第76話 ここがラスナント大神殿

「ここがラスナント大神殿なんですね!」


 リヴラネード王国最大の大神殿を仰ぎ見ながら、私ははしゃいでいた。


 天まで届くんじゃないかと思うほど空高くそびえたつ鐘楼に、お城にも負けない堂々とした大きさの本堂。そして本堂の左右から、ここに訪れる人をぐるりと囲むように長く伸びた翼廊は、まるで偉大なる神の手のようだ。


 青空の中にくっきりと浮かび上がる、ラスナント大神殿の白亜の体躯。そこにさんさんと降り注ぐ陽光は、大神殿に授けられる神の祝福そのものだった。


「ほわぁぁ……! こういうのを、荘厳って言うんですね!!! なんだか心が浄化されるようです!!!」


 私が見たことあるのは、カヴ村にあったこじんまりとした教会だけ。だから初めて見る大神殿の立派なたたずまいに、私はすっかり心酔していた。


 ああ、このすごい光景をキャロちゃんにも見せてあげたい……!


 ただ他の人を怖がらせてもいけないから、キャロちゃんは今日ずっとポッケの中だ。


 でも……ちょっとだけでもキャロちゃんにこの光景を見せてあげられないかな……!?


 そう思いながら、私はポケットの生地をぐいぃと引っ張ってみた。


「キャロちゃん……! 見える……!?」

「ぴきゅ~ぴきゅ?」


 ……これは見えてるのかな?


 そこにフィンさんの声が聞こえる。


「そういえば、ララと大神殿に来たことはなかったな」

「確かにそうですね! ……フィンさんとお出かけする時は、ついつい食べ物のある方向にばかり行ってしまうので……!」


 おかげで王都のごはん屋さんにはかなり詳しくなったけれど、たまには観光地にも行っておけばよかったかな……!

 私がちょっと後悔していると、そこにエルピディオさんの声がした。


「ふたりとも、こちらだ」

「エルピディオさん!」

「この人込みの中、よくすぐに見つけられたな」


 フィンさんが驚いたように言った。

 私たちがいるのは、本堂に繋がる長い階段の前だ。

 そこには私たち以外にも多くの人々が来ていて、制服を着た神官さんに、礼拝に来た参列者。階段の端に座って休憩している地元民らしき人たちなど、たくさんの人がいる。


「まぁ僕にはスキルがあるからな。目をつぶっていても見つけ出せるし、なんなら目をつぶっていた方が見つけやすい」

「ああ、なるほど」


 ?

 詳しくはわからないけれど、どうやらエルピディオさんは何か特別なスキルを持っているらしい。


「…………どうやら例の魔物も連れてきているようだな」


 言いながら、エルピディオさんがじっ……とキャロちゃんの入ったぽっけを見つめている。


「はい。……あの、ダメでしたか……?」


 あまりにもエルピディオさんがじっと見つめるものだから、ついつい聞いてしまった。


 連れてきていいと最初に言ったのは、エルピディオさんのはずなんだけど……!


 けれど私が尋ねると、エルピディオさんはぷいとそっぽを向いた。


「いや、大丈夫だ。それより早速で悪いが、出張食堂を開いてもらう場所はこっちだ」


 と言いながら、エルピディオさんが歩き始める。


「はいっ!」


 私とフィンさんはエルピディオさんの後ろをついて行った。


「ほわぁあ……! 大神殿って、どこもかしこもすごいんですね!」


 大神殿内は、ものすごく広々としていた。

 天井は、れべるあっぷ食堂の屋根を含めてもそれよりずっとずっと高い。

 それに本堂を出て、聖者の皆さんが住む寮に向かう回廊も広々としていて、まるで別世界に来たようだった。

 ひたすら感心しながら歩いている私を、フィンさんがくすくすと笑っている。


 ……あれ、そういえば。

 そこで私はふとあることに気づいた。


「リディルさんは、静かですね……?」


 少し前を歩くエルピディオさんに聞こえないように、小声でぽそりと呟く。


 ――リディルさんは、剣の女神だ。

 ということは、大神殿ともつながりがあるというか、リディルさんの故郷的な場所かと思っていたんだけれど、大神殿についてから特にリディルさんに動きはない。た。


 リディルさん、もしかして昨夜のあれこれでまだ体調が悪いのかなぁ……?


 そう思っていると、いつもより少し覇気のない声が聞こえてくる。


『別に体調が悪いわけではありませんよ、ララ。それよりも、大神殿が祭っている神はわたくしとは関係ありません。派閥違いです』


 と、リディルさんがサラッと言ったのだ。


「えっそうなんですね?」


 神様に派閥とかあるんだ!?


『はい。いわゆる音楽性の違いですね』

「音楽性の違い」


 すごい言葉出てきたなぁ……。


 びっくりしていると、リディルさんが説明してくれた。


『ラスナント大神殿が信仰するのは愛・慈悲・博愛など、まぁいわば平和を愛する神々です。それに対してわたくしは悪を滅する剣。正義ではありますが、同時に破壊を司りますからね。わたくし最大の支持者は王族だったりするのですよ』

「へぇぇ」


 私はごはん以外のことにはとんと疎いから、初めて知ることばかりだ。


 ……でも言われてみればリディルさん、すぐに斬って解決しようとするから、平和を愛するラスナント大神殿とは確かに系統が違うのかもしれない。

 そして王様が最大の支持者というのも初耳だった。


「あれ? だとしたらリディルさん、王様には挨拶しなくてもよいのですか?」


 そうリディルさんに尋ねたのに、なぜか隣にいるフィンさんがビクッとした。


「? もしかして声、大きかったですか……?」


 精一杯コソコソ囁くと、フィンさんがあわてて否定した。


「い、いや、なんでもない」


 そこにリディルさんの声が聞こえる。


『向こうが一方的にわたくしを支持しているだけなので、挨拶などしませんよ』


 そうなんだ……! リディルさん、強い!


 でもそれを聞いて少しほっとしてしまった。

 自分で聞いておきながらなんだけど、リディルさんが王様に挨拶に行くということは、私も一緒についていかなきゃいけないってことだもんね。 それは少し、ううん、だいぶ敷居が高い。


 そうこうしているうちに、私たちは大神殿にある大食堂についた。






***

リディルさん見た目は清楚で気高い美人なのに中身は超過激派だから…………。

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