第71話 うっ……! 価値観の違いがすごい……!

 テオさんとセシルさん、どちらも私の大好きな友達だ。

 恋愛は難しくてよくわからないけれど、ふたりがうまくいったらいいなって、少しだけ思っている。

 何より、テオさんを見ている時のセシルさんが本当に幸せそうな顔をしているから、ついつい応援したくなっちゃうのだ。


 そう思いながら、私はフラットブレッドでくるくると野菜を包んだ。


 よし。これでエルピディオさんに出すサラダ巻きの完成だ!


 すかさずセシルさんが料理を受け取りに来る。


「お待たせいたしましたぁ。『フラットブレッドのサラダ巻き』でぇーす」


 コトン、とお皿が机に置かれる。


 けれどエルピディオさんより先に、エルピディオさんを見たテオさんが「ん!?」と声を上げた。


「よく見たら昨日の神官じゃねぇか! またララを連れて行こうとしてんのか!?」

「失敬な。今日は純粋に客として来ているが?」

「本当かぁ……? お前さんが、昨日のあれで諦めるような奴には見えねぇけどな?」

「……」


 それに対してエルピディオさんは何も答えなかった。テオさんが続ける。


「もし無理矢理連れて行こうってのなら、俺がぶっとばすからな! それだけは覚えておけよ!」


 言いながらぐっと二の腕を曲げて見せるテオさんを見ながら、セシルさんがうっとりした声で「はぁ……。荒っぽいテオ様も素敵ぃ……」と呟いた。

 エルピディオさんが冷静に、中指でクイッ! と眼鏡を押し上げてみせる。


「そんなことはしない。何度も言うが、今日はただの客。それより食事の邪魔だ。黙っててくれないかね!」


 言って、エルピディオさんはテオさんには構わず、出されたサラダ巻きにかぶりついた。


 ……ど、どうかな……?


 もぐもぐと口を動かすエルピディオさんを、私はついついじっと見つめてしまう。

 心なしか、ドーラさんやリナさんもエルピディオさんの動きに注目しているようだ。


「……」


 もぐもぐもぐ。


「………………」


 もぐもぐもぐもぐもぐ。


「…………………………」


 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。


 エルピディオさんは表情を変えずに、そのまま食べ続けた。

 淡々と、サラダ巻きが全部なくなるまで食べ続けた。

 やがてお皿のサラダ巻きをすっかり食べ終えてしまったところで、カタンと席を立ちあがる。


「お会計を」

「会計はこっちだよ」


 ドーラさんの声に、エルピディオさんは黙って支払い台の前に歩いていく。


「っおいおいおい! 神官さんよ!」


 そこにテオさんの大きな声がかかった。


「おいしかったのひと言もないのか? 嬢ちゃんの飯には、大体みんな感動するもんなんだがなぁ!」


 ……実はそれ、私も気になっていました……!


 好みは千差万別とは言え、エルピディオさんは眉ひとつ動かさずにサラダ巻きを食べていたのだ。

 顔ををしかめることもなく、かと言って目を輝かせることもなく、それはただ淡々と……。


 もしかしてお口に合わなかったのかな……?


 テオさんの声に、エルピディオさんはクイッ! と中指で眼鏡を押し上げながら言った。


「客観的に見ると十分おいしかったですよ。ですが、それだけです。僕はごはんに喜びを見出すような人間ではありませんので、大げさに表現しなかったまでです。ご飯はご飯。それ以上でもそれ以下でもないだけのこと」


 うっ……! 価値観の違いがすごい……!


 でも、エルピディオさんの言っていることも正しい。

 私はごはんを食べるのが大好きだし、ごはんのことを考えるのも、ごはんを作るのも、ごはんにまつわることは全部全部大好きだ。


 でも人によってはもちろんそうじゃないんだよね。


 過去にも、『むしろ食べる時間がもったいないからごはんいらずの体になりたい』と言っている人も見たことがあるし……。

 れべるあっぷ食堂に来てくれるみなさんが優しすぎてその感覚を忘れていたけれど、エルピディオさんは『十分おいしい』と褒めてくれたし、それだけで十分だ!


 自分にそう言い聞かせてから、私は再度別の料理に戻ろうとした。


「まぁそうだけどよぉ……」


 テオさんもそれ以上は追及する気はないみたいで、微妙な顔をしている。

 その間に、エルピディオさんはさっさとお会計をしていた。


「あいよ。ちょうどだね。ありがとさん」

「ぴきゅ」

「…………ん?」


 そのまま帰るかと思ったエルピディオさんは、不意に弾かれように顔を上げた。

 私もハッと顔を上げる。


 あ! そういえば、キャロちゃん、今日は会計台のところで水浴びしているんだった!


