第80話 はっはい! 婚約者なので!
「わぁ! おいしそう! いただきます!!!」
ばくり!
勢いよくかじりつけば、中からほっくほくの玉ねぎとツナがあふれ出てくる。
ツナの濃厚な旨みに、玉ねぎの甘味。それからトマトの酸味がまざりあって、口の中が幸せでいっぱいになった。
「んんんっ! これは玉ねぎとツナとトマトの幸せな結婚!! 食べ応えがあって幸せ~~~!」
「ララ、三つの食材が結婚しているがいいのか? 結婚とはふたりでするものでは?」
「はっ! 言われてみれば確かに……!!!」
この場合、なんて言うのが正解なんだろう!? えーっとえーっと……!
そんな私たちを見て、フランカさんが朗らかに笑った。
「うふふ、おもしろい方たちですねぇ。ララローズ様は大事な聖女候補で、フィンセント様はその婚約者かつ聖騎士団の団長様とお聞きしました。ずっと一緒にいらっしゃるとは、本当に仲がいいんですね」
婚約者。
その単語に、私はあわててごくりと口の中のエンパナーダを飲み込んだ。
そういえばそういう設定だった!
「はっはい! 婚約者なので、仲がいいんです!!!」
予想していたとはいえ、やっぱりみんなに婚約者として紹介されているんだな……!
「そ、そうだ。我々は、婚約者だ」
フィンさんもまだ慣れないらしく、少し赤面しながら咳払いしている。
……それはなんというか、とってもぎこちなかった。
そして多分、私も人のことを言えない。
……私たち、もう少し演技の練習をした方がいいのかも……!
考えていると、フランカさんが言った。
「今日の神殿料理は以上となりますが、これくらいのペースで大丈夫ですか? それとも、他のレシピもお教えいたしますか?」
「一日一個でちょうどよいです! 出張食堂の方も、仕込みの時間が必要ですし!」
「わかりました。では、わたくしはもう一度エルピディオ大神官を呼んできますね」
「はい! フランカさん、ありがとうございました!」
私はぺこりと頭を下げた。
フランカさん、愉快な人だったなぁ……! 次もまたお会いしてレシピを教えてもらえるのが楽しみだ!
私がフィンさんと一緒に出張食堂の仕込みをしていると、フランカさんと交代でエルピディオさんが戻ってきた。
「神殿料理の習得は済んだか。では、いよいよ出張食堂に移ってもらおうか」
「はい! それで、今日は神官さんたちではなく、聖者の皆さんにごはんを作ればいいんですよね?」
言いながら、私は大食堂内を見回す。
出張食堂の話をした時、確かエルピディオさんは〝聖者さんたちを元気づけるような料理を作ってほしい〟と言っていた。
「ああ。基本的に今日この出張食堂にやってくるのは《治癒》スキル持ちの聖者たちだけだ。彼らは他の神官と見分けるために、全員胸元に銀色のバッジをつけている」
言いながら、エルピディオさんが手を差し出した。
そこに乗っていたのは、小石ほどのころんとした丸いバッジだ。バッジの中には大きな星があり、さらにその星の中に小さなコマドリの姿が描かれている。
「星は生命を表している。そしてコマドリは、大昔にこの国に疫病が広がった時、神がコマドリの姿で現れ市民を救ったことから、神の化身として描かれている。これは聖者だけがつけられる特別なバッジだ」
「へぇぇ……!」
この小さなマークの中に、そんな意味が込められていたとは……!
「それから……今日出張食堂を利用できるのは聖者たち全員だが、その中にはまだ見習い中と、既に聖者として働いている者の二種類がいる。僕が言っていた『覇気がない』のは、既に聖者として働いている方だ」
「わかりました! ではその方たちを特に気を付けて見ますね!」
「よろしく頼んだ。何か足りないものや必要なものがあったら、いつでも手伝いの神官に伝えてくれ。営業時間はれべるあっぷ食堂と同じで問題ないか?」
事前に聞いていた条件と同じだ。
「大丈夫です! それでは早速、始めます!」
「よろしく頼んだ」
そう言うと、エルピディオさんは立ち去った。
さて! いよいよ出張食堂の始まりだ!
私は腕まくりをした。
エプロンをつけたフィンさんも隣に立った。
「まずは下ごしらえ、だったな。どれくらいの人数が食べに来るのかは聞いているのか?」
「現在ここにいるのは、多くても二十人ほどの聖者さんたちだそうです。普段、れべるあっぷ食堂にいらっしゃるお客さんより全然少ないので、フィンさんやお手伝いの神官さんたちがいれば十分回ると思います!」
「そうか。なら早速始めよう」
私はフィンさんと、それから神官さんたちとともにせっせと下ごしらえを始めた。
そうしているうちに、お昼の時間がやってきたらしい。
まずは時間通りに、見習いらしき聖者さんたちがぞろぞろとやってきた。
見習いだけあって、皆さん私と年が近い。
というか、もしかしてみんな私と同い年なのかな? スキルは十六歳に授かるもの。
そう考えると、急に私はドキドキしてきた。
だって、カヴ村は小さな村だったから。
まったく同い年がいなかったわけじゃないけれど、それでも一度にこんなにたくさん、少なく数えても十五人以上の同年代の人たちを見るのは初めてなのだ。
ど、どうしよう。なんか急に緊張してきた……!!!
同い年の子たちがたくさんいるのって、普段のお客さんたちに囲まれるのとはまた全然違う感じだよね? ……私だけかな? この感じ。
「あーーーっ!!! 本当にいつもと違うの来てるぅ!!!」
そこへ大きな声で叫んだのは、長いふわふわの金髪をした女の子だった。見るからに目を輝かせて、ビシッ! と人差し指で私を指さしている。
「やめなよ。お行儀が悪いって先生に叱られるでしょ」
それを嗜めるのは、おさげの茶髪の女の子。最初の子よりずいぶん落ち着いている。
「だってさ! ここならアレあるんでしょ!? 甘い物!!!」
言って、金髪の女の子がキャアッと飛び上がる。よっぽど嬉しいらしい。
まさかそんなに待たれていたなんて……! 期待に応えられるようなもの、作らなきゃ!
私がむんっ! と気合を入れていると、今度は男の子の声がした。
***
婚約者演技が下手すぎる二人。
フランカさんは「おや…………?」と思っていますがもちろん言葉には出しません。
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