第99話 わっわあ! なんですかこれは!
命を救う聖女のお仕事は、とても尊いことだと思う。
けれどやっぱり、私は何度考えてもごはんを作ることが好きなのだ。
大事な家族が日々暮らしているだけのお金があれば、それ以上の贅沢はいらない。みんなにちやほやされるような名誉もいらない。
ただ大好きなごはんを作って、大好きな人たちにおいしく食べてもらえたら――それだけで十分なんだ。
だからエルピディオさんには申し訳ないけれど、そのことをはっきり言うつもりだった。
やがてたどり着いた大神殿で、前回同様エルピディオさんが私たちを出迎えてくれる。
「今日もよく来てくれた! 早速だが、前回の話は考えてくれたかね!?」
うっ! 覚悟はしていたけれど、出会った瞬間にその話を持ち出してくるあたりはさすがエルピディオさん……!
私はごくりと唾を呑んだ。それからバッ! と頭を下げる。
「ごめんなさい! 私、やっぱり聖女にはなれません!」
私は頭を下げたまま言った。
「エルピディオさんの気持ちは、前回のお話でよくわかりました。大神殿が、いえ、この世界が本当に聖女を必要としていることも……! でも、やっぱり私はごはんを作る人でいたいんです。ごはんでみんなの笑顔を、見たいんです!」
「……」
エルピディオさんから言葉は返ってこない。
やっぱり怒っちゃった、かな……!
不安に思っていると、隣にいたフィンさんが一歩進み出た。
「その代わり、彼女は違う方面から君たち大神殿に協力するつもりではいるよ」
「は、はいっ! そうなんです!」
フィンさんの助け舟に、私はいそいで顔を上げた。
「違う方向、とは?」
厳しい顔をしたエルピディオさんが、中指でクイッと眼鏡を上げる。
「ララ、あれを」
「はいっ!」
私は急いでごそごそと鞄の中から瓶に入った飴を取り出した。
「これです!」
エルピディオさんが鼻白んだように言った。
「飴? それが一体何の役に立つと?」
「信じられないかもしれないだろうが……この飴には《バフ付与》がされている。そしてこれを作ったのは、ララだ」
その言葉に、エルピディオさんの眉毛がぴくりと動く。
「バフ付与……? というと、あのバフ付与か?」
「そうだ。あのバフ付与だ」
「何をバカな……! ララローズ殿は《治癒》スキル持ち! だとしたらバフ付与などできるわけがないだろう!?」
「それが、できるんだ」
フィンさんは多くを語らなかった。
代わりに、青い瞳で静かにエルピディオさんを見つめただけ。
「……!? 嘘だろう……!? そんなことがあって……!!!」
「嘘だと思うなら、大神官のスキルを使うといい」
フィンさんの言葉に、エルピディオさんがハッとしたように目を見開く。
かと思うと、エルピディオさんはズオッ! と左腕を前に突き出した。
「《探索》、発動! 《バフ付与》持ちを我に示せ!」
ぱちん! という音とともに指が鳴らされる。かと思うと、たちまち鳴らした指の上に白い魔法陣が現れた。
わっわあ! なんですかこれは!
その魔法陣は白く光ったかと思うと、今度は七色の光を私めがけて放ったのだ。
「うわぁっ!?」
光が直撃して、思わず私が後ずさりする。
………………でも、体はなんともない、みたい?
「???」
ぺたぺたと自分の体を触ってみても、特に変化はない。痛みもなければ、かゆみもなかった。
なんだったんだろう今の……。
けれどなんともない私とは反対に、エルピディオさんはこれ以上ないぐらい驚いているようだった。
「……!? 本当に君は、《バフ付与》も持っているというのか!?」
「それだけじゃない。……ララは、《治癒》の他に《浄化》も持っている。そしてそれらの効果もすべて、この飴に付与されているんだ。――つまりこの飴は、〝万能ポーション〟ならぬ〝万能飴〟なんだ」
「なっ!?」
すさまじい衝撃だったのだろう。
まるで雷に打たれた時のように、よろり、とエルピディオさんがよろめく。
や、やっぱりびっくりするよね……!
「実はそうなんです……」
なんとなく落ち着かなくて、へへへ……と笑ってみせたものの、エルピディオさんの表情は変わらない。
「まさかそんな……そんなことが……!」
驚きすぎて、エルピディオさんはずっと「まさか」と「そんな」を繰り返している。
かと思うとハッとしたように今度はフィンさんを見た。
それに対してフィンさんも真剣な顔でうなずいている。
「……これでわかっただろう。私が、なぜララを婚約者に選んだのか。なぜララを聖女にはできないと言ったのか」
エルピディオさんは返事をしなかった。
代わりに、すべてを悟ったように天を仰いでいる。
「本当はこのことを明かすつもりはなかったが、大神官の本気に答えるために、我々も手の内を明かすことにした。その代わり、他言無用にしてほしい」
「そうか……そういうことか……。なるほどな……」
そして、ふーーーっと大きな、それはそれは大きなため息をついた。
「………………わかった。ならば僕は、ララローズ殿が聖女になることを諦めよう。もちろん他言もしない」
わかってもらえた!
けれど私がホッとする間もなく、またエルピディオさんがバッ! と私を指さす。
「だが! 君たちが先ほど言ったことが本当なら、飴はしっかりと提供してもらうぞ!」
「はっはい! それはもちろん! そのつもりで来ました!」
勢いに押されて、私はびしっと背筋を伸ばした。
「まずはその飴に本当にそんな効果があるのか調べる! 貸せ!」
「はっはい!」
差し出した瓶を、エルピディオさんはひったくるようにして奪い取った。
「僕はこれを《鑑定》のできる神官のところに持っていく! その間君たちは前回と同じように過ごしてくれたまえ! 前回同様、フランカが教えてくれるはずだ!」
「はいっ!」
それだけ言うと、エルピディオさんは飴を抱えてずんずんと歩いて行った。
「行こう、ララ。あの様子だと、飴の力が分かった瞬間またこっちに飛んでくるだろう。その前に、フランカ神官にまた神殿料理を教わらなければ」
「……っそうですね!」
確かに《鑑定》が終わった瞬間、またエルピディオさんがすっ飛んできそうな気がする。
私はフィンさんと一緒に、急いでフランカさんのところに駆けていった。
***
通常バフ付与で付与される「なんちゃら効果+%」は本来食べた後、時間経過でバフ効果が消えるんですが、ララの場合は複数スキルがあるせいで浄化や治癒の激つよスキルが副産物としてくっついちゃうんですよね。人はそれをチートと呼ぶ……。
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