第73話 出張食堂?

「「「!?」」」


 ある程度予想していたこととは言え、その場にいる私たちが固まった。


「おいおい! 何を話したいのか知らねーが、こんな朝イチ開店直後に言うことじゃねーだろ!」


 そこにすかさずテオさんの声が響いてくる。

 見れば、同じく朝一番で駆けつけてくれたフィンさんたちが立っていた。


「そっスよ~。前も思いましたけど、この人ほんとに人の都合とか考えないっスね」

「む……!」


 横やりを入れられたエルピディオさんが、露骨にムッとした顔になる。

 そこにフィンさんも進み出た。


「エルピディオ大神官。あなたの気持ちもわかるが、れべるあっぷ食堂はこれから一日の営業が始まるんだ。話があるなら、営業終了後にできないか? もちろん、我々聖騎士団も同行させてもらう」

「よいでしょう」


 エルピディオさんが中指で眼鏡をクイッ! と上げながら言った。


「ならば、きっちり営業終了時間に来ます! なるべく僕を待たせないでもらいたい!」

「あ、あの、営業終了直後は色々と片づけがあるのですぐにはお話しできないかもしれません……!」

「そーだよ! 片づけ他に明日の仕込みとかキャロちゃんのお世話タイムとかもあるんだから!」


 私とリナさんに言われて、エルピディオさんの圧が少し弱まる。


「…………では営業終了時間の一時間後に来る」

「まぁそれなら妥当かね」

「おっけぇ~。セシルたち、待ってるねぇ」


 そうして話はまとまったのだった。





 やがてやってきた約束の時間。


 ドアを締め切ったれべるあっぷ食堂の中、厨房の前にみっしりとみんなが集まっていた。


 ドーラさん、リナさん、セシルさん、フィンさん、テオさん、ラルスさん、エルピディオさん、それからキャロちゃんと私。


 みんな各々の場所に腰掛け、部屋の真ん中に座っているエルピディオさんをじっと見つめている。


「それであのう……今日はなんのご用でしょうか」


 私がおずおず尋ねると、エルピディオさんはキッと顔を上げた。

 それから中指で、眼鏡をクイッ! と押し上げる。


「今日はララローズ殿に依頼をしに来たのだ!」

「依頼……?」


 聖女になれということ? でもそれじゃ、言い方を変えただけで言っていること自体は前と同じだよね……?


「そうだ!」


 コクリと勢いよくエルピディオさんがうなずく。その拍子に、くすんだライトブルーのおかっぱがさらりと揺れた。


「僕はララローズ殿に、神殿で〝出張食堂〟をやってもらいたい!」

「「「出張食堂?」」」


 みんなの声が重なった。

 首をかしげながらフィンさんが聞く。


「出張食堂……とは一体?」

「出張食堂はその名の通り、神殿に一時的に〝れべるあっぷ食堂〟を開いてほしいということだ! もちろん、その際の設備や材料などはすべて我々神殿側が用意する! ララローズ殿は神殿に来て、料理をするだけでいい!」


 な、なるほど……!


「つまり、料理人としてララを呼ぶということか」


 フィンさんの言葉に、エルピディオさんはすぐにうなずいた。


「そうだ!」

「なるほどなぁ。そう来たか」


 腕を組みながら考えるように言ったのはテオさんだ。続いてラルスさんが聞く。


「でもなんで出張食堂なんスか? 神殿だって、料理人がいないわけじゃないスよね?」

「むしろ神殿には神殿の、〝神殿料理〟と呼ばれるものがあるはずだが」

「そういえば……そんな話を聞いたことがあります」


 私は言った。

 カヴ村の神官さんも、村のみんなとは少し違う料理を食べていた記憶がある。


「確か、お肉や卵を食べてはいけないんですよね?」

「えっマジ? そんなの絶対やだ! おいしくなーい!」


 私の言葉にリナさんが悲鳴を上げる。

 またエルピディオさんがムッとした。


「失敬な。そもそも神殿料理は神殿の戒律に基づき、かつ神官や聖者たちの心身を整える大事な役割を持っているのだ。おいしい、おいしくないの問題ではなく、神聖なる料理なのだ!」

