第77話 全部が知りたいです!

「わぁあ……! ここもすごく広いですね!」


 大食堂は、全部の部屋を解放したれべるあっぷ食堂よりもさらに大きかった。広々としている上に天井まで高いんだもの。


「大神殿は人が多いからな。そのすべての食べ物を賄うとなると、これぐらいの広さは必要だ」


 確かに、神殿ではたくさんの人が寝泊まりしているもんね。その人たちみんなの料理を三食分作らないといけない。なら、これぐらいの広さは必要になってきそうだ。


「今回君たちに使ってもらうのはここだ」


 エルピディオさんに連れていかれたのは、大食堂の隅っこにある厨房だ。

 隅っことは言っても、れべるあっぷ食堂の厨房よりも全然広い。大規模な調理器具も多いし、鍋のサイズだってすごく大きかった。


「料理人も何人か手配した。彼らを手足として使ってくれ」


 言ってエルピディオさんが指さした先には、三人の神官さんが立っていた。

 横からフィンさんが声をかけてくる。


「ララ、ただそばで見ているだけというのも味気ないし、私も手伝うよ」

「えっ! フィンさんも手伝ってくれるんですか?」

「ああ。……と言ってもあまり難しい作業はできないが。その代わり皿洗いでもなんでもする」

「わぁ、ありがとうございます! ぜひ一緒にごはんを作りましょう! ……そういえばフィンさんと一緒にお料理をするの、これが初めてですね」

「そういえばそうだな……。今まではずっと食べさせてもらう側だったから」

「ふふふ」


 私は思わず笑った。

 フィンさんに食べてもらうのももちろん好きだけど、一緒に作るというのはまた違った楽しさがある。


「ではまず、お料理できる服に着替えないとですね! 騎士さんの制服が汚れたら申し訳ないですから」

「ああ、そういえばそうだな。すまないがそこの君、エプロンをを借りれるか?」


 フィンさんがお手伝いの神官さんに声をかけると、神官さんは急いでエプロンを取りに行った。

 私がエルピディオさんの方を向く。


「エルピディオさん。できたら、今日聖者の皆さんにごはんをお出しする前に、神殿料理を教わることはできないでしょうか? 聖者さんたちが普段、どんなものを食べているのかを知りたくて」


 カヴ村にいた頃、こっそり神官さんのごはんをわけてもらったことがある。

 それは豆をふんだんに使った煮込み料理で、というかほぼ豆しか入っていなくて、にんにくやオリーヴオイルで味付けした豆をパンに載せて食べるのだ。

 その他にも、白いんげんと野菜を使って煮込んだスープも食べさせてもらったことがある。

 ……どちらもふんだんに豆を使っていて、それでいて素材そのものの味を楽しむシンプルで野菜い味わいだ。


 聖者さんたちがずっとこの料理を食べているのなら、『頑固ステーキ』の特製ソースは味が濃くてびっくりするかな……? それとも、普段薄味を食べているからこそ、濃い味が食べたくなったりするのかな?

 聖者さんたちは神殿で育ったわけではなく、みんな《治癒》スキルが発現するまでは色んな家庭で育っているもんね……?


 考えていると、エルピディオさんは言った。


「構わない。もともとそのつもりだったから、今すぐ料理人を呼んでこよう」

「ありがとうございます!」


 その後エルピディオさんが連れてきたのは、女性の神官さんだった。年は、ちょうど私のお義母様と同じぐらいかな? 


「彼女は料理人であると同時に、大食堂を総括している責任者のフランカだ」


 わっ! 大食堂をまとめている一番偉い人が来てくれるなんて!

 私はあわてて頭を下げた。


「よろしくお願いします!」

「知りたいことはなんでも彼女に聞くといい。では、僕はこれでいったん失礼する。終わったら呼んでくれ」


「はい!」


 エルピディオさんが立ち去ると、フランカさんはにっこりと微笑みながら言った。


「よろしくお願いしますね、ララローズ様。まずは何から知りたいですか?」


 聞かれて私は即答する。


「神殿料理の全部が知りたいです!」

「あらあら、元気いっぱいですね。そんなに興味を持ってくれて嬉しいわ」


 フランカさんがくすくすと笑う。


 よ、欲張りすぎたかな……!


「そうですねぇ……ならまずは、神殿料理の成り立ちから話しましょうか」


 言って、フランカさんは教えてくれた。

 神殿料理は、もともと神殿や各地での修道院での生活に基づいているのだという。


「祈りと労働、そして禁欲的な生活の中で、食事も単なる食事ではありません。わたくしたちにとって食事は神への奉仕の一部。慎ましさと謙虚さ、そして信仰心を表す手段でもあります。食事を通じてわたくしたちは精神的な修行をしているのです」


 食事を通じた精神的な修行かぁ……!

 おいしいごはんをいっぱい食べる!!! ……ってこと以外考えたことがなかったから、そんな崇高な目的を持っているなんて、なんだかかっこいいな……!


 私が感動している横では、フィンさんも興味深そうに聞いていた。


「肉類を食べないというのは、禁欲の部分に基づいているのだろうか。動物の命を尊重していると昔聞いたことがあるが」

「そうですね。動物は神々の創造物でございますから、慈悲の精神を持ち、無駄な殺生を行わないというのも我々にとっては神への信仰を表します。また、古代では肉は体の快楽や欲望を刺激すると言われていたため、その面でも禁止をされいてたのですよ。どちらも、現代ではあまり言われなくなりましたけれどね」

「……なんだかちょっとわかるかも。だって、お肉ってとってもおいしいですからね! 私もついつい食べる手が止まらなくなってしまうことがありますから……!」


 言って私はくぅっと手を握った。

 うっかり分厚いステーキからじゅわっと染み出る肉汁を思い出してしまって、口の中によだれがにじみでてしまったのだ。

 フィンさんがくすりと笑う。


「ふふ、そうだね。…………」


 それから、何か言葉を飲み込むようにして口をつぐんだ。


 ……まさか。


「……あの、フィンさん。もしかして今、『でもララは何を食べても口が止まらないような』って、思いました!?」

「い、いや、そんなことはない!」


 私がじとりとした目で見ると、フィンさんがあわてて否定した。


 本当かなぁ……。


「そ、それより、フランカさんの話に戻ろうか」


 そううながされて、私は疑いつつもまたフランカさんの話に耳を傾けた。







***

神殿料理の元は修道院料理なのですが、どの宗教にもそれぞれ特別な料理があっておもしろいですよね。

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