第69話 どういうことですか、ララが私に妻などと……!(フィンセント視点)

「婚約者として、私は反対だ」


 兄上の言葉が、口からでたでまかせでもいい。

 彼女を守れるのなら、喜んで嘘でもなんでもつこう。


「人の命は尊いものであり、聖女を増やしたいという貴殿の気持ちはわかる。だが、ララはそもそもれべるあっぷ食堂を離れるつもりはないのだ。彼女の生活を乱すようなことは、しないでほしい」

「おやおや」


 フッとエルピディオ大神官が鼻で笑った。


「彼女の生活を乱すことに関してだけで言えば、一介の料理人を王族の妻に娶ろうとする方が、よっぽど彼女の生活を乱しているのでは?」


 ……しまった。

 これだから、つきなれない嘘をつくとろくなことがないのだ。私もララのことを言えないぐらい、嘘をつくのが下手なのだった……。


「…………彼女は、もともと男爵令嬢だ……!」


 砂を噛むようにしてやっとひねりだした言葉は、我ながらなんとも説得力のない言葉だった。


「まぁまぁ」


 そこへ、朗らかな兄上の声が聞こえる。


「エルピディオ大神官の気持ちも、そして弟の気持ちもわかるよ。だからこそ、ここは彼女――ララローズ嬢の気持ちを尊重しようではないか」

「! 兄上、それはつまり――!」


 食って掛かろうとする私を、兄上は目線で制した。


「そう。エルピディオ大神官の言うように、〝ララローズ嬢自ら行くと言った場合〟には、彼女を神殿に連れていってもいい。ただし、結婚するまでの期間限定だ。そして我々が帰せと言った場合には、すぐに帰す」


 兄上が言っているのはつまり、極端な話、ララが神殿に行くことになったとしても、次の日に我々が「ララを帰してもらおう」と言えば大神官は拒否できないのだ。


 なるほど……これなら確かに、悪い条件ではない。


 その上で私は続けた。


「もうひとつ条件がある。もしララが神殿に向かう場合は、私が護衛騎士として同行する。将来の我が妻に何かあった場合、取り返しがつかないからな。それでもいいのなら私も賛成しよう」

「君が? ……まぁいいでしょう」


 大神官ははうなずいた。

 それを聞いて私は国王陛下に問いかける。


「それでいいなら私も構いません。陛下はいかがですか」

「そうだな……それくらいが今回の落としどころであろうな。許可しよう」


 陛下の言葉に、エルピディオ大神官も満足したらしい。うやうやしく頭を下げる。


「承知つかまつりました」





 やがてエルピディオ大神官が退出した後で、私はいそいで兄上のところに駆け寄った。


「兄上! どういうことですか、ララが私に妻などと……!」

「ああ、あれ。その場の出まかせだよ。ああでも言わないと、あの神官、どんどん我々の核心に近づいてきてしまうだろう?」


 ああ、やっぱり出まかせか………………。


 …………いやなぜ今一瞬落胆してしまったんだ。そこは安心するところだろう。


 私が首を振っていると、兄上がニヤリと笑った。


「まぁ僕としては、本当のことにしてしまってもいいんだけれどね」

「!? な、何を!?」


 しまった。声が裏返った。


「彼女、今は料理人のようだが、男爵令嬢でもあるし、騎士団長の妻としては悪くない。何より、フィン、お前は彼女を気に入っているのだろう?」

「もちろんです。私の良き友人ですから」


 私の言葉に、なぜか兄がハハッと笑った。


「友人、ね……。ま、案外結婚生活というものは、友人同士の方がうまくいったりするものでもあるし」


 なるほど……そんな視点もあるのか……。


 正直、女性に苦手意識を持っている私は結婚をほとんど考えていなかった。

 王家の一員として、貴族の義務としていずれしなければいけないことはわかっていたが、あまりにも結婚している自分の姿を想像できなかったのだ。

 女性の隣に夫としてたち、女性が喜ぶ会話をし、睦み合って家族を築く……。

 それは私にとって、ドラゴンを倒すよりよっぽど難しいことのように思えた。そもそも女性の隣に立ち続けているだけでも逃げたくなるのだ。


 だが……確かにララであれば。


 難しいことは置いておくにしても、彼女の隣に立つのはちっとも苦痛ではなかった。それどころか楽しいとすら思える。


「友人同士の方がうまくいく、か……」


 兄上の言葉は、一理あるかもしれない。

 だが彼女を私の妻にするのは、先ほどエルピディオ大神官が言っていた通り、彼女をれべるあっぷ食堂から引き離すことにも繋がるのだ。


「…………」


 考え込み始めた私を見て、兄上は笑った。


「まっ、そんなに悩む必要もないさ。お前の結婚を急ぐ必要はないし、僕と違って、フィンには心から好いた人と結婚してほしいと思っているんだよ」

「兄上……」


 兄上が私に向けるまなざしは優しい。

 そのまなざしは優しすぎて……逆に私は申し訳なくなった。

 まだ相手を選べる私と違って、兄上には幼い頃から決められた婚約者がいるのだ。

 顔も知らない、他国の姫。

 時期が来たら、王太子である兄上はその女性と政略結婚をしなければならない。


「申し訳ありません。私は……」

「ああ、お前は気にしなくていいんだフィン。私は愛があるとかないとか気にしないし、責務として彼女を愛するだけだよ。むしろ、この役目がお前に振られなくて本当によかったと思っている。こんな器用なことは、僕じゃないとできないからね」

「兄上……」


 兄上の懐の広さは、本当に昔から変わらない。だからこそ、私は。


「その代わり、私は全力を尽くして兄上を支え続けます」

「うん。僕もお前がいてくれて頼もしいよ。どうかこれからも変わらぬフィンでいておくれ」

「はっ!」


 私はひざまずいた。王に忠誠を誓う、騎士のように。


「それより……嘘だとしても、ララローズ嬢には協力してもらわないといけないね。あの様子だとエルピディオ大神官はきっとこの後も彼女のところに通うだろう? その際にボロが出たら困る」


「そうですね。ララに口裏を合わせてもらうよう、私から伝えておきます」

「うん、頼んだよ」








***

ララに負けず劣らず嘘が下手なフィンさん。

そして世の中には「嘘から出た誠」という言葉もありましてですね……(中指で眼鏡クイッ!

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