第79話 『玉ねぎとツナの大神殿エンパナーダ』
トントントントントントン。
れべるあっぷ食堂じゃない厨房でお料理をするのは、とっても久々だ。
厨房まで広いからか、響く包丁の音もいつもと少し違う。
たったそれだけのことで、私はなんだか楽しくなっていた。
それから玉ねぎを切り終えた私は、フランカさんにバトンタッチした。
フランカさんがフライパンにオリーブオイルを入れて熱してから、じっくりと玉ねぎを炒める。玉ねぎが飴色になったら、今度はにんにくを投入していた。
ううーん!
私は隣で思いきり匂いを吸い込んだ。
この工程はれべるあっぷ食堂の料理でもよくやるんだけれど、本当に何回嗅いでもいい匂い! 一番最初にこの組み合わせを思いついた人に、心の底から拍手を送りたいくらい!
「次はトマトです」
フランカさんの言葉に、お手伝いの神官さんが「はい!」と進み出た。
持っている器には、水煮したトマトが入っている。
「トマトの水気がなくなるまで煮詰めます。その後、ツナですよ」
言いながら、フランカさんが神殿特製のツナにお砂糖、塩を混ぜ合わせる。すると、一気に香りが豊かになった。多分、この状態で食べるだけでもとってもおいしいと思う!
「それから……隠し味としてこちらも入れます」
そういって、フランカさんはとある小皿を、周りから隠すようにこっそりと見せてくれた。
その中に入っていたものを見て、私がぱちぱちと目をしばたかせる。
「…………あれ? これって、卵じゃ?」
小さな器の中に入っていたのは、粗くみじん切りしたゆで卵だ。
私の言葉に、フランカさんがまたいたずらっぽく笑う。
「ふふふ。皆さんには内緒ですよ。別に絶対禁止にされているわけじゃないんですけれどね、中には卵だと知らずに食べている方もいますから」
「そ、そうなんですね!?」
「いまだに、一部頭の固い方々がいるんですよ。でも、卵は体にいいでしょう? 大神殿の調理担当の務めとして、健康のためにどうにかこっそり食べさせられないかと思って、これを思いついたんです」
な、なるほど……! ちゃんと皆さんの体のことを思ってやっているんですね!?
「面白いですよぉ。頑固なおやじどもが、知らずにバクバクと食べている姿は」
そういってほくそ笑んだフランカさんの顔は、どこか悪い雰囲気が漂っている。
………………ほ、本当にみんなのことを思ってやっているんですよね!!! 何か鬱憤が溜まっているわけじゃないんですよね!? フランカさん!?
私はドキドキしながら、フランカさんがフライパンの中にゆで卵を落とすのを見ていた。
「さぁ、これでフィリングは完成ですね。あとは神官たちに任せましょう」
「はい!」
見ていると、神官さんたちが用意してあったらしい平たいパン生地の中に、次々とフィリングを乗せていく。そしてもう一枚の生地を重ねてぎゅっぎゅと生地を閉じると、さらにその上に何かを載せ始めた。
「あれは何をやっているんだ?」
不思議に思ったフィンさんが覗き込む。私も一緒になって覗き込んだ。
フィンさんの質問に、フランカさんが答えてくれる。
「あれは生地を使って、模様を描いているんですよ」
「模様……あっ! これもしかして、オリーブの枝ですか!?」
神官さんたちはまるで粘土をこねるようにパン生地で細長い線を作り、それでエンパナーダの表面にオリーブを描いていたのだ。
「すごいな。これがあるだけでグッと華やかになる。それに、すぐに大神殿のパイだとわかる」
「ええ。料理の味はもちろんですが、目で見て楽しむ工夫も時には必要ですからね。食欲を駆り立てたり、あるいは『我々は大神殿の一員として生きているんだ』と感じてもらうための工夫です」
「なるほど……!」
「年に数回開催されるお祭りでは、大神殿も屋台を出すことがあります。その際、買いに来た人たちはオリーブの紋章が描かれたエンパナーダを見て喜びますよ。『大神殿のエンパナーダ』というのが、食べ物に付加価値を与えるのでしょうね」
すごい……! 勉強になる!
「確かに、普通の商品でも『銘柄』というのは非常に重要だ。どこそこの有名職人が作った武器はそれだけで価格が跳ね上がるし、信頼できる店や職人の武器でないと使わないという騎士も多い。食べ物も、どこが作ったものなのかわかるだけで、ぐっと特別感が増すだろうな」
フィンさんの言葉に、私もううむと考えた。
「だから焼き印をつけているお店もあるんですね……! れべるあっぷ食堂も、お持ち帰り用のごはんに焼き印をつけたら、もしかしたらお客さんは喜んでくれるのでしょうか?」
「いい案だと思う」
フィンさんはうなずいた。
「お客さんが喜んでくれるのはもちろん、誰かがその焼き印を見て、れべるあっぷ食堂に来てくれるようになるかもしれない。効率のいい宣伝かもしれないな」
「確かに……!」
聞けば聞くほど、焼き印を作るのはとってもいい案だという気がしてきた!
「ドーラさんたちにも聞いてみないとですが、焼き印を作るなら、やっぱり……」
フィンさんと顔を見合せて、私たちは同時に口を開いた。
「ニンジン、ですよね」
「ニンジン、だな」
それからお互いにっこりと笑う。
「ぴきゅぅ?」
その言葉に反応するように、ポケットからくぐもった声が聞こえた。そっと覗くとキャロちゃんが不思議そうにこちらを見上げている。
「ふふふ。帰ったら、みんなで焼き印を考えようね。せっかくだもの。キャロちゃんのうるうるおめめを、どうにか焼き印で表せないかなぁ?」
そっとポケットの中に手を忍ばせて、人差し指と中指でキャロちゃんをこちょこちょ撫でる。
「ぴ~きゅっ」
するとキャロちゃんの喜ぶ声とともに、ちいちゃなまるいおててがぎゅっと私の手を握った。
ああ、キャロちゃんは可愛いなぁ……! もっと堂々と、外の世界を見せてあげられたらいいのになぁ。
そうしている間に、エンパナーダが焼けるいい匂いがしてきた。
「さぁ、どうぞ食べてみてください」
お皿に載せられたつやつやの具入りパンを、私は喜んで持ち上げた。
***
フランカさんはお母さんみたいな見た目してだいぶ腹黒。
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