第86話 料理を作る上で一番難しいやつ来た!

「リディルさん!? 大丈夫ですか!? お、お薬……お薬って飲めますか!?」

『わかりません……が、一応出してみてください……もしかしたら飲めるかも……』

「はっはい! すぐに!」


 …………といっても私はお腹がとっても丈夫すぎて薬を飲んだことがなかったから、急遽ドーラさんに食べすぎた時のお薬を用意してもらった。

 それで一応なんとか痛みは治まったのらしいのだけれど……。



 ――昨夜のことを思い出して私は苦笑いした。


 だから朝、大神殿に到着した直後のリディルさんが静かなのも、まだお腹が痛いからかな? と思ったからだったりする。

 リディルさんは『感覚的なものであり、実在はしません!』と言っていたけれど、少し違ったみたい。

 神様の体も不思議だなぁ……。


 と思っていたら、すっかり元気を取り戻したらしいリディルさんが自慢げに言った。


『それからララ、あれも忘れていますよ』

「あれ?」

『利便性です』

「ああ!」


 言われて私は思い出した。


 そうなの。実際に食べてみて気づいたんだけれど、キャロちゃんのために切ったスティックポテト、どうやら食べやすい上に手も汚れにくいのだ。

 くし形切りは時々ぽろりとじゃがいもが崩れ落ちてくることがあるんだけれど、スティック状だとそれがほとんどない。


 私はフィンさんに言った。


「これなら食器を使わずに手だけで完結するので、持ち運びにも便利だなと思ったんです。れべるあっぷ食堂に帰ったら、お持ち帰りのメニューにも加えようと思って」

「持ち帰りメニューか。すごくいい案だな。食べ歩きもしやすいし何より――とにかくおいしい」


 言いながら、フィンさんがまた一本つまんだ。


「ララやリディルさんの気持ちもわかるよ。これは確かに食べ始めたら止まらない、謎の中毒性がある。……だめだ。気づけばララが用意してくれた分をあっという間に食べてしまった。仕事中のはずなのに私としたことが……」


 悔しそうに顔をしかめるフィンさんを見て、私は笑った。

 そこに、先ほどのおさげの少女の声がする。


「…………あの、そのポテト、わたしにもひとつお願いできますか」


 どうやらフィンさんの食べっぷりを見て、彼女も食べたくなってしまったらしい。

「もちろんです! これだけだと少し物足りないので、一緒に『フラットブレッドのサラダ巻き』もおすすめですよ!」

「じゃあそれも」


 それからフィンさんを見てこっそり囁く。


「……ほら、フィンさんがおいしそうに食べてくれたおかげで売れました! フィンさんのおかげですね」

「そう……なのか?」


 フィンさんはまだ納得がいっていないみたいだったけれど、私はふふふと笑った。




 その後も出張食堂は順調だった。

 見習い聖者さんたちの昼食時が終わってキャロちゃんが昼寝を始めた頃、見習い聖者さんたちと同じバッジがついた、けれど彼らよりも少し年上の男女ふたり組がやってくる。

 ……でも、その人たちは先ほどの見習い聖者さんたちと比べて明らかに覇気がなかった。

 ふたりで歩いていても口数は少なく、どちらも顔に疲れがにじんでいる。

 そしてどちらも、食堂の席につくなりぐたーっとしてしまったのだ。

 女性の方は机に突っ伏して、男性の方は背もたれに思いきり背を預けて天を仰いでしまっている。


 ……だ、大丈夫かな……?


 私はフィンさんと顔を見合せた。


「ずいぶんと疲れているようだな……」

「ですね……。……あの、私、少し声をかけてきてもよいでしょうか? もちろん、このままここで待っていてもいいんですけれど……」


 エルピディオさんは言っていた。

 聖者さんたちを元気づけるような料理を作ってほしいと。

 なら……このままただここで待つより、彼らの話も聞いてみたいと思ったのだ。

 私の言葉にフィンさんがうなずいた。


「もちろんだ。元々今日は聖者専用の出張食堂として来ている。なら、彼らの話を聞くのも仕事のうち。私もついていくよ」

「はい!」


 私とフィンさんはお手伝いの神官さんたちに厨房を任せると、聖者さんたちに近づいて行った。


「あの、こんにちは」


 微笑みながら声をかけると、聖者さんたちが目だけを動かしてちらりとこちらを見る。

 ひとりは前髪を真ん中でふたつに分け、肩まであるさらさらした銀髪の気だるげな雰囲気の女性。

 そしてもうひとりは、少し長めの黒髪に、意思の強そうな目をした男性だった。


「私、今聖者さん専用の出張食堂を営んでいる者なんですけれども」

「……ああ、あなたが噂の」


 銀髪の女性がけだるげに言う。その表情はともすればめんどくさがっているようにも見えた。

 一瞬これ以上声はかけない方がいいかと思ったものの、私はぐっとこらえて引き続き話しかけた。


「あの、何か食べたいものはありますか? 一応メニューは決まっているんですけれど、簡単なリクエストであればある程度ご用意することもできるかもしれません」

「食べたいものね……。ヘンリク、何かありまして?」


 銀髪の女性が黒髪の男性に向かって言う。すぐさまヘンリクと呼ばれた男性が答えた。


「ない。食べられればなんでもいい」

「わたくしもよ。あなた、なんでもいいから、何か適当に持ってきてくださらない? 考えるのもめんどくさいの」


 なっ、何か適当に……!

 料理を作る上で一番難しいやつ来た!

 ぬぐぐ……! ど、どうしよう……! どの料理も自信はあるし、本当にこっちで適当に作ってもいいんだけれど……!

 ただ……それだけだとダメな気がするの……!


 私が悩んでいると、フィンさんが耳打ちしてきた。


「ララ、いったん厨房に戻ろう」


 確かに、聖者さんたちは『考えるのもめんどくさい』と言っていた。

 なら、これ以上聞くのも得策ではないだろう。

 それに……なんとなくだけれど、フィンさんの顔を見ていると、フィンさんが何か考えを持っているような気がしたの。


「わかりました! 何か適当に準備いたしますね!」


 そう思った私は、聖者さんたちに返事をするとフィンさんと一緒に厨房へ戻った。

 厨房につくと、すぐさまフィンさんが口を開く。やはり、何か考えがあったらしい。


「彼らの言う通り適当に作ってもいいが、ララはきっと、それでいいとは思ってないだろう?」

「はい」


 すぐさま私はうなずいた。


「れべるあっぷ食堂の料理は、どれも自信作ばかりです。ですが、それをただ聖者さん――いえ、目の前のあの人たちに食べさせるだけでは、元気が出るとは思えないのです……」


 見習い聖者さんたちと違って、今いる聖者さんたちは明らかに疲れていた。

 おいしいごはんには人を元気にする力があるのは間違いないのだけれど、だからといって病人にステーキを食べさせればいいというわけではないように、その時々によって必要な料理は違ってくるはずなのだ。

 病人にはちゃんと、おいしくて、それでいて消化のいい食べ物が必要。

 そして目の前の聖者さんたちには、彼らのための料理が必要なのだ。


「あの方たちにも、何かぴったりくるごはんがあるはず……!」

「私も同じことを思っていたよ」


 フッとフィンさんが微笑む。


「そこでだ」


 言いながらフィンさんが、珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべた。






***

そういえばですね、小説1巻はほとんどWEB版と差異が発生していなかったのですが、小説2巻はWEB版と書籍版で結構差異があるかもしれません……!大筋は変わらないはずなのですが、なにとぞ……!(ビシバシ指摘が入って、今泣きながら修正しています……)

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