第83話 となると……

『おめでとうございます。《ケチャップ生成》を習得しました』

「ぴきゅ!」

「やったぁ!」


 何はともあれ、《ケチャップ生成》を覚えたぞ!

 そうなるとやっぱりいてもたってもいられなくなって、私はがばりと起き上がった。


「キャロちゃん! 早速〝けちゃっぷ〟を作ってみよう!」

「ぴきゅ!」


 私はキャロちゃんを連れて厨房まで下りて行った。


「リディルさん。《ケチャップ生成》では何を使うのですか?」

『ええと……どうやら、今回はトマトを使うようですね?』


 トマト。

 その単語に私は目を丸くした。

 《塩生成》の時は石だったし、《胡椒生成》の時は土で、《プロテイン生成》は岩だった。

 それを言った時、ドーラさんに


『大昔の聖人で、水をワインに変えるスキルを使える人がいたけどまるでそれみたいだねぇ』


 と言われていたからそういうものかと思っていたけど……。


「今回はちゃんと食材を使うんですね?」

『そのようですね。また、どうやらペースト状のものができあがるようです。鍋もあった方がよいでしょう』

「鍋ですね! わかりました!」


 私はリディルさんのアドバイス通り、まずは小さなソースパンを取り出した。それから中に、ころりとしたトマトを入れる。


「いつもみたいにこれを切ればいいですか? でも、ペースト状なんですよね?」

『そうですね……。これはわたくしの勘なのですが、ここは〝おたま〟に変えた方がよいかもしれません』

「わかりました!」


 なんといったってリディルさんは剣の女神様だもの。

 私はリディルさんのアドバイス通り、包丁をおたまに変化させた。

 それからなんとなく、ソースパンの中におたまを差し入れて、くぼみにトマトを乗せてころころと転がしてみた。


 すると――。


「ん? あれ……?」


 気のせいかな? トマトの下の方が、溶けてきていない?

 おたまの上にころりとしたトマトを乗せていたはずだったのに、気づけばおたまの中にうっすら赤い水たまりができていたのだ。

 試しに傾けてみると、とろりとした赤い水がソースパンの中にこぼれた。


『ララ、もしかするとそれであっているかもしれません。そのまま、おたまでかき混ぜて見てもらえますか?』

「はいっ!」


 言われるまま、私はソースパンの中でぐるぐるとおたまを動かした。

 すると、氷が溶けるように、ソースパンの中でトマトがどんどん溶けていったのだ。

 代わりに現れたのは、どろどろとした赤い液体。

 リディルさんが言っていたペースト状と一致する!


「もしかしてこれが〝けちゃっぷ〟ですか……!?」

『かもしれません。これ以上混ぜても、変化はないようですね』

「ぴ~きゅ~」


 ソースパンのふちに立ってずっと様子を見ていたキャロちゃんが、その赤いペーストに向かっておててを伸ばした。

 オレンジ色の手の先に、ちょん、と赤い液体がつく。

 かと思うと、キャロちゃんはそれをぺろっと舐めたのだ。


「ぴきゅ~~~!?」


 〝けちゃっぷ〟を舐めたキャロちゃんは、最初驚いたようにぴょんっ! と飛び上がっていた。


「大丈夫!? もしかして辛いの?」


 トマトを使っているし、なんとなくトマトソースと似ている味なのかなと思っていたんだけど、キャロちゃんの反応からしてとうがらしの可能性もある。

 私も急いでスプーンでひとすくいすると、舌の先でぺろりと舐めてみた。


「ん……これは……………………トマト!」


 トマトだ。

 まごうことなく、トマトだ。


「ぴ~きゅ、ぴきゅ~」


 見れば、いつの間にかキャロちゃんは何度も何度も手にけちゃっぷをつけておかわりしている。


 ……最初はただそのすっぱさに驚いていただけらしい。


「といっても……」


 私はもう一度、スプーンにすくいとったけちゃっぷを舐めた。


「このトマト、すっごく甘いなぁ」


 けちゃっぷはトマトの味だし、見た目もパッと見た時にトマトソースとよく似ているんだけれど、その味は全然違う。

 トマトソースが全部丸ごとトマトでできているとするのなら、このけちゃっぷにはトマトの他にも何か色々な味を感じるのだ。

 私はけちゃっぷを舌の上でゆっくりと転がした。

 トマトとは思えないほど濃厚な甘みを感じるけれど、決してやりすぎではなく、むしろまろやかさすら感じる甘み。そこに加わる酸味も絶妙で、甘みの邪魔をせず、むしろ引き立てている絶妙な配合。

 それにこの味わい深さは、他にも何か入っている気がする。


 甘みに酸み……それから奥深さは……あっ! もしかして、玉ねぎが入っている!?


 私の料理人としての舌がそう言っていた。


 塩も、多分入っている。それからにんにくの風味も感じるし、うっすらとだけどハーブもいくつか入っている気がする。クローブに、ナツメグに、シナモン……他にももう少し入っていそうな気がするな。

 それにしても……。


「この〝けちゃっぷ〟、すごくおいしい!!!」


 私は顔を上げて、感動したように言った。


「こんなに複雑な味のソースは初めてです! しかも、トマトソースよりずいぶんねっとりしていますね?」


 水分を極限まで飛ばしてあるのかな?

 トマトソースをオムレツにかけたらそのままとろとろと流れていってしまうと思うんだけれど、このけちゃっぷなら、多分だけど絵や文字が書ける気がする!


「これは下手に料理に混ぜるよりも……バーニャカウダのように、具材につけて食べるのがいい気がします!」

『ほほう。野菜をつけて食べるのですか?』


 リディルさんが興味津々に聞いてくる。


「野菜でももちろんおいしいと思います! ただけちゃっぷにはもっと他に合うものがありそうな気がするんですよね……!」


 けちゃっぷは、そのソース自体がかなり味が 濃い上に、バーニャカウダのソースと違ってとにかく甘みが強い。

 そのため、バーニャカウダよりは若干子ども向けの味なのだ。


「子ども向け……となると……」


 私はきょろきょろと厨房内を見回した。

 それから目当てのものを見つけると、にっこりと微笑んだ。


「……これなんていかがでしょう!」


 そう言って掲げたのは、ごろごろしたじゃがいもだった。






***


ケチャップといえば、まずはコレ!!!(にっこり

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