第67話 つ、妻!?!?!?!?!?(フィンセント視点)
「教えられない、とは一体どういうことですか!」
目の前ではエルピディオ大神官が、国王陛下にもためらうことなく吠えている。
――ここは王宮、謁見の間だ。
国王陛下への取次ぎを要求してきた大神官は、その足でまっすぐ王宮へとやってきた。
とはいえ、国王陛下への謁見は許されても、ララが勇者であるという最重要事項は彼には明かせない。
「言葉の通りだ、大神官よ。教えられぬということは教えられぬということ。それ以上でもそれ以下でもない」
一方の国王陛下は、嚙みついてくる大神官に動じることなくひょうひょうと答えている。
威圧することなく、それでいて媚びへつらうこともなく、ただ淡々と事実を述べる。怒りをあらわにしている大神官とは反対に、国王は余裕たっぷりだった。
長年一国の王を務めているだけあって、その対応の仕方はさすがだった。
勢いをそがれたエルピディオ大神官がぐぬぬと唸る。
「陛下がここまで言うなんて、一体あの女性に何があるというのです……!? 《治癒》スキルを持っていること以外は、ただのどこにでもいる女性にしか見えませんでしたが……!?」
大神官の言葉に私は目を細めた。
……確かにララは、親しみやすい外見をしているからな。
一見すると、ただの心優しく美しい可憐な女性にしか見えないのも無理はない。
私ですら、彼女が聖剣を振るっているのを見るまでは、彼女が勇者だなんて夢にも思っていなかったのだから。
「それとももしや、《治癒》スキル以上にすごいスキルを持っているのか? だが私の読みが外れるなどありえない……。だとすると、《治癒》スキル以外にも何かスキルを持っているのか……? だがそんなひとりの人間が複数のスキルを持っているなど、聞いたことがないぞ」
まずい。
エルピディオ大神官が核心に踏み込みかけている。
どうにかして彼の気を逸らさなくては! だがどうやって……!!?
私が必死に考えていると、そばで様子を見守っていたオリフィエル兄上が口を開いた。
「あーエルピディオ大神官? まぁすべてを君に説明することはできないのだけれどね、言える範囲でなら、教えてもいい部分はあると思うんだよね」
「ぜひ聞きたい!」
もちろん、エルピディオ大神官はすぐさま食いついた。
……? 兄上は何を言う気なんだ……?
私がじっと見つめる前で、兄上はちらりと国王陛下を見た。気づいた国王陛下がこくりとうなずく。
かと思うと兄上は一歩進み出た。それからコホン、と咳ばらいをする。
「これは本当に内々の内々の内々の話だから外に漏らさないのでほしいのだが――実は、ララローズ・コーレイン男爵令嬢は、フィンセントの妻に迎えようと思っているんだ」
なっ!?
つ、妻!?!?!?!?!?
ララが、私の妻!?!?!?!?!?!?!?!?!?
兄上の発言に一番度肝を抜かれたのは、他でもない私だった。
「あ、兄上! それはどういう!?」
思わず『殿下』ではなく『兄上』と呼んでしまったが、気にしている余裕はなかった。それぐらい動揺していたのだ。
だが兄上は私の方を見ると、ぱちんとウィンクをしてみせただけだった。これは『お前は黙っていろ』という合図だ。
いろいろと聞きたい気持ちをこらえて、ぐっと言葉を飲み込む。
兄上の言葉に、大神官が眉をひそめる。
「妻……? なるほど? つまり彼女――ララローズ殿はフィンセント殿下の妻になるから、聖女としては働けない、と?」
「そういうことだね」
けろりとした顔で、兄上は噓八百を言っている。
………………噓八百、だよな?
まさか本当に、ララを私の妻に据える気なのか……!?
だが先ほど、兄上はウィンクをしていたぞ!? この場で出た嘘……だよな!?
冷静に駆け引きを続けている兄上たちの目の前で、私はひとり混乱していた。
頭の中で〝妻〟という言葉がぐるぐると回り続けているのだ。
「確かに、王族となる女性を聖女として連れ出すことはできない。……だが!」
クイッ! と中指で眼鏡を押し上げながら、大神官は続けた。
「その結婚というのは、具体的にいつの話でしょうか! 貴族の結婚、特に王族の結婚ともなれば、通常婚約期間は年単位にもなるはず! であればその期間中、《治癒》スキルを腐らせておくのは人類にとっての損失! たとえ嫁入りまでの期間限定だとしても、ララローズ殿を聖女として招集するべきだと僕は思います!」
あくまで、ララを聖女としてこき使いたい意思は変わらないらしい。
兄上はおっとりと答えた。
「でも……期間限定だとしたら、それってずいぶん割に合わないんじゃないかな? 聖女を育てるにしてもその間の生活費がかかるし、聖女として芽が出る前に結婚となったら、それこそすべて無駄になるのでは?」
どうやら兄上は、金銭面の方から大神官を攻めることにしたらしい。
確かに、エルピディオ大神官は守銭奴だと有名だからな……。
なんでも、上位の神官たちに割かれていた予算を半分以上削減して悲鳴を上げさせたり、貴族たちの祈祷などは平民の十倍以上の金額を取るようになったりして非難ごうごうだという話も聞いた。
それでも不思議と指示されて今の地位についているあたり、うまくやっているようだが……。
そんな彼に『ララを期間限定で登用することは金の無駄になるぞ』と、兄上は遠回しに言っているのだ。
――だが我々の予想とは反対に、大神官はまったく気にする様子なく言った。
***
嘘八百……………………ですよね?
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