第97話 テ、テオさん、ご武運を祈ります……!

 またとんでもない素材が出てきた!

 もしかしたらけちゃっぷの時のように食べ物を使ったりするのかな? とも思ったんだけれど、違ったみたい。


 すぐさま察したドーラさんが言った。


「なんだい。あんたのそのへんてこなスキル、今度は木材がいるのかい? ならヤーコプに頼んで何枚かもらっておいで」

「あ、なら自分がひとっ走りしてもらってくるっスよ。みなさんお忙しいでしょうし」


 言うなり、ラルスさんはお金を握りしめて走っていく。

 ラルスさん、実はすごく足が速いのだ。だからきっとすぐに木材を持って帰ってくるだろう。



 そしてれべるあっぷ食堂の営業が終わった後――。


 厨房の前で、私はドーラさんにリナさんにセシルさん、それにラルスさんに囲まれながらまな板の前に立っていた。


「……っていうかあたしたちはともかく、ラルスさんは帰んなくていーの?」


 リナさんに聞かれて、ラルスさんが「へへ……」と笑う。


「いやぁ。せっかくだから飴作り、見てみたいじゃないっスか」

「ラルスさんは甘いもの好きだもんね」

「それに、テオさんたちがまだ見たことない料理を一番に見れるのもなかなかない機会っスから!」

「でもセシルはぁ、テオ様に会いたかったぁ」


 珍しくセシルさんが不満たらたらに、ぷくーっとほっぺを膨らませている。

 そんなセシルさんのほっぺをつつきながらリナさんが笑う。


「んふふ。セシルさんは愛しの愛しのテオさんに会いたいんだよねー? まったくもう、そこはラルスさんも気を利かせて呼んできてよ!」

「なんで自分なんスか、嫌っスよ。絶対また赤ちゃん舌とか言われるだけっス」


 ふふふ。

 そういえば騎士団の中でラルスさんだけがいるのって、なかなかレアかもしれない。

 いつも大体テオさんたちと一緒だから……。

 そんなことを思っていたら、リナさんがぐりんとこちらを向いた。


「ララだって、フィンさんに会いたかったよねぇ?」

「えっ」


 なぜそこでフィンさんが……?


「もちろん会いたいですが……でも私は大丈夫ですよ? それに、お仕事も忙しいでしょうし」

「「ふぅ~ん」」


 なぜかそこでリナさんとセシルさんの声が重なった。


「……まっ、ララがそれならそれでいいっかぁ」

「よく考えたらララちゃんはぁ、ほぼ毎日フィンさんと会っているしねぇ。あ~ぁ、うらやましいなぁ」


 そこで、突然リナさんがニヤリとした。


「なら、セシルさんも、自分から会いに行っちゃえば? 別にうちは外泊禁止じゃないし恋愛禁止ってわけでもないっしょ? ねぇドーラママ?」


 話を振られてドーラさんが顔をしかめる。


「まぁ確かそうだけど……」

「そっか、あたしから会いに行けばいいんだぁ……」


 今初めて気づいた、というようにセシルさんがぱちぱちまばたきした。

 それから、語尾にハートが付きそうなあまぁ~い声でセシルさんが言う。


「ねぇラルスくぅん? 騎士団の寮ってどこにあるのぉ? ついでに、テオさまのお部屋もお・し・え・て?」

「ってあんた、ろくでもないこと企んでるんじゃないだろうね!? くれぐれも夜這いとかするんじゃないよ!?」

「えぇーしょうがないっスねぇ……。イチゴジャムひと瓶と交換だったらいっスよ」

「これ! ラルスもテオを売り飛ばすんじゃないよ!」


 すかさずドーラさんが叱り飛ばした。


「「はぁ~い」」


 セシルさんとラルスさんは、一見するとすぐ引き下がったようだけれど、でもその時私は見逃さなかった。


 ふたりがこっそりと目線と目線でやりとりをしていたのを……!

 これは……! テ、テオさん、ご武運を祈ります……!


 ごくり、と唾を呑んでいると、キャロちゃんの声が聞こえる。


「ぴきゅ~っ!」


 見ると、キャロちゃんはさっきラルスさんがもってきてくれた数枚の木板をぺちぺちと叩いていた。


「ほら! キャロちゃんも待ちくたびれてるよ!」


 ドーラさんの声に私はうなずいた。

 それから木板を手に取る。


 多分、塩や胡椒の時みたいに、リディルさんで切ればいいんだよね?


 左手で木板を押さえ、右手でスッ……と包丁を滑らせると――リディルさんの刃が触れた部分から、すぐさまサラサラとした細かい粉に変わっていく。


「んん~? これが砂糖ぅ?」

「なんかずいぶん細かいっスね……。まるで小麦粉みたいな」

「どれどれぇ~?」


 言いながらリナさんがスッと少量の砂糖(多分)を指につけて、ぺろりと舐めた。


「……ん~~~! 甘いっ! これはまちがいなく砂糖だ!」

「ララさん! 自分も! 自分も舐めてみていいっスか!?」


 興奮したラルスさんが身を乗り出してくる。


「もちろんですよ! せっかくだからお皿に移しちゃいますね」


 私はすぐに砂糖を少量お皿に移すと、同時に人数分のスプーンもつけた。

 見ていたみんながそわそわと自分の分をとって口に含んでいる。


「んん……! これはうまいね。あたしが食べたことある砂糖はもっと雑味が混じっていたもんだが……なんだいこれは。本当に甘い味しかしない!」

「すごぉい。ねぇリナちゃん。これ、かなり高級なお味じゃなぁい?」

「うん。これ固めただけで相当おいしい飴になるよ!」


 遅ればせながら、私もみんなに続いてぺろりと舐めてみる。

 サラサラした砂糖は舌の上に乗ると、すぐさま雪が溶けてなくなるように、スゥ……と溶けていく。

 それでいて口に広がる優しい甘みは、じんわりと胸の奥に染み込んでいくようだった。


「おいしい……!」


 木材さえあれば、このお砂糖が手に入れ放題だなんて!


 改めて思う。


 このスキルはなんてすばらしいんだ!





***

頑張れイチゴジャムひと瓶と交換に売られたテオ!

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