第65話 力 is パワー

「おい、いい加減にしろよ小僧」

「むっ?」


 声をかけてくれたのは、常連のお客さんだ。


 近くの鍛冶屋を営む親方で、腕の筋肉をムキッ! と張らせながら怖い顔で腕組みをしている。


「黙って聞いてりゃ、好き勝手言ってくれるじゃねぇか。確かに聖女の仕事は尊いもんだが、料理人だって負けちゃいねぇ! ララちゃんのうまいメシがあるからこそ、俺たちは毎日頑張れるんだぞ!」

「親方の言う通りだ!」


 さらにもうひとり、常連のお客さんが立ち上がった。

 郵便屋さんとは思えないムンッ! とパツパツに張った太い腕を腰にあてて、威嚇するようにエルピディオさんを睨んでいる。


「ララさんのおいしいごはんでどれだけの人が救われたと思っているんです!? おいしいごはんこそ、毎日の活力! それをバカにするあなたは、聖職者の風上にもおけませんね!」

「あたしもそう思う!」


 次に身を乗り出したのは、隣に立つリナさんだ。


「この世にね、ごはんを食べずに生きていられる人なんていないんだよ! 赤ちゃんも子どもも大人も、みーんなごはんが必要なの! それってつまり、命を助けるってことだと思わない!?」


 言って、リナさんはなぜか伸ばした腕をぐっとまげて、力こぶを作ってみせた。


「そうだそうだ! うちのララをなんだと思っているんだい!」

「ごはんをバカにするな!」

「おいしいごはんは大正義でぇ~す!」

「ララちゃんに謝れ!」


 他のお客さんたちも、次々と立ち上がっている。その中にはおじいちゃんや、おねえさんの姿もある。


「みなさん……!」


 その光景に、私はじんと胸が熱くなるのを感じた。


 ……でもなんでだろう。


 胸を熱くさせながらも、私はとある違和感に気づいていた。


 ……みんな……なんでみんな、言いながらそれぞれ思い思いの筋肉強調ポーズを取っているんだろう……?


 親方さんは腕組みから両腕を腕に上げてガッチリした筋肉を見せつけているし、郵便屋さんも腰にあてた手を宙に浮かせ、拳を体の内側に曲げてムキリとした筋肉を浮き上がらせている。

 そしてリナさんも、セシルさんも、他のお客さんたちも……。

 特にそこで、腕や胸の筋肉を見せつける必要はないと思うのだけれど……?


「なっ、なんなんだ君たちは!」


 たくさんの筋肉――もとい人に囲まれて、さすがのエルピディオさんもたじろいでいる。


 ……その気持ち、ちょっとだけわかるよ。

 だって、食堂にいるみんな、すっごくムキムキになってしまったもんね……!

 ぷろていんパンケーキのせいとはいえ、威圧感、半端ない。


 あとついでにもうひとつ言うと、最近この辺り一帯の治安が爆上がりしているんだけれど、それはフィンさんたち聖騎士団が常駐してくれるようになったからだけではない。


 実は……食堂に来るお客さんたちの〝筋肉〟だ。

 ぷろていんパンケーキがすっかり定着してしまったせいで屈強なおじさんたちのみならず、屈強なお兄さん、屈強なお姉さん、屈強なおばさんに屈強なおじいさんに屈強なおばあさん、果てや屈強な子どもまでがこの辺りを平然と歩いているんだもの。

 その異常な光景たるや……!

 ペトロネラさんだって、この間ウキウキでこう言っていたくらいだった。


「最近街中を歩いている人が、どの方もみんな強そうすぎますわね。おかげで『花の都亭』に暴漢が寄ってこないし、お客様たちもみんないい子にしてくれるから本当に助かりますわ」


 暴漢がお年寄りに襲い掛かろうものなら、逆にお年寄りにこてんぱんにのされる。

 それがこの辺り一帯の現実だった。


 クイ! と中指で眼鏡を押し上げながら、それでもエルピディオさんが強気に言う。


「せ、聖職者を脅そうとは大した度胸だな! だが僕は暴力には屈しないぞ! 大神官に暴力をふるっていいと思っているのか!」

「いや別に誰も暴力をふるおうなんて思っていないが?」


 言いながら、親方さんがポーズを変えてムキッ! と胸の筋肉を見せつける。


 ……今の、ポーズを変える必要あったかなぁ……?


「とにかく! ララといったな? この女は聖女として大神殿が預かる! 君たちにが何を言おうと無駄だ! 大神殿にはその権限がある!」


 うわあ! 話がまたそこに戻っちゃった!

 ど、どうしよう……!

 そこへ、ずっと様子を聞いていたらしいリディルさんの声が響く。


『ララ、この男、わたくしが斬ってしまいましょうか?』

「それはだめえええ!!!」


 リディルさんにお願いしたら食堂が殺人現場になってしまう!!!


『大丈夫です、一瞬ですよ。それにもしララがお望みなら、血を流さずに一刀両断することもできます。ベアウルフのことをお忘れですか? わたくしにかかれば造作もないことです』


 リディルさん、すっごい自信たっぷりに言い放っているけど、全然解決になっていないから!


「なんだと!? 君に拒否権はない!」


 リディルさんに向かって言った言葉を、エルピディオさんが自分に言われた言葉だと勘違いして詰め寄ってくる。


「あっあの! 違うんです!」

『ララ! 恐れずに勇気を持つのです! 時には暴力で解決することも必要だと思います! 力 is パワーだと、誰かが言っていました!』


 さらにそこへ、リディルさんも詰め寄ってくる。


 というかリディルさん、思想が過激派すぎませんか!?

 男性とは別の意味で対処に困るよぉおお!!!

 助けて、フィンさん……!!!


 と、その時だった。


 たったったっ! と足音が聞こえたかと思うと、


「そこまでだ!」


 というフィンさんの声が聞こえてきたのだ。






***

大神官も多分れべるあっぷ食堂にやってくる途中、「なっなんだこの辺りの人間は……!なぜみんな揃いも揃って筋肉むきむきなんだ!?」ってびっくりしていたに違いありません。ドーラさんは密かに「べるあっぷ食堂から筋肉食堂に改名すべきか……?」と悩んでいたこともありました。

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