第75話 ふたりは将来結婚しますっていう、あれ!?
「ララ、少し話があるんだが今日の営業が終わった後に話をしてもいいか?」
それは出張食堂を前日に控えた日。
お客さんとしてごはんを食べに来たフィンさんが言った。
「はい! あ、もしかして明日のことですか?」
フィンさんは業務として、私と一緒に神殿についてきてくれることになっている。
なのできっと、その話なのだろうと思ったの。
「まぁ明日というか、今後というか……」
そう言うフィンさんの歯切れが、なぜかいまいち悪い。
……もしかして何かよくない知らせ……?
あまりないことに、ついつい良くない方向に想像してしまう。
ま、まさか、一緒に行けなくなったとか……!?
想像して私はごくりと唾を呑んだ。
「わっ、わかりました!!! 営業終了後にお話ししましょう!」
緊張するけれど、ここはちゃんとお話を聞かなきゃ!
――そうして営業終了後。
私はフィンさんと、れべるあっぷ食堂――ではなく、食堂裏の小さな庭に立っていた。
フィンさんが、私とふたりで話をしたいと言っていたからだ。
魔法のランタンがほんのりと辺りを照らす中、私とフィンさんはどちらも黙っていた。
うっ……何やらいつもより雰囲気が重い! しかもドーラさんたちにも聞かせられない話ってことはやっぱり、何か悪いことが……?
考えれば考えるほど、嫌な予感がする。
ううっ……! 沈黙が怖いよ! 悪いことならひと思いにズバッと言ってほしい……!
私がそう思い始めた矢先だった。
フィンさんが意を決したように口を開いたのだ。
「ララ」
「はっ、はい!」
ごくりと唾を呑む。
何を言われるんだろう!
「一身上の都合で、私の婚約者になってもらえないだろうか!」
「はっ、はい! ………………はい!?」
思わず勢いで返事しちゃったけど、なんて!?
「えっ!? あっ!? へっ!? こ、婚約者!?!?!?」
婚約者って、あの婚約者!?
ふたりは将来結婚しますっていう、あれ!?
「なんでですか!?」
一番最初に出た感想はそれだった。
だって、これっぽっちも、それこそ胡椒ひと粒ほども想像していなかったんだもの!
結婚って、あの結婚でしょう!? お互いのことを好きな男女が同じ家に住んで家族を作ってっていう、あれでしょう!?
え……? じゃあもしかして……フィンさん、私のことが、好きなの……?
友達、じゃなくて……??? 女の子、として……???
えっ??????? 本当に??????
頭の中にたくさんの「?」が飛び交っている。
あともう少しで私の処理能力を超える、というところで、フィンさんが困ったように言った。
「実は、ララを神殿に連れていかせないために、兄上が嘘をついてしまってね」
「えっ……」
あっ。嘘なんですね………………?
「ただララを私の婚約者にしておいた方が何かと都合がいいし、私が出張る理由にもなると思ったんだ。エルピディオ大神官はこの話を信じているから、よかったらララにも口裏を合わせてもらえないだろうか。万が一話が広まってしまっても、必ずララの名誉を守ると約束する」
「なっ……なるほど! そういうことだったんですね!」
そっかぁ。嘘かぁ。
なんだかホッとしたような、気が抜けたような……。
でも私はすぐに、ニコッと微笑んだ。
「大丈夫ですよ! むしろ私のためにそこまでしてくださってありがとうございます!」
エルピディオさんはどんな手段でも取ってくると聞いたことがある。きっとフィンさんも、フィンさんのお兄さんも、苦肉の策だったんだろうな。
「それにしても、婚約者かぁ……」
想像したこともなかったな。
頭の中はいつもごはんのことでいっぱいだし、家族は家族で、カヴ村にいるみんなのことしか考えられない
自分の結婚なんて夢のまた夢だ。
「嘘とはいえ、なんだか不思議な気分ですね!」
私はへへっと笑った。
フィンさんが私の婚約者。いずれ結婚する人。
それはまるで夢を見ているような、現実離れした話だった。
……いや実際嘘なんだけど。
「そうだな。私も最初兄上の口から聞いた時はずいぶん驚いたよ。だがこの案が、一番効果があると思ってな。実際、それをエルピディオ大神官に言ったら効果てき面だった」
「そうなんですね! 家庭がある方には、エルピディオさんも寛容なのでしょうか!」
けれど私の言葉に、フィンさんはなぜか考え込んでいた。
「……………………いや家庭があるかどうかは、あまり関係ないのかもしれないな……?」
「そうなのですか?」
神殿の仕組みはよくわからないけれど、聖騎士団だからこそわかる事情があるのかな。
「うん、まぁ、ともかく。大神官や神殿ではそのようにふるまってほしいし、そのように扱われても、驚かないでほしい」
「わかりました! 任せてください!」
私はどんと胸を叩いて請け負った。
ようは私が、動揺しなければいいんだよね!? ……多分!
社交界や舞踏会に連れていかれるわけじゃないし……それくらいなら余裕、余裕! ……多分。
「ああ。ではよろしく頼む。明日は朝一番に迎えにくる」
「わかりましたっ!」
そうして私はフィンさんと別れたのだった。
その後、もそもそと準備をして――といっても、持ち物はリディルさんとキャロちゃん用のコップぐらいなんだけれど――私はドキドキしながら布団にもぐった。
「ぴきゅぅ」
先に寝ていたキャロちゃんが、私の気配を感じてもそもそと近づいてくる。
そんなキャロちゃんをぎゅっと抱きしめて、胸の上に乗せながら私は目をつぶった。
神殿、どんなところなんだろうなぁ。
神殿料理、どんなものを教えてもらえるんだろう。
料理はいつも通りれべるあっぷ食堂で出している料理を作る予定だけれど、せっかくだもの。れべるあっぷ〝出張〟食堂だからこその特別なごはんも作れたらいいんだけどなぁ……。
それから……。
うとうとと、心地よい眠気が私を夢の世界に連れていく。
フィンさんの……婚約者としてふるまわなきゃ……。
婚約者……結婚……。
うとうと、うとうと……。
………………フィンさんと結婚したら、きっと毎日楽しいんだろうなぁ……。
「ぴきゅ……ぴきゅきゅ……」
むにゃむにゃしたキャロちゃんの声を聞きながら私は眠りの世界へと落ちていったのだった。
***
「一身上の都合」とかつけちゃうあたり最高に恋愛上手とは無縁な男、フィンセント。
この二人がそろうと本当に恋愛フラグが全部折れていく(頭を抱える
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