第70話 セシルさんの猛攻
れべるあっぷ食堂にエルピディオさんがやってきた翌日。
いつものように朝一番に食堂の扉を開けた私の目に飛び込んできたのは、そのエルピディオさんの姿だった。
「い、いらっしゃいませ……!?」
思わず動揺してしまった!
即座にリディルさんの声が聞こえる。
『ララ、この男、やっぱり斬りますか?』
「だだだ大丈夫です! 斬らないでください!」
脳内に響いてきた物騒な声に私はあわてて否定した。
「あっ! 昨日の人じゃん! 何!? またララを連れ去りに来たの!?」
今度は気づいたリナさんが、あわててかばうように私の前に立ちふさがった。
「えぇ~? 昨日のお兄さん、また来たのぉ? でも無理矢理連れて行こうとしても無駄だよぉ? だって今日はテオ様が当番の日だからぁ。お兄さんが何かしようとしても、テオ様には絶対勝てっこないと思うよぉ!」
セシルさんも、威嚇するようにずいずいとエルピディオさんに詰め寄っていく。
それには動揺せず、エルピディオさんが中指でクイッ! と眼鏡を押し上げながら言った。
「違う。今日の僕は客だ。だからさっさと席に通したまえ」
「へっ?」
「お客さんなのぉ? 本当にぃ?」
警戒心を露わにしたリナさんとセシルさんは、まだエルピディオさんを疑っている。
そこにドーラさんの声が響いた。
「これお前たち! 失礼を働くんじゃないよ! 本人が客だって言っているんならお客さんだ! さっさと席に通してあげな!」
「はぁーい」
「わかりましたぁ~」
渋々と言った様子でふたりは食堂の中に戻っていった。そんなセシルさんたちの後ろを、エルピディオさんも大人しくついて行っている。私はその姿をじっと見た。
もしかして本当に、お客さんとして来たのかな……?
「それで、この店には何が置いてあるんだ?」
席に着くなりエルピディオさんは言った。
「はぁい、じゃ、このメニュー表を見てくださぁい」
「ふむ……」
セシルさんに差し出されたメニュー表をじっくりと見ながら、エルピディオさんは言った。
「では、この一番上に書かれている『フラットブレッドのサラダ巻き』で」
「はぁい。ララちゃーん、サラダ巻きひとつぅ」
「はい!」
私はサラダ巻きを作るため、急いで厨房に入った。
リナさんがこそこそと囁いてくる。
「ねぇ、あいつなんでまた来たんだろう。ご飯を食べに来たって、本気なのかな? なんか他に狙っているんじゃない?」
「そうかもしれません……」
だって昨日、去り際に豪語していたんだもの。
『だがこれで諦めたとは思わないでくれたまえよ!』
って。
「まぁ今日はセシルさんの言う通りテオさんが来るし、何かしようと思っても無駄だと思うけどねぇ。それともあれかな。なんかすごい魔法とか使うのかな?」
「そもそもあの方は、何のスキルを持っているのでしょうね? 聖女を見つけるのが得意なようですが……」
確か、神官の方々は必ず何かしらのスキル持ちでなければなれないと聞いたことがある。
実家カヴ村にいた神官さんのように《鑑定》スキルを持っているのなら、人々がなんのスキルを持っているか鑑定してくれるし、そうでないなら他のお仕事に従事しているはずだ。
「確かに。でもまぁ聖女探しが得意なのなら、攻撃魔法を使ってくることはなさそうだよね」
それからリナさんが声を落として、ひそひそと囁いてくる。
「だって普通は、スキルって持てても一個までなんでしょ?」
「そう、ですね……!」
私はリディルさんの加護があるおかげで色々なスキルを覚えられるけど、普通ならスキルはひとりひとつまでなのだ。
「あ、でも……」
そこで私は言葉を切った。
「ん?」
「最近ふと思ったのですが、私が加護を受けているというのなら、もしかして他にも何かしらの加護を受けている人がいたりしないのですか?」
私の言葉に、リナさんが「……確かに」と呟く。
「この世界に、複数のスキル持ちがララだけって決まったわけじゃないもんね?」
「はい。もしかしてリディルさんは、そのあたりのことを知っていたりしますか?」
私の言葉に、リディルさんの声が頭の中に響く。
『可能性はなくはないです』
やっぱり!
『私以外の女神は今のところ聞いたことがないですが、それよりも、先代の勇者が――』
先代のゆうしゃ?
リディルさんがそこまで言ったところで、セシルさんの声が響いた。
「ララちゃぁん。パンケーキひとつぅ!」
「あっ、はいっ!」
手を止めている場合じゃなかった! 急いで作らなければ!
私はまた、料理を作るのに集中した。
その間に、今日の当番であるテオさんが食堂にやってくる。
「よーう! お待ちかねテオ様の登場だぞ!」
その声に、接客していたはずのセシルさんがすっ飛んでいった。
「テオ様ぁ! セシルずっとずっとずぅぅうっと待ってましたぁ」
「これセシル! お客さんを途中で投げ出すんじゃないよ!」
すかさずドーラさんのお叱りが飛んでくる。
でもそうは言いつつ、ドーラさんはセシルさんが投げ出したお客さんのところに代わりに注文を取りに行っていた。
「だってぇ、セシル、ずっとテオ様を待ってたんだもぉん。もう会いたく会いたくて、夜もずっとテオ様のことで頭がいっぱいでぇ」
「お、おう……。今日もお嬢ちゃんは元気だな……」
頬を赤らめながら言うセシルさんに、あいかわらずテオさんはたじたじだ。
「はっは。見ろよ。あのバカでかい図体した騎士が、セシルちゃんを前にした時だけまともになるとはなぁ! こんなおもしろい見物もないよ!」
常連の親方さんに揶揄されて、テオさんが降参するように両手をあげている。
「こーればっかりはどうしようもねぇな。俺にだって得手不得手ぐらいあるからなぁ」
「セシルはぁ、早くテオ様にセシルのこと好きになってほしいなぁ?」
「うぐぐ……」
セシルさんの猛攻に、テオさんがまたうなる。
ドーラさんがやれやれ、とため息をつきながら言った。
「見た目は完全に美女と野獣なんだけどねぇ。中身は逆なんだから不思議なもんだねぇ」
「でも俺はセシルちゃんを応援するぜ!」
「俺もだ! 成就するといいな!」
「みんなありがとぉ! セシル、みんなのこともテオ様の次ぐらいに好きだよぉ」
なんて言いながら、セシルさんはお客さんに向かってチュッと投げキッスを飛ばしている。
「ほらほら! おしゃべりもそこまでにしな! 静かにご飯を食べに来てるお客さんに迷惑だろう!」
「はぁ~い」
その様子を見ながら私はふふっと笑った。
***
作者もセシルさんを応援しています(ニッコリ
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