第91話 危うくフィンさんがまっぷたつになるところだった
その隣では、ニーナさんがどこか遠くを見るようにして言った。
「染みる……そうね、わかるわ。ペリメニもそうだけれど、本当にお料理が疲れている体に染み込むようなのよね……」
……よかった。ふたりとも喜んでいるみたい。
私が微笑みながらそれを見ていると、リディルさんの恨みがましい声が聞こえた。
『ララ……わたくしは見ていましたよ……! ヤンソンの誘惑、わたくしたちの分を用意していないでしょう……!!!』
言われて私はぎくりとする。
……そうなの、実はさっき、ペリメニを少し取っておく余裕はあったんだけれど、誘惑の方はついつい忘れてしまって……!
『わたくしもあれが……食べたかったのに~~~~~~~!!!』
火山が噴火するような叫びが、私の中にこだました。
「ひぇぇぇっ!!! ごめんなさい!!!」
こんなに怒っているリディルさん、初めて見た!
「帰ったら絶対、作りますから!」
『本当に!? 絶対ですよ!? わかりましたか!? 約束ですよララ!?』
「はっはいぃぃ!!!」
そのやり取りで、私がリディルさんに激詰めされていることをフィンさんが察したらしい。目の前で苦笑している。
「ララも大変だな……」
『ララ! 今すぐそこの騎士に言いなさい! 食べ物の恨みは深いのだと!』
「つ、伝えておきますうぅうう!」
「女神さまはなんと?」
「あの……『食べ物の恨みは深い』だそうです」
私がしおしおしながら言うと、フィンさんは口を押さえてくつくつと笑った。
「そうか……。剣の女神がそんなことを……フフッ……」
しかしそれがリディルさんの神経を逆なでしたらしい。
またもやリディルさんが吠えた。
『ララ! その不届きものを今すぐ斬っておしまいなさい! いえ、わたくしが斬ります! 女神を笑うなどとはなんと失礼千万な!』
「あわわわわ! 待ってリディルさん! 斬らないでぇえ!」
……危うくフィンさんがまっぷたつになるところだった。
その後なんとかリディルさんをなだめた私がふぅと汗を拭う。
目の前ではちょうど、ニーナさんとヘンリクさんが食べ終わっているところだった。
来た時は疲れ切っていて、一歩も椅子から動こうとしなかったふたりだけれど、食べ終わった時にはなんと食器を自ら持ってきてくれた。
「とってもおいしかったわ! それに不思議と、なんだか体が軽いみたい。ねぇ、あなた名前はなんていうの?」
さっきとは打って変わって笑顔になったニーナさんが話しかけてくる。
「ララローズです! みなさんには、〝ララ〟って呼ばれています!」
「ふぅん。ララね。わたくしもそう呼んでいい?」
「もちろんです!」
にっこり答えると、ニーナさんが今度は興味津々に聞いてくる。
「ねぇララ、あなたはエルピディオ大神官様に呼ばれてきたんでしょう? 一体どこでペリメニやヤンソンの誘惑を知ったの? もしかしてわたくしたちと同じ出身の人?」
「いえ、私は生まれも育ちもこのリヴネラード王国です。ただ、住んでいた村に商人さんや旅人さんがよく通ったので、色々な料理を教えてもらうことがあって」
私の実家があったカヴ村は小さな村だったのだけれど、時々ぽろぽろと他国の人がやってきていたの。
というのも、他国から大きな貿易都市に向かう通過点として栄えていたショールという町があって、そのショール町からちょこーーーっと……徒歩で三日くらい離れているのがカヴ村だった。
ショール町は主に他国からの旅人を相手に商売していて、そのショール町に食料を売っているのがカヴ村。
でもその分、宿屋の料金はショール町の方が高いから、少しでも節約をしたい旅人さんがカヴ村に来るという流れなの。
そして私は、そういう旅人さんたちを捕まえてはレシピを教えてもらっていた。
そういう人は大体、槍にくし刺ししたキラーラビットを見せれば、笑いながら教えてくれるから……。
みんな優しい人たちだったなぁ……。
過去に会った商人さんや旅人さんたちの顔を思い出して私はしみじみした。
いつかれべるあっぷ食堂で再会できたりしないかなぁ……。
思い出していると、同じく食器を返しにきたヘンリクさんが感心したように言う。
「へぇ! それだけで覚えるんだ!? あんたすごいな」
「本当よね。わたくしなんて、何回教えてもらってもお料理はへたくそでしたのに」
「ああ、一回だけ遠征先でニーナのメシを食ったけど、ありゃ食えたもんじゃなかったな……。初めてだぞ。メシくって治癒スキルかけてもらうはめになったのは」
どうやら、ヘンリクさんはニーナさんのご飯を食べたことがあるらしい。
でも、ごはんを食べただけで治癒スキルが必要になるって……?
私が首をかしげている横で、ニーナさんが赤面しながら咳払いした。
「お……おほん。人には得手不得手がありますのよ。あなたに家事を任せている代わりに、わたくしはたくさん働いているでしょう?」
「まぁそうだけどよ」
「それよりも、わたくし感動しましたわ!」
ニーナさんが嬉しそうに私を見る。
「最近はずっと聖者の仕事に明け暮れておりましたし、別にそれがつらいとは全然思っていなかったのですけれど……まさか故郷のごはんを食べただけで、こんなに気分が変わるなんて!」
そこに、ヘンリクさんも身を乗り出してくる。
「ああ、それは俺も思ったな。『ヤンソンの誘惑』なんて、フィラントンにいた頃はなんとも思わなかったのに、さっき聞いた瞬間飛び上がるほど驚いたし、同時にすげぇ嬉しかったんだ」
「とてもわかりますわ。わたくしも、ペリメニを見た瞬間の嬉しさといったら」
うんうん、とニーナさんがうなずく。
「わたくしたちは、エルピディオ大神官様の信念に賛同してこの国に聖女としてやってきました。そのことに後悔はありませんし、むしろ誇りをもって臨んでいますけれど、やはり心のどこかで故郷を求めていたんですのね」
エルピディオさんの信念……?
***
「おふくろの味」って、本当大人になってから初めて良さがわかりますよねぇ……。
ちなみに生クリームは使えるものならぜひ使いたかったのですが、この時代この設備だと作るのに何日かかるんだ!?となって諦めました(涙)
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