第94話 たとえこの先何があったとしても、私は

「エルピディオ大神官がそう言い張るのならそれでもいい。だが、ララ……」


 それからフィンさんが私の方を向いた。


「『使命』の重さに惑わされず、ララはララのやりたいことを考えるんだ」


 フィンさんの言葉に、私はぐっと口をつぐんだ。

 頭では、わかっていても……。

 そんな私の気持ちを察したのだろう。フィンさんが優しく微笑む。


「優しい君のことだからきっと気にしてしまうだろうが……それに関して、実は私にひとつ考えがあるんだ」


 ……考え?


「ほう? なんだねそれは?」


 聞いたのは私ではなく、エルピディオさんだった。


「それは今の大神官には教えない。私たちには私たちの話があるから」


 言って、フィンさんがにこりと笑った。

 その余裕のある笑みに、エルピディオさんが眉をひそめる。


「……ずいぶんともったいぶるではないか。まぁいい。とにかく今日は時間だ。半月後にまた来てくれたまえよ! もちろん、気が変わって彼との婚約を解消して聖女になるというのも大歓迎だ!」

「まったくあなたという人は……」


 フィンさんがやれやれと首を振る横で、私は一歩進み出た。


「あの……私、半月後とは言わずに一週間後に来ます」

「それは本当かね!?」

「ララ、無理はしなくていいんだぞ? もしやさっきの『使命』の話で罪悪感を植え付けられてしまったのか?」


 あわてるフィンさんに、私はふるふると首を振ってみせた。


「いえ、もともと一週間に一回くる話は、今日ここに来る前から考えていたんです。負担はそれほどありませんし、何より今日喜んでくれた聖者さんたちの顔を見れたのが嬉しくって。それに、今回色々な料理を思い出したり、作ったりするきっかけになったのも楽しいんです」


 私が本当に無理をしていないことが伝わったのだろう。フィンさんが言った。


「そうか……ならばいいのだが……」

「ならばララローズ殿よ! ぜひとも来週もここに来てくれたまえ!」


 どこか納得いっていない顔のフィンさんとは対照的に、エルピディオさんはニコニコだった。


「名簿もすぐに用意させて自宅に届けさせよう! ただしくれぐれも外部や他の人間には見せてくれるなよ!」


 えっ自宅に送ってくれるの!?

 そういうつもりで言ったわけじゃないんだけれど、とっても助かるから嬉しいな……!


「ところであのニンジンはいるのかね!?」

「えっ!? は、はい、ここに!」


 私は急いでハンカチの上で昼寝しているキャロちゃんの方を見た。


「そうかそうか! 来週も連れてくるといい!」


 言いながら、なんとエルピディオさんはわしゃわしゃとキャロちゃんの頭(葉っぱ)を撫で始めたのだ!


「!?」

「ぴきゅ……ぴっきゅう……?」


 眠りを邪魔されて、キャロちゃんが嫌そうに顔をしかめている。


 エルピディオさんがまさかキャロちゃんを撫でるなんて……!

 もしかして本当に、エルピディオさんはキャロちゃんを気に入っているの……?


 私はフィンさんと顔を見合せた。フィンさんもびっくりしているようだった。



 ――その後、ニコニコのエルピディオさんに送り出されて私たちは帰路についた。

 ふたりきり(正確にはリディルさんとキャロちゃんも入れると四人)になってすぐ、フィンさんが心配そうに声をかけてくる。


「ララ、あまり無理はするなよ。聖女ではないが、毎週休みなしで働き続けるというのは君の体が心配だ」


 その瞳には、本当に私を心配してくれているんだなとわかる光が浮かんでいる。


「フィンさん……いつもありがとうございます! でも私、本当に大丈夫なんです。だって、ごはんを作るのがとっても楽しいんです」


 私は微笑んだ。


「本当のことを言うと、れべるあっぷ食堂で働いている時間も、全然働いている気はしないんですよ。ずっと好きで楽しいことをしているだけなのに、みんなが喜んでくれて、お金ももらえる……私にとってはそういう感覚なんです」


 ――昔、まだボート侯爵家で働いていた頃、先輩の侍女さんに言われたことがある。


『好きなことを仕事にすると楽しくなくなるよ』


 と。


 でも今、実際に料理人として働いてみて、それは少し違うなと思ったの。

 だって、毎日が楽しくて、楽しくて、とにかく楽しくて仕方ないのだ。

 大好きなごはんを作ってお金ももらえるなんて、こんなすばらしいことって他にない!

 もちろん、今がうまくいっているからそう思うのかもしれない。うまくいかなくなったらまた違うのかもしれない。

 けれど大好きな料理に打ち込めて、それでお客さんが喜んでいる姿を見るのは、ボート侯爵家で侍女として働いていた頃には感じたことのないほどの満足感を得られるのだ。

 たとえこの先何があったとしても、私は今のこの輝きを一生忘れられないと思う。

 そしてできることなら、ずっとこの輝きの中に身を投じていたい……そう思うのだ。


「だから……エルピディオさんの気持ちもわかるのですが、私はやっぱり〝聖女〟になる気はないんです。命を救うというのが本当に大切なことだとわかっているのですが……!」


 私が申し訳なさそうに背中を丸めると、フィンさんは優しく微笑んだ。


「ララは、それでいいと思うよ」

「えっ。いいの……ですか?」

「ああ。命を救うことはとても大事だ。それは間違いない。でも、ララにはもう『おいしいごはんを作る』という立派な使命があるだろう?」

「使命……! そ、そうかもしれません……!」


 今までそんな風に考えたことはなかったけれど、そう言われればそんな気がしてくる。


「ララはそれでいいんだ。それに……先ほど言っただろう? 実は私にひとつ考えがある、と」

「そういえば言っていましたね! あれはなんだったのですか?」


 聞くと、フィンさんがうなずきながら言った。


「そもそもララは、《治癒》スキルを人に対して発動させるのではなく、料理を作ることで《治癒》の効果を付与できるだろう? しかも、ララの料理には《浄化》もついている。なら、ララが保存食を作ることで、持ち運びできる《浄化》と《治癒》――いわば万能薬を作れるのではないか?」

「万能薬……?」






***

やっぱりエルピディオはキャロちゃんのこと……。


『好きなことを仕事に~』の部分に関しては色々お話を聞いていても個人差が大きいだろうなと思うのですが、メンタルがタフネスかどうかで分かれ道が決まるのかな~なんて感じています( ᯣ - ᯣ )でもワーカーホリックには気を付けましょうね!

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