第89話 トントントントントントントントントン!!!

 私はカッ! と目を輝かせると、すさまじい速さでステーキ肉をみじん切りし始めた。


 トントントントントントントントントン!!!

 いつもとはけた違いの速さに、生地の準備を終えたフィンさんが目を丸くしている。


「ララ、何をしているんだ?」

「これはっ! 今っ! ひき肉をっ! 作っていますっ!」


 ……そうなのだ。

 れべるあっぷ食堂ではあまりこういうお肉は使わないのだけれど、今は違う。

 とにかくお肉を切って切って切って細かく切りまくって、人力でひき肉を生成しないといけないのだ!


 トントントントントントントントントン!!!


 やがてできあがったひき肉の山を見て、ほぅ、と額の汗を拭う。


「フィンさん! 次はこのお肉と玉ねぎを、ひたすらこねこねしてもらえますか!?」

「ひたすらこねればいいんだな? わかった」


 腕まくりをしたフィンさんが、ボウルの中で玉ねぎとひき肉をこねる。私はすばやくその中に塩や胡椒、数々なスパイスも入れた。


 うーんやっぱり、男の人は力が強い! そのせいか、具材がまとまるのも早いなぁ。


 完成した具を見ながら私は感心した。

 フィンさんが手を洗っている間に、スプーンでその具材をひとすくいして、フィンさんが用意してくれた丸い生地に乗せる。

 それから、生地が半月になるよう、端と端をぎゅっと握って閉じていく。

 綺麗に閉じたら、今度は端と端の生地をくるりとくっつける。

 そうすると、ころりとした丸形の肉包みができあがった。


「ほう。包んで丸めればいいのか。やってみても?」

「もちろん!」


 私のをやり方を見ていたフィンさんが同じようにころりとした肉包みを作る。

 初めて作るはずなのに、フィンさんの動きはきびきびしていて無駄がない。具材の包み方も私のやり方を見てすぐさま覚えてしまったらしい。


 やっぱり元が優秀な人は何をしても優秀なんだなぁ……!


 私とフィンさんは協力して、せっせせっせと作業を急いだ。

 全部包み終わると私はそれを鍋のところに持って行った。

 準備してあるお水の中にも、塩、コショウと少しのバターを入れてある。

 私はその中にぽちゃんぽちゃんと肉包みを入れると、火をかけた。

 ここから水を沸騰させ、沸騰して五分ほど茹でればこっちは完成だ!


「――できました! 『スープ仕立てのぷるぷるペリメニ』です!」


 お皿の中にすくいあげ、ディルを添えたペリメニを掲げながら私は言った。


「ペリメニ? 初めて聞いたな」

「そうですね、リヴネラード王国ではダンプリングぎょうざと言った方がわかりやすいでしょうか?」

「ああ、ダンプリングか。たまに酒場で見るな」

「庶民の定番料理ですからね。ペリメニはさしずめ――ロクアン王国風ダンプリングといったところでしょうか? リヴネラード王国と違うのは、ここにバターやサワークリームをたっぷりつけることです。……といってもサワークリームはなかったので、今回はスープ仕立てにしてありますが……!」


 教えてくれたおじさんいわく、スープ仕立てにするのはロクアン王国の東側での食べ方らしい。

 ニーナさんの細かい出身地はわからなかったんだけれど、ロクアン王国は首都が東の方にあった気がするんだよね……!


 そこに、リディルさんの声が響いた。


『ララ。何をしているのです。早く試食をするのです』


 その声はソワソワしている。

 そういえば、リディルさんと知り合ってからこの料理を作るのは初めてだもんね。

 でも先に、お客さんにお出ししてこないと! 待っててねリディルさん。


 私はニーナさんとヘンリクさんのお皿にそれぞれよそうとふたりの元に持って行った。

 私を見たヘンリクさんが、うんざりした様子で言う。


「ようやく来たのかよ? 待ちくたびれたんだけど」

「ごめんなさい! 時間がかかってしまいました!」


 先にお渡ししたフライドポテトはもう空だ。

 そこに、同じくむっつりとした顔でニーナさんも口を開く。


「休憩時間だって有限なんですのよ。さっさと食べて戻らないといけないのに――……って、それ、何かしら?」


 そこで、ニーナさんが大きく目を見開いた。

 その瞳に映っているのは、私がもっているペリメニだ。


「お待たせいたしました! これは『スープ仕立てのぷるぷるペリメニ』です!」

「ペリメニ!? 本当に!?」


 ニーナさんの瞳がますます大きく見開かれる。ヘンリクさんが怪訝な顔をした。


「それがどうかしたのか? ただのダンプリングだろ?」

「ばかっ! ダンプリングじゃないですわよ! ペリメニよ!」


 先ほどまで気だるげな雰囲気を醸し出していたニーナさんが一転して、大きな目をきらきらと輝かせて叫ぶように言っていた。


「嘘っ……やだ……しかもこれ、スープ仕立てじゃない! 溶かしバターまで! サワークリームがないのは残念だけれど、ううん、そこまでは求めませんわ!」


 目の前に置かれたペリメニを見て、ニーナさんがきゃあ! と歓喜の声を上げる。


「スープ仕立てぇ……? ただのスープに入れたダンプリングじゃん……」


 ヘンリクさんにはいまいちピンと来ていないらしい。


 それもそのはず。

 ペリメニは主にロクアン王国で食べられているものなのだ。フィラントン皇国出身のヘンリクさんにはあまり馴染みがないだろう。


 ………………といっても、貴族の人たちが食べるかはわからないから、いちかばちかの賭けだったんだけれど……!


 私がじっと見つめる前で、ニーナさんが髪を耳にかけ、スプーンに乗せたペリメニにふぅふぅと息をかける。かと思うと、立ち上がる湯気を吸いこんで「ん~!」と幸せそうな声をあげていた。

 それからそっ……とスプーンを口元に運んだかと思うと、ぱくりと口に入れた。


「ん~~~っ!!! これよこれ!!! あつつっ!!!」


 うっかり口の中から出そうになって、ニーナさんがあわてて口元を押さえる。けれど熱さに顔をゆがめながらも、幸せそうに目を閉じていた。


「熱っ。俺猫舌だから熱いのだめなんだけど~!」

「うるさいですわよ。つべこべ言うのなら食べないで。あといらないのなら全部私にちょうだい」

「ハァ!? なんでだよ! 食べるし! ってかお前、普段もっと少食じゃなかった……?」

「ペリメニは別よ! わたくし、小さい頃からこれが大好物なの! お母さまたちは気取って宮廷料理とかを食べてたけど……こっちの方が何百倍もおいしいわ!」


 幸せそうにほっぺを押さえながらニーナさんが言う。

 私はほっとした。


 よかった……! 知っている数少ないロクアン料理だったけれど、やっぱり貴族であっても元ロクアン民であるニーナさんにはなじみ深いものだったみたい!


 ニコニコしながら、私は一度厨房に戻った。





***

ごめんなさい、これ28日に予約投稿したと思ったらできていなかった……(涙)


世界観に合わせて「ダンプリング」って書いてますが、つまりは水餃子です!

ロ〇アは地理的にアジアに近いせいか、ヨーロッパと違ってアジア料理がちょいちょい紛れ込んでいるのが面白いですよね。

最近めっきり寒くなってきたので、スープたっぷりのあつあつ水餃子、私も食べたくなってきた……。

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