第66話 なんて眼力と圧が強い人なんだ……!

「フィンさん……!」


 食堂に現れたフィンさんの姿を見て、今日ほどホッとしたことはないと思う。

 そんなフィンさんの後ろには、今日の常駐担当の騎士さんがいた。

 どうやら先ほどの騒動の間に、フィンさんを呼びに行ってくれていたらしい。

 騎士さん本当にありがとう!


「チッ……聖騎士団のフィンセント団長か」


 エルピディオさんが舌打ちした。

 先ほど『たかが一介の騎士が、僕に意見をする権限があるとでも?』と言っていたけれど、どうやら騎士団長であるフィンさんのことは無視できないみたいだった。

 険しい顔で、フィンさんが一歩進み出る。


「いつかこの日がくると思っていたよ、エルピディオ大神官。君からずっとララを隠し通せるとは思っていなかったからね」


 どうやらフィンさんは、覚悟の上だったようだ。

 エルピディオさんが鼻で笑いながら、尊大に言い放つ。


「ふん。その上であえて、ずっと黙っていたということか。聖騎士団たるもの、それはずいぶんと職務怠慢ではないかね? 《治癒》スキルは聖女として役に立ててこそだと、君も知っているはずだろう?」

「もちろん知っているとも。だが彼女は特別なんだ。これを見ろ。国王直々の勅書だ」


 言いながら、フィンさんは服の中から筒状に丸められた紙を一枚取り出した。

 紐を解き、くるくると広げてエルピディオさんに見えるように掲げてみせる。


「ここには、『ララローズ・こーレインを無理矢理大神殿に連れていくことを禁ずる』と書かれている」

「何っ!?」


 その言葉に、エルピディオさんが動揺の声を上げた。


「バカな! 国王が聖女に関して口を出してくるだと!? 前代未聞だ! これは我々の管轄だ!」

「だから言っただろう。彼女は特別なんだと」


 言って、フィンさんが挑むようにエルピディオさんを見る。

 けれどエルピディオさんも負けていない。自分より背の高いフィンさん相手に、ぎろりと下から睨み上げている。


「なら何が特別か教えてもらおうか!」

「それは残念ながらここでは言えないし、君に知る権利もない」

「なんだと!?」


 ふたりのやりとりを、私はハラハラしながら見ていた。


 というか、フィンさんが言っている『彼女は特別』ってなんのことだろう……?

 うすうす思っていたけれど、もしかしていっぱいスキルを覚えられるって、やっぱり普通のことじゃないのかな……!?


 私はごくりと唾を呑んだ。


「それよりもここは食堂だ。私たちが騒いでいては営業の邪魔になる。どうしても納得いかないというのなら、一度国王陛下からじきじきに話を聞くといい。それとも、大神官はまだここで罪なき民の邪魔をしたいと言うのか?」


 フィンさんの冷静な問いかけに、エルピディオさんはチッと舌打ちをした。


「……それは一理あるな。どのみちここでは今以上のことを聞き出せそうにないし、ならばここは君の案に乗ろうではないか。国王陛下への取次ぎを要求する!」


 様子を見守っていたドーラさんがぽつりとこぼす。


「要求するって、これまたずいぶん態度のでかい聖職者がいたもんだねぇ……」


 リナさんも隣でうんうんとうなずいている。

 一方、フィンさんは冷静だ。


「わかった。ならばその通りにしよう」


 フィンさんのその言葉に、ようやくエルピディオさんは納得がいったらしい。

 私から目を離すと、フィンさんの方に向かって歩いていった。

 そんなエルピディオさんを確認してから、フィンさんが私に向かってうなずいてみせる。

 私もしっかりとうなずき返した。

 フィンさん、助けてくれてありがとう……! という気持ちをこめながら。

 やがてふたりが食堂を出る直前、エルピディオさんがくるりとこちらを振り向いた。

 かと思うと、ビッ! と私を指さしながら、大きな声でこう言ったのだった。


「だがこれで諦めたとは思わないでくれたまえよ! ひとりでも多くの聖女を大神殿に連れていく。これは私の生涯の仕事であり、神より課せられた使命でもあるのだ!」

「はっはいっ!」


 その勢いに押されて、思わず私は返事をしていた。


 エルピディオさん、騎士さんやお客さんたちみたいに筋肉ムキムキというわけじゃないのに、なんて眼力と圧が強い人なんだ……!

 やがてフィンさんとともにエルピディオさんの姿が消えてから、ドーラさんが「やれやれ」と息をついた。


「噂には聞いていたけど、実際に会ってみて驚いたねぇ。あんなのが聖職者なのかい」

「セシルぅ、昔お客さんに聞いたんだけどぉ、どうもあの神官さんはぁ、『辣腕』とかぁ、『ごうつくばり』とかぁ、『どケチ』って言われてるみたいだよぉ」

「辣腕はともかく、残りふたつの呼び名は聖職者としてどうなんだい……」

「でもさ、ララはどうするの?」


 リナさんが私を見た。


「今回はなんとかフィンさんが収めてくれたけど、さっきの感じからしてまだ全然諦めてなさそうじゃない?」

「そうなんですよね……」


 私はうーんとうなった。

 先ほど、去り際のエルピディオさんに思いきり宣言をされてしまったのだ。

 しかも『神様に課せられた使命』なんていう、特大激重感情付きで……。


「困ったなぁ……」


 もしまた来たら、なんて言って断ったらいいだろう……。

 私は唸りながら、また調理へと戻っていったのだった。






***

実はフィンさん、ララが《治癒》スキルの話をした日からこの日が来ると思ってとっくに勅書を用意していました。

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