「だとしたらますます疑問なのだが、それほど重要な料理が存在していながら、なぜララの出張食堂が必要なんだ?」


 フィンさんの疑問に、エルピディオさんがうぐっと言葉に詰まった。テオさんが吠える。


「言われてみればそうだな! 辻褄があってねーぞ?」

「やっぱりララを連れていくためだけの口実……」


 リナさんにじとりと見られて、エルピディオさんがあわてる。


「ち、違う」

「何が違うのぉ?」


 笑顔で追い打ちをかけているのはセシルさんだ。


「その……神殿料理は確かに神聖なる料理なのだが……最近、聖女や聖徒……聖者たちの元気がないのだ。いや、元気は元気なのだが、いまいち覇気が足りないというか」

「それってどう考えても働かせすぎな気がするんスけど」


 ラルスさんの言葉に私もこっそりうんうんとうなずいた。

 だって以前、噂で聞いたことがあるもの。『聖女たちは不眠不休で働いている』って。


 それが事実なら……誰だって疲れちゃうよね。

 けれどエルピディオさんは自信たっぷりに言い放った。


「それなら大丈夫だ。聖者たちは皆僕の信念に賛同した上で働いているし、聖者たちをふたりひと組にしたのも、互いに《治癒》をかけられるから! 身体的な負荷はむしろ一般人より軽いはずだ!」


 しかし彼を見るみんなの視線は、疑心にあふれている。


「本当かぁ?」

「なんか……聞けば聞くほど〝ぶらっく企業〟っぽいんスよねぇ……」

「そもそも君の信念に賛同とは一体?」

「聖女さんたちぃ、本当に自分たちで自分たちを癒して働いてるんだぁ……」

「みんな騙されちゃだめだよ。あの眼鏡、労働時間のことには一切触れてないから」

「た、確かに言われてみれば……!」


 じとり……。


 みんなからさらに湿った視線を向けられて、エルピディオさんは気まずそうに咳払いした。


「と、ともかく! 聖者たちの精神的な支援も神殿の役目! そこでララローズ殿には、〝れべるあっぷ食堂〟の料理を作ってほしいんだ!」

「れべるあっぷ食堂のお料理……でいいのですか? 神殿料理と違って、お肉や卵も使っていますよ?」

「それは構わない」


 クイッと眼鏡を上げながらエルピディオさんは言った。


「戒律上では肉類を食べてはいけないことになっているが、元々治癒スキル持ちらは自ら望んでこの道に踏み入れたわけではないからな。そのあたりは絶対に禁止というわけではなく、ある程度は許容されているんだ。配慮というやつだよ。どうだ? 意外とまともだろう?」


 〝ぶらっく企業〟だと言われたのがよほど堪えたのか、エルピディオさんは悪印象を払拭するようにアピールしてみせた。


「それに肉や魚がダメだというのなら、この食堂で散々食べた僕はとっくに罰せられているぞ」

「そういえばそうですね……!」


 エルピディオさんはれべるあっぷ食堂の全メニューを踏破しているのだ。その中には当然、お肉も卵もたっくさん出てくる。


「とにかく、僕の依頼はひとつ。ララローズ殿に、彼らを元気づけるような料理を作ってほしいのだ。私にとって料理は生命維持するためのものでそれ以上でもそれ以下でもないが、他の人は違うようだからな。ララローズ殿の料理の腕前もこの数週間の間でよくわかったから、君の腕を見込んでの頼みだ」


 言って、エルピディオさんが私をまっすぐ見た。


 な、なるほど……!

 料理人としての勘だけど、これはなんとなく本当っぽい……?


 考えていると、ドーラさんが言う。


「だがそうは言ったってねぇ。ララはれべるあっぷ食堂の料理人なんだ。あんたのその、出張食堂をいつやるっていうんだね?」

「食堂にも定休日があるだろう。その日に週一でやってきてくれないか?」


 当然のように言い放ったエルピディオさんに、ラルスさんとリナさんが震撼する。


「この人、ナチュラルに休日も働けって言ってきてないスか?」

「怖っ! やっぱり休みなしで働かせるぶらっくじゃん!」


 ふたりの突っ込みに、エルピディオさんはあわてて追加した。







***

ナチュラルに休日出勤を要求してくるあたりドぶらっく企業。

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