第78話 ……おかしいな。大抵の人には褒められるんだけど

「それから、肉は純粋に手に入らなかったということも大きいです。各地の修道院や教会は基本的に自給自足。そのためすべての場所で家畜が飼えるというわけでもなかったんです」

「すべてが自給自足かぁ……」


 そういう意味では、ある意味我が家と近い生活をしていたのかな。


「でも私と違って、神官さんや牧師さんたちは、キラーラビットを狩るわけにはいかないですもんね……」


 私の言葉に、フランカさんが不思議そうな顔をした。


「? キラーラビットを狩るのですか……?」

「ララ。普通の人は、そもそも魔物を狩ったりしないんだよ」

「えっ! そ、そうなんですね!? あんなにおいしいのに……!」


 でもそういえば、カヴ村でも私たち以外の人がキラーラビットを食べているの、見たことがないような……。


「大丈夫。多少人と変わっていても、それがララのいいところだから」


 うう、なんでだろう。フィンさんの気遣いが、逆につらいような……。

 それからフィンさんが、何かに気づいたように言った。


「ああ、もしかして豆料理が多いのは、豆が自分たちで育てやすいからなのか?」

「その側面は大きいですね。豆は栽培しやすい上に、栄養豊富でさらに保存も効くんです。冬の間は栽培ができませんからね。保存食も、我々にとっては大事な生きる術だったんです」

「保存食! 神殿ではどんな保存食があるんですか?」

「いたってシンプルですよ。パンにチーズに干し豆に干し果物。それにジャムやシロップ漬けもありますね」

「このあたりは聖騎士団も遠征の時にお馴染みだな」

「樽の中に、大量の干し肉が入っていましたもんね!」


 遠征の時にも十数人の騎士さんがいるので、食料は本当に大事なのだ。


「それから保存食といえば……」


 そこまで言って、なぜかフランカさんがニヤリといたずらっぽく笑った。


「ワインも、わたくしたちにとって大事な保存食ですよ」

「ワイン?」


 全然頭の中になかった言葉に私が目を丸くする。


「ええ。ワインは時間をかけて作る上に、長期保存ができますからね。各地の修道院を訪れた時にはぜひ飲んでみてください。それぞれの味に特色があって、飲みごたえがあるんです。わたくしも各地の訪問は、それを楽しみにしているくらいなんですから。ホホホホ」


 言って、フランカさんは楽しそうに笑った。フィンさんが目を細める。


「……フランカさん、もしや相当呑まれるのでは」

「嫌ですわ。ちょーっと嗜む程度です。だってわたくし、神官ですもの。ほほほ」


 …………これは私でもなんとなくわかる。

フランカさん、嗜む程度って言いながら、ひと瓶……いや、ひと樽開けちゃうタイプの人だ……!


 同じことを思っていたらしいフィンさんもぼそりと呟いている。


「……なんとなくテオと同じ雰囲気を感じるな……」

「まぁまぁまぁ! それよりも、座学が終わったところでいざ実践と行きましょうか! みなさん! 今日は『玉ねぎとツナのエンパナーダ』を作りましょう!」


 フランカさんがごまかすように声を張り上げ、パンパンと手をはたいた。

 すると後ろで控えていたお手伝いの神官さんたちが、パタパタと材料を手にやってくる。


「エンパナーダ?」


 首をかしげるフィンさんの横で、私は目を輝かせた。


「もしかしてスペニア地方でよく食べられるあの!?」


 昔、カヴ村を訪れた旅人から聞いたことがある。

 エンパナーダは、薄手の生地に具材を包み込んで焼く、具入りパンだと!


「ララローズ様はよくご存じですね。そうです、あのエンパナーダです。そして大神殿では、玉ねぎとツナを入れるのですよ。大食堂きっての人気メニューでもあるんです」

「玉ねぎとツナ! 聞いているだけでおいしそう……。私、手伝います!」


 私は腕まくりすると、急いで厨房に入った。フランカさんがおっとりと微笑む。


「ありがとうございます。ではこの玉ねぎとにんにくを切ってくれますか? パイの詰め物を作ります。ちなみにツナは大神殿で常備してあるものがございますので」

「はいっ!」


 私はお手伝いの神官さんから玉ねぎを受け取ると、いそいそとまな板の上に置いた。


 それからいつも通り、手の中にリディルさんを具現化させた。……一応皆さんをびっくりさせないように、持ってきた鞄の中から取り出すふりをしながら。


 だというのに、フランカさんは何かを感じ取ったようだった。

 パッ! と視線がこちらに向けられ、フランカさんが不思議そうにぱちぱちとまばたきをした。


「……? ララローズ様は、ずいぶん物騒な雰囲気の包丁を使っておられるのですね!?」

「えっ。ぶ、物騒、ですか……?」


 ……おかしいな。リディルさんの刀身は持ち手まで含めて全部真っ白だから、大抵の人には「綺麗ですねぇ」と褒められるんだけど……!


「ええ。見た目はとても美しく、かつ聖なる雰囲気すら漂うのですが……なんというのでしょう、どこか隠し切れない狂気がにじみ出ているといいますか……! わたくし、こんな包丁は初めて見ました」


 隠し切れない狂気って、もしかしてリディルさんがめんどうなものはとりあえず全部斬ろうとすることを言っているのかな!?

 鋭い、さすが神官さん……!!!


『狂気とは失礼な。剣の女神の美学と呼んでもらいたいですね』

「え、えへ、えへへへ……」


 リディルさんの抗議を、私は笑って誤魔化した。

 フランカさんや他の神官さんたちがいる前で、リディルさんに返事をするわけにもいかないもの。


「パイの詰め物――フィリングなら、玉ねぎは薄切りで大丈夫ですか!?」

「はい。玉ねぎは薄切りで、ニンニクはみじん切りでお願いします」


 あわてて話題を変えてから、私はリズムよく切り始めた。








***

力のある神官さんほどリディルさんを見た時に「ビクッ!」とします。

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