第72話 明日、何が起きるんだろう……

 ――それからというもの。


 エルピディオさんは毎日、朝一番にれべるあっぷ食堂にやってきた。


 注文するものは特に決まっていないようで、というよりもメニューを片っ端から一日一個ずつ注文しているようで、ある日は『ジンジャーとミントのぽかぽか茶』だけを飲んで帰ったこともある。


「彼は一体、何を考えているんだ……?」


 その日当番だったフィンさんが、エルピディオさんが座っていた席を見ながら首をかしげる。


「それが本当に、私たちもみんな謎なんです」

「食べてる時も、何考えているのか全っ然わかんないよね」

「そぉそぉ。淡々と食べてぇ、サッと帰っちゃうよねぇ」

「最初の日の勢いが嘘のように静かになっちまって、逆に不気味なくらいだね」


 食堂のみんなも口々に言う。


「本当にただご飯を食べに来ているだけなんでしょうか……?」


 私が首をかしげると、みんなが一斉に言った。


「いや、それはない」

「ないと思うよララ!」

「ララちゃぁん、騙されちゃだめぇ」

「まぁまずそれだけで済むような輩ではないだろうね」


 ……ぜ、全否定。


「ぴきゅ~!」


 私のポッケに入っていたキャロちゃんが楽しそうに鳴く。気づいたリナさんが言う。


「そういえばあの眼鏡、帰る前に毎回キャロちゃんのこと見ていくよね」


 言われてみれば確かにそうかも……?


「見ていくというか、毎回キャロちゃんがどこにいるか探している気もするねぇ。この間キャロちゃんがララのポケットに入っている時、無言でしばらく見つめていたよ」

「えっ! そんなことがあったんですか?」

「あ、確かにあったあった! ララは料理に集中してたから気づかなかったんだよね。でもあれ、絶対にキャロちゃんのこと見てたと思う!」

「案外ぃ、本当にキャロちゃんを気に入ってたりしてぇ~。どうするぅ? ララちゃんの次はキャロちゃんを連れていきたいんですぅって言われたらぁ」


 セシルさんの言葉に私はぎょっとした。


「そ、それは困ります! なにがなんでもキャロちゃんは《治癒》スキル使えませんって言い張らないと……!」

「がんばるとこ、そこなの?」


 リナさんが笑う。

 そこへ、メニュー表を見ていたフィンさんが言った。


「そういえば……エルピディオ大神官は一日一個のメニューを頼むと言っていたな?」

「はい。食べ物でも飲み物でも、必ず一日一個です。それ以上頼んでいるのは見たことがありません」

「なるほど……。だとすると、そろそろすべてのメニューを網羅する頃じゃないか?」


 言いながらフィンさんがメニュー表を差し出した。

 私たちの視線が、一斉にメニュー表に集まる。


「ありゃ。本当だね。ちょうど今日で全部じゃないか?」

「ぷろていんパンケーキも出したしぃ、ビスケットも出したしぃ、めだまやきパンもちゃぁんと食べてるよぉ」

「ってことは、明日あたり何か行動が起きてもおかしくないってこと?」


 リナさんの言葉に、私たちは顔を見合せた。かと思うとフィンさんが口を開く。


「……よし、明日は本来ラルスが当番だが、私とテオも同行しよう。大神官が何か行動を起こす可能性が高いのなら、見過ごすわけにはいかないからな」

「やったぁ! 朝からテオ様に会えるぅ」

「フィンさん……! いつも本当にありがとうございます!」


 私はバッ! と頭を下げた。


「もとはと言えば、私のせいで余計な手間をかけさせてしまっているのに……!」

「何を言うんだ」


 フィンさんが驚いた顔をした。


「それが我々の仕事だ、ララ。たとえ相手がララでなかったとしても、我々はきっと同じことをしていた」


 フィンさん……! さすが、聖騎士団の団長さん……!

 私がじんと感動していると、リナさんが横でボソッと言った。


「………………フィンさんむしろ喜んでやってるよね」

「えっ? ごめんなさい、よく聞こえなかったのでもう一度教えてもらえますか?」


 私が聞き返すと、リナさんがあわててニコッと笑った。


「ううん! なんでもないよっ! それより、明日の作戦会議しておいた方がいいんじゃない?」

「作戦会議だなんて大げさだねぇ。その神官は変なスキルでも使うのかい?」

「そう言った類の話は聞いたことがないな……。彼のスキルも教えてもらったが、いたってまっとうなものだった」

「そうなんですね……」


 まだ知らぬエルピディオさんのスキルを考えながら、私は明日、何が起きるんだろう……とぼんやりと考えた。





 そして翌日。


 やっぱり朝一番、先頭に並んでいたエルピディオさんを見て、私はごくりと唾を呑んだ。


「い……いらっしゃいませ!」


 思わず声が裏返ってしまう。

 ……ちょっと身構えすぎたかも……。


「こちらにどぉぞぉ」


 明るい声でセシルさんが案内する。そこに私のような緊張は全然なくて、さすが接客になれているセシルさんだ! と感心してしまう。


 けれどその日エルピディオさんは、席には座らなかった。


 店に立ったまま、


「悪いが、今日は客ではない。今すぐ話がしたい!」


 と言い放ったのだ。







***

難聴系主人公……と見せかけて、ララの場合は聞き取れても「友達の私のためにそんなことまで……!」と思うタイプです。

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