 この間エルピディオさんが来た時は勢いが怖かったからとっさにキャロちゃんをポケットに隠したんだけど、今日は離れていたこともあって隠し損ねたの!


 ま、まずい……! 神官さんって、魔物に敏感だったりするかな……!?


 私があわあわしながら見ている前で、エルピディオさんは穴が開きそうなほどの勢いで、水の張られたコップに入ったキャロちゃんを見つめている。


「ぴきゅ」


 キャロちゃんも、うるうるとした大きなおめめでエルピディオさんを見つめ返した。


「…………」

「…………」


 そのままふたりは、しばらく見つめあっていた。


「……店主、これは一体なんだ?」

「あーこれはあれだよ、うちのペット」


 ドーラさんがどこか気まずそうに、目を逸らしながら言った。


「ペット」

「おう! キャロはちょっと変わった食堂のペットだぞ! 俺たち聖騎士団が責任を持って見守っているから、苦情も俺たちが受け付けるぜ!」

「……別に文句なんてありませんよ」


 中指で眼鏡をクイッ! と上げながら言う。


「ただ珍しいなと思って見ていただけです。私は魔物には興味ありません。もっと言ってしまえばどうでもいいのです」


 そうなんだ……?

 聖女さんたちは魔物のせいで怪我した人たちを治癒することもあるから、てっきり神官さんと魔物は繋がりがあると思っていたのだけれど、そうでもないのかな。


「そうなのか? お前、聖女には『使命!』とか言ってあんなにこだわっていたくせに、魔物には興味ないとか、謎なこだわりだなぁ」

「謎で結構。こだわりは人それぞれですから」

「まぁそうだけどよ」

「それよりも、この魔物はあなたがたのペットなんですね?」

「おうとも!」

「なんで食堂の人間じゃなくて、でかいのが返事しているんだい……」


 ドーラさんの言葉に、テオさんがニカッ! と白い大きな歯を輝かせて笑った。


「キャロちゃんは食堂みんなのペットだろ! っていうか家族?」

「さすがテオ様、わかってるぅ」

「そーそ! れべるあっぷ食堂はみんなが家族みたいなもんだよねぇ」


 セシルさんとリナさんの声に、ドーラさんが「まったく。お前たちときたらすぐに家族を増やしたがるんだから」と諦めたように言った。


「ふむ……。ペットというより家族、ですか……」

「ぴきゅ~!」


 みんなが言っていることがわかったのか、キャロちゃんも嬉しそうにぱちゃぱちゃとコップの水を叩いている。


「おっと、お客さんに水がかかってしまうよ。気をつけな。お客さん大丈夫かい? 水はねしていたらこれを使っておくれ」


 言いながらドーラさんがそばに置いてあったタオルをエルピディオさんに差し出した。


「いえ、平気です」


 エルピディオさんは手で断りを入れると、そのまままたじっ……とキャロちゃんを見つめた。


「ぴきゅ……?」


 気づいたキャロちゃんも、またエルピディオさんを見つめ返す。

 ……? エルピディオさんどうしたんだろう? お会計は終わったけど帰らないな……?


「…………」

「…………」


 そのまま無言で見つめあうふたりを、私はぱちぱちと目をしばたかせて見ていた。ドーラさんも不思議そうな顔をしている。


「お客さん?」


 ドーラさんに声をかけられてようやく正気に戻ったらしい。


「いや、失礼。それでは帰らせてもらう」


 言うなり、エルピディオさんはそそくさとれべるあっぷ食堂から出て行った。


「なんだありゃ? 魔物に興味ないとか言っていた割にはずいぶん長いあいだニンジンのこと見ていたなぁ」

「キャロちゃんのことぉ、好きになっちゃったのかなぁ?」

「いや! あの眼鏡のことだから、キャロちゃんのこと利用しようと企んでいるんじゃない!? ララ、気をつけようね!」

「は、はいっ!」


 エルピディオさんが何を考えているのか全然わからないけれど、悪いことじゃないといいな……!


 まだコップの中でちゃぷちゃぷしているキャロちゃんは、エルピディオさんが出て行った方法をじっと見つめていた。







***

ごはんに無反応エルピディオ!ちなみに彼はご飯だけじゃなく女性にも興味ないタイプです。

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