるということは、やっぱり別物なのかもしれない。


「なんでしたかねぇ……確か料理人が……マオンのソース……とか言っていたような」


 マオンのソース……? くうぅ……聞いたことがない名前だ。


 私は身を乗り出した。


「それはどこの地方の料理ですか!?」

「さぁ、そこまでは……」

「ララ、気になるのならむしろ、エルピディオ大神官本人に聞いてみては?」


 !!! それだ!!!


 フィンさんに言われて私は目を輝かせた。

 教えてくれるかどうかはわからないけれど、よく考えてみなくても本人に聞くのが一番早い!


「そうします! 次にお会いした時に聞いてみます!」


 言って、私はニコニコした。


 私はごはんを作って食べるのと同じくらい、新しいレシピを覚えるのも大好きなのだ!

 好きな食べ物がないのならしょうがないけれど、もしエルピディオさんにも好物料理があるのなら……やっぱりそれを食べてほしいもの!


 ワクワクしていると、フランカさんが言った。


「私もエルピディオ大神官様の好物には興味がありますね。何かわかったら、その時はぜひ教えてください、ララローズ様」

「はいっ!」

「それでは話は変わりますが、今日の神殿料理をお教えしましょうか。今回は肉を絶つ習わしのある、〝聖なる週間〟で食べられる煮込み料理を――」


 ――その時だった。


「いっ……!」


 という声が聞こえたかと思うと、突然フランカさんの後ろに控えていたお手伝いの神官さんがひとり、急に胸を押さえだしたのだ。


「? どうしましたか、ブラウリオ神官?」


 それは先日、フィンさんの麗しい姿にときめいて失神したブラウリオさんだった。


「いっ、いえ……その、急に、胸が……うぅ……!」


 ブラウリオさんはうめきだしたかと思うと、そのままその場にうずくまってしまう。


「ブラウリオ? 大丈夫ですか? ブラウリオ?」


 私たちは急いでフランカさんとともに駆け寄った。


「う……うぅ……」


 ブラウリオさんは、顔を真っ青にして苦しそうにうめいている。


 ――どう見ても、ただごとではなかった。


 血相を変えて、フランカさんが他のお手伝い神官さんたちに向かって叫んだ。


「あなたたち! 今すぐ聖女を呼んできなさい! 見習いでも構いません!」

「は、はいっ!」


 神官さんたちがだっと駆けていく。

 その間にも、ブラウリオさんは苦しそうに胸を押さえていた。


「うっうぅ……痛い……!」

「どこだ! どこが痛い!?」

「む、胸と……背中も……」

「胸と背中……!? とりあえず、横になるんだ!」


 言って、フィンさんがブラウリオさんを横たえる。痛いと言っている胸と背中が地面に接しないように、だ。


「フランカ神官! この辺りに、体の下に敷けるような柔らかいものは!?」

「い、急ぎ取ってきます!」


 フランカさんもあわてて物を探しに行く。


「私の声を聞け! 今聖女たちが来てくれる! だから大丈夫だ!」


 待っている間に、フィンさんがぎゅっとブラウリオさんの手を握って声をかけ続けている。

 私も必死に声をかけた。


「大丈夫ですよ! 聖女さんたちが来てくれれば、きっとすぐに治してくれます! もう少しの辛抱です!」


 どくどくと、心臓が鳴っている。


 ブラウリオさんに一体何が起こったの……!?


 けれど私たち励ましている間にも、ブラウリオさんの顔色はどんどん悪くなっていった。そして心なしか、呼吸も浅くなってくる。目は完全に閉じられていた。


「ブラウリオさん!」

「しっかりするんだブラウリオ! 意識を手放してはいけない!!」

「ブラウリオさん! しっかりしてください、ブラウリオさん!」


 私は必死にブラウリオさんに呼びかけた。






***

マオンのソース、でググると一発で答えが出てきちゃうので(そしてこの単語だけでピンと来た方もいるやも)、ググるかどうかはみなさまにお任せしますよ……!


今週バタバタしていたんですが、改稿おわったのでちょっとだけはらぺこの更新ペース上がるかもです!

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