第64話 エルピディオ……大神官?
――そうして数日。
れべるあっぷ食堂は常駐の騎士さんを迎えつつも、それ以外はいたっていつも通りの営業を続けていた。
「いらっしゃいませぇ」
セシルさんの明るい声に、パンケーキを焼いていた私はちらりと食堂の入り口を見る。
そこに立っていたのは、初めて見る男のお客さんだ。
最近はれべるあっぷ食堂に来るお客さんもだいぶ顔なじみが増えてきたから、御新規さんはすぐにわかるのだ。
男の人は、フィンさんと同い年ぐらいか、少し年下ぐらいかな?
少しグレーがかったくすんだ水色の髪は、男の人にしてはめずらしいおかっぱだ。分厚い眼鏡の奥は、意外と整った理知的な顔立ちをしている。
その人は黒地に金模様が入った長いローブを着ていた。
……あれ? あのローブの形、どこかで見たことがあるような……?
考えながらも、私はまたパンケーキに目を戻した。
今は目の前の料理が一番大事だもんね。
うん、いい焼き加減。
私がぽんっとパンケーキをお皿に載せていると、セシルさんが案内する声が聞こえた。
「こちらのお席にどうぞぉ。注文はこちらのメニュー表からお選びくださぁい」
「いや、僕は客ではない。邪魔するぞ」
「えっ。あっあの、お客さぁん?」
焦ったセシルさんの声。
私が何事かと顔を上げると、眼鏡をかけたお客さんはわき目もふらずにずんずんと私に向かって歩いてきている。
えっ。どうしたんだろう?
私は念のため、そばでパンケーキを見守っていたキャロちゃんをサッとポケットの中に隠した。
その人は私の前まで来ると、中指で眼鏡をクイッ! と押し上げた。
「君はここの店主かね!!?」
「い、いえっ! 違います!」
店主はドーラさんで、私はただの料理人です!
けれどそう返事をする前に、男の人はまたまくし立てた。
「なら都合がいい! 聞くが、君は《治癒》のスキルを持っているだろう!」
ギラリと、眼鏡の奥で黒い瞳が光った。
…………えっ! えええ!? な、なんで初めて来たこの人が知っているの!?
確かにうっかり食堂内で《治癒》スキルの話をしたことがあるけど、みんな内緒にしてくれると言っていたし……!
「ななななななんっ、なんのことでひょっ……なんのことでしょう!?」
私が噛みながら答えると、隣に来たリナさんが「あちゃー」と手で額を押さえた。
「ララ、さすがにそれは動揺しすぎだよ……。嘘ですって認めたようなものじゃん」
「ララちゃんはぁ、本当にぃ、嘘つくに向いてなぁい」
うっ。ですよね……。
当然、眼鏡の人も騙されてはくれない。
「この僕を前に、隠し事は無駄だ! それよりも《治癒》スキル持ちならば君もわかるだろう! 今すぐ僕と一緒に大神殿に出向き、聖女になるよう命ずる!」
「えっ! えええ!?」
今度は叫びが声に出た。
見知らぬ男の人が突然やってきたと思ったら、まさか聖女になれと命令されるなんて!
どっ、どうしよう!
私があわあわしていると、今日の常駐担当である騎士さんが駆けつけてきた。
「君! 突然やってきて何を言い出すんだ!」
た、助かった……! 騎士さん、私の気持ちを代弁してくれてありがとう!
けれど眼鏡の人は、すごんだ騎士さんにもひるまない。それどころか、険しい瞳でぎろりと騎士さんをねめつけたのだ。
「君は黙っていたまえ! たかが一介の騎士が、僕に意見をする権限があるとでも?」
「権限……? あっ!」
そこで騎士さんは何かに気づいたらしい。目が驚きに大きく見開かれる。
「あなたはもしや、エルピディオ大神官!?」
エルピディオ……大神官?
あっ!
その時になって私はようやく気付いた。
この人が着ているローブ、どこかで見たことがあると思ったら、教会の神官さんが着ていたローブと似ているんだ!
教会の神官さんは黒地に金ではなく白地に黒だったけれど、ローブに描かれているラインが実はみんなオリーブの枝になっているのだ。そして目の前の男の人のローブに描かれているのも、オリーブの枝だった。
「ふん。やっと気づいたようだな。そうだ、僕がエルピディオ大神官だ」
中指で眼鏡をクイッ! と上げながら、エルピディオ大神官と名乗った男の人は尊大に言った。
常駐の騎士さんがぐっと言葉を詰まらせる。
そこへ、リナさんがこそこそと私にささやいた。
「ねぇもしかして……前に騎士団の人たちが言っていた大神殿の人じゃない? ほら、大神殿の人って《治癒》スキル持ちを見つけては連れて行くんだよね?」
「あっ!」
確かに、フィンさんがそんなことを言っていた気がする!
『大神殿は《治癒》スキル持ちを決して放っておいたりはしない。恐らくどんな方法を使ってでも、君を連れて行こうとするはずだ』
と。
だからこそ、みなさんに私の《治癒》スキルのことを内緒にしてもらっていたんだ!
ということはやっぱり、この人は私を連れていくために大神殿から来た人なの!?
その時、私の脳裏にまたフィンさんの言葉がよみがえっていた。
『その代わり、君は一生『聖女』として生きることになり、『聖女』以外のことはできなくなる。食堂で働くこともきっと許されない』
ひっ、ひえええ!!!! 連れていかれたらもう食堂に帰ってこれないってことだよね!?
「しっしっ知りません! 《治癒》スキルなんて、使ったことありません!」
……一応嘘はついていない。
だって、私の《治癒》スキルはあくまで自動的に料理に付随するおまけみたいなもので、《治癒》スキル単体を意図的に発動させたことはないもの。だから使い方を知らないのは、本当なの。……多分。
けれど私の言葉を、エルピディオさんはフン! と鼻で笑っただけだった。
「使い方を知っているかどうかなど関係ないね。なぜなら、多くの聖女は自分が《治癒》スキル持ちだと僕に言われるまで知らない人も多かったんだ。使い方など、後からいくらでも覚えられる!」
うううっ! 知らんぷり失敗!
「でっですが、私はこの食堂の料理人です! 私はこの食堂が好きなので離れたくありません!」
「君はバカかね? たかが一介の料理人と人の命を救う聖女、どちらがより世のためになる素晴らしい職業だと思っているんだ?」
うっ、ううう!
私は料理人というお仕事が大好きだけれど、人の命を救う聖女のお仕事とは比べられたら……。
私が言葉に詰まっている時だった。
食堂にいたお客さんがガタンと席から立つと、エルピディオさんに向かってこう言ったのだ。
***
ララは嘘つくと目が泳ぐうえに噛み噛みになるので、致命的に嘘が下手。
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