第60話 『寂しがりの王がいた』

「マンドラゴラキングってなあにい?」


 セシルさんの明るい声が聞こえる中、私はあわててキャロちゃんを手に抱き上げた。


 それから顔を上げてみれば、フィンさんやラルスさんらが驚いた顔でテオさんを見ている。気付いたテオさんが、困惑したように大きな声をあげて唾を飛ばす。


「マンドラゴラキングと言えばマンドラゴラキングだろ! ……まさかお前ら、誰も知らないなんてことないよな?」


 けれどテオさんの言葉にうなずく人はいない。テオさんは助けを求めるように、フィンさんの方を向いた。


「フィンはどうだ? 勤勉なお前なら書物で読んだことがあるんじゃねーか?」

「確かにマンドラゴラキングの名前自体は見たことあるが……書かれていたのは、『真なる姿は不明』という一文だけだ。逆にテオは、なんであれがマンドラゴラキングだと思ったんだ?」


 今度は聞かれたテオさんがうろたえる番だった。


「なんでってそりゃ……俺んちのじいさんが歌ってたからだよ」


 テオさんの、おじいちゃん?


 私はリナさんたちと顔を見合わせた。そこにラルスさんの声が聞こえる。


「テオさんのおじいさんっていったらアレっスよね? テオさんに見た目がそっくりで、通称“グリズリー将軍”って呼ばれている、あの」


 グリズリー将軍。

 なんだか強そうな通り名に私はごくりと唾をのんだ。

 一方のテオさんは、助け船が差し出されたとばかりにラルスさんの言葉にうなずく。


「そうだ。まだ俺がちっちゃい頃に、じいさんが『マンドラゴラには王様がいるんだ』って歌を聞かせてくれたんだよ。見てみろ。お嬢ちゃんが抱えているそいつ、なんか泣きそうな顔をしているだろう?」


 その言葉に、みんなの視線が一斉にキャロちゃんに集まる。


「ぴきゅ……ぴきゅぃ……!」


 注目されたキャロちゃんがふるふると身を震わせ、私の手にしがみつく。大きな瞳には大粒の涙が浮かんでいて、私はそっと手の平でキャロちゃんの顔をみんなから隠すように覆った。その拍子に、わさわさとはみ出たキャロちゃんの葉っぱが揺れる。


「おい、今鳴いたぞ。やっぱアレ生きているんだ……」

「鳴いてたし、泣きそうだったな」


 ひそひそと囁く声が聞こえる中、テオさんが続けた。


「そんなマンドラゴラ初めて見たし、じいさんが昔言ってたキングの風貌にそっくりだったから、俺ぁ見た瞬間『マンドラゴラキング』だと思ったんだが……みんな本当に知らねーのか? 歌も聞いたことない?」


 その場にいるみんなが、ふるふると首を振る。

 フィンさんやラルスさんはもちろんのこと、食堂のお客さんたちもみんなが不思議そうな顔をしており、マンドラゴラキングの話も歌も、よく知られているわけではなさそうだった。


「あの、テオさん。それはどんな歌なんですか?」

「よし、じゃあみんな耳の穴かっぽじってよーく聞けよ」


 言うなり、テオさんがすうううっと大きく息を吸う。

 すぐさまムキッとテオさんの胸筋が盛り上がったと思った次の瞬間、食堂内に朗々とした歌声が響き渡った。


 ――その歌声はテオさんの荒々しい外見とは裏腹に、とても柔らかく、美しいものだった。


「うそぉ?」

「テオさん……超美声じゃん!!!」


 リナさんとセシルさんが叫ぶ横で、私とドーラさんは驚きにぽかんと口を開ける。


 そんな私たちには構うことなく、テオさんが腕を広げて堂々と歌った。

 吟遊詩人の歌を思わせる優美な旋律が、豊かなバリトンボイスに乗って食堂内に響き渡る。


『寂しがりの王がいた

森の中で一人泣いていた

「友が欲しい」と彼は叫んだ

その声が響いたのは深い夜


王は口付けを落とす

芽生えた種から生まれた怪物に

王はまた涙を落とした


マンドラゴラキングと呼ばれた怪物は

寂しさを埋める「友」を求めた

しかし彼は得られない


マンドラゴラキングは

涙を流し森に還る

いつかできる友を夢見ながら』


 ――テオさんが歌い終わると同時に、食堂内にワッ! と拍手と称賛の声が湧き上がった。キラキラ目を輝かせたお客さんたちが、惜しみない拍手を送りながらテオさんを褒めたたえる。


「すっげえな兄ちゃん! お前さんそんなナリして、とんでもなくいい声してるじゃねえか!」

「初めて聞く歌だが、なんか哀愁があって……俺ちょっと涙ぐんじゃったよ!」

「テオさん、すごいです!!!」

「テオ様……しゅてき……」


 私とリナさんが猛烈に拍手するそばでは、腰砕けになったらしいセシルさんが地面に座り込みながら、目をハートにしてテオさんを見上げていた。

 テオさんがガハハと笑う。


「ん? そうか? 普通に歌っただけなんだが、褒められると嬉しいものだなあ」

「テオはよく歌うから騎士団の間では有名なんだが……そういえばララがいた時には一度も歌っていなかったな」

「テオさん、普段はガサツっスけどそこは腐っても貴族というか、音楽やらせるとすごいんスよね」

「腐ってもとはどういうことだ腐ってもとは」


 ラルスさんの言葉に、テオさんがガシッとラルスさんの頭を掴む。


「いてっ! ちょ、やめてくださいよテオさん! マジで痛いんですって!」

「だが……テオの歌声は聞いたことがあっても、その歌は本当に初耳だぞ」


 うーむ、とうなるフィンさんの言葉に、テオさんが思い出したように「あ」と声を上げた。


「そういや今思い出したんが……この歌はじいさんの作詞作曲かもしれん」

「ええっ!?」


 ざわっと、その場にいるみんながまたどよめく。


「いやー。考えてみれば、じいさんはよく出会った魔物の歌を自分で作っていたんだよなあ。ありきたりな魔物の歌も多いから、てっきりマンドラゴラキングもよく知られているのかと……」


 ぼりぼりと頭をかくテオさんに、焦った様子のフィンさんが身を乗り出す。


「マンドラゴラキングは先ほども言った通り、書物には名前しか載っていない。歌の内容が本当なら、これは大きな発見になるぞ!? テオの祖父殿は、それを上に報告しなかったのか!?」

「あー。じいさんは俺と同じで、そういう細かいことには興味がないからなあ。寝る、食う、戦う。それ以外は何も考えちゃいねえよ」

「確かにグリズリー将軍なら、そういうことやりそうっスね……」

「そうだな……」


 がっくりとうなだれるフィンさんを見てから、私はそっと自分の手に視線を落とした。キャロちゃんが気になっていたのだ。


 けれど、こんなにたくさんの人間を前にてっきり怯えているかと思ったキャロちゃんは、私の手によじのぼって顔を出していた。

 それどころか目をキラキラと輝かせて、「ホーッ! ホーッ!」と興奮したように息を吐きだしている。

 その瞳はテオさんに向けられていて、怖がるどころか、ちょっと尊敬のまなざしに見えなくもない。


 なんでだろう? もしかしてキャロちゃん……テオさんの歌が気に入ったの?


 うっすらとだけど、キャロちゃんには人間の言葉がわかる。だったら、歌だってわかるのかもしれない。


 それにしてもこのキャロちゃんが、本当にテオさんの言っていた『マンドラゴラキング』なの……?


 私はじっ……とキャロちゃんを見つめた。

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