第59話 そそっ、それはですね……!

 翌日。『れべるあっぷ食堂』では通常メニューのほかに、特別メニューとして『マンドラゴラ野菜を使用する』も選べるようになっていた。


 ……うん、あの、どうやってマンドラゴラ野菜を調達したのかは、深く聞かないでほしい……。


 私はそっと浄化済みマンドラゴラの山から顔を逸らすと、厨房の奥で水浴びをしているキャロちゃんを見た。


 ピクルスを漬ける用の分厚いガラス瓶の中、キャロちゃんはたっぷりと入れた水でちゃぷちゃぷ遊んでいる。


「ぴきゅぅ」


 ここ数日観察していてわかったのだけれど、どうやらキャロちゃんは物を食べるのではなく、主にお水から栄養を摂取するらしい。元が野菜だけあって、そこは普通の野菜と一緒なのかな?


 井戸水はもちろん、私の《下級水魔法ウォーターボール》で出したお水でもいいらしく、少なくとも私といれば、キャロちゃんはくいっぱぐれることはなさそうだった。


「ぴきゅっ! ぴきゅっ!」


 ……ふふ、かわいいなあ。


 私は瓶の中で手をちゃぱちゃぱさせているキャロちゃんを見て微笑んだ。


 キャロちゃんに言い聞かせたからなのか、それとも私のそばにずっといるからなのかはわからないけれど、最初の夜以降、キャロちゃんが勝手にマンドラゴラを増やすことはない。


 私が食堂で料理をしている間も、瓶や植木鉢の中など、目の届く範囲で遊んでくれる。おかげで私もある程度安心してお仕事ができた。


 とは言え、ずっと食堂内に閉じ込めていてもかわいそうだ。それなら次のお休みの日には、キャロちゃんを連れてピクニックにでも行こうかな?


 あ、でも次のお休みは、またフィンさんに屋台の食べ歩きをしようと誘われていたんだった! キャロちゃんを連れて行くなら、ちょうどいいし、フィンさんにも話しておかないと。


 思い出して、私はちらりと食堂内にいるフィンさんを見た。

 彼はいつも通り、テオさんとラルスさんの三人組で食べに来ていて、姿勢よく美しい所作でぷろていんパンケーキを切っている。


 その隣ではセシルさんがテオさんに一生懸命話しかけていて、テオさんが困ったようにぼりぼりと頭をかいていた。

 とは言え、最近はテオさんもだいぶセシルさんに慣れてきたらしく、困りながらも態度が少しくだけてきている。


 ふふっ! あのふたりもいい感じに近づいてくれるといいな……!


 どうやらセシルさんのテオさんへの想いはかなり本気のようだ。

 この間リナさんがからかうつもりで聞いた瞬間、なんと三時間も『テオ様の筋肉がいかに素晴らしいか』について語られてしまったのだ。


 ドーラさんは早々に自室に逃げ帰ってしまったし、リナさんは途中から完全に寝ていたけれど、その間テオさんのことを語るセシルさんの瞳は、ずっときらきらきらきらとしていた。


 それは恋する女の子! って感じですごく眩しかったし、聞いている私の方がドキドキきゅんとしてしまったの。恋の力って、本当にすごい。


 私はセシルさんはもちろん、テオさんもとても好きだから、密かにあのふたりがうまくいけばいいなと思って、こっそり応援しているのだ。


 ……といっても、恋のなんたるかについてはセシルさんの方がよっぽどわかっているから、私は見ているだけなんだけれど……!


 そんなことを思いながら、私はじゅーじゅーとお肉を焼き、ちらりとキャロちゃんの方を見た。


 ……ん!?

 いない!!!


 けれど、さっきまでキャロちゃんが泳いでいたはずの瓶は、ちゃぷちゃぷ揺れる水だけを残して、空っぽになっていた。


 し……しまった! 安心しすぎて、目を離しすぎた!


 私は慌てて厨房中に視線を走らせた。調理台の上には姿が見当たらず、かがんで床や道具の隙間、食材の隙間を探してみるものの、やっぱりいない。


 嘘!? キャロちゃんどこ!? まさか天窓から……!?


 食堂の壁の高い位置には、換気用の小さな窓がついている。

 けれどあそこは私が背伸びをしてやっと届くぐらいの位置だし、辺りに足場はないから、キャロちゃんがとんでもないジャンプ力を発揮しない限り自力では届かないはずだけれど……。


 あれ!?

 でも、そういえばマンドラゴラ化した野菜たち、結構なジャンプ力でぴょんぴょんしていた気がする! キャロちゃんも一見大人しいけれど、もしかしたら本気出したら、あれくらい簡単に届くんじゃ……!


 思い出して、私はサーッと青ざめた。


 どど、どうしよう! とりあえずドーラさんたちに伝えないと……。


 私がわたわたと食堂の方を向いた時だった。


「……ん?」


 厨房と客席を隔てる低くて長い机、通称カウンターテーブル。

 そこに出来上がった料理を載せると、リナさんやセシルさんがお客さんのもとに運んでくれるし、目の前に座っているお客さんは自分で取ってくれるんだけれど……。


 そのカウンターテーブルの先っちょに、キャロちゃんがひとりで、ちょこーーーんと座っていたのだ。


 わ……わああああ!!!


 うっかり叫びそうになって、私はあわてて自分の口を押えた。


 キャロちゃんはテーブルの縁に座り、ぴくりとも動くことなく、じぃぃいっと食堂内を見つめていた。丸いつぶらなおめめが、好奇心でキラキラと輝いている。


 どどどど、どうしよう!?

 フィンさんたちにはキャロちゃんのことを話すつもりだったとは言え、食堂のみんなにお披露目は、さすがに考えていなかったよ!?


「ん? なんだありゃ。食堂でぬいぐるみなんて飾るようになったのか?」


 しかも、近くにいたお客さんがキャロちゃんに気付いてしまった!


 そりゃ、オレンジ色の体だもの。葉っぱもふさふさしているもの。目立つよね!


「そそっ、それはですね……!!!」


 あわてすぎて声が裏返ってしまった。


 異変に気付いたドーラさんとリナさんも、こっちを見てぎょっとした顔をする。咄嗟に私は、目で「どうしましょう!?」と助けを求めた。


 すぐさまドーラさんがすっ飛んでくる。


「ははは! あたしとしたことが、孫へのプレゼントを片づけ損ねてしまったみたいだね!」

「あれ? ドーラさん孫なんていましたっけ?」

「うるさい。たった今できたんだよ」

「えっ」


 ドーラさんも、相当焦っているらしい。言ってることが支離滅裂だ。

 そのままドーラさんはぐわっと手を伸ばしてキャロちゃんを捕まえようとしたんだけれど、それがキャロちゃんを怯えさせることになってしまう。


 ビクゥッ! とキャロちゃんが身をすくませた瞬間、頭の上の豊かな葉っぱがわさわさっと揺れる。


「あれっ? 今そのぬいぐるみ、動かなかった?」


 その声に、フィンさんたちの視線もこちらを向く。


「あはははははおじさんの気のせいじゃなぁい!? やだなあおじさん疲れてるんだよ!」


 今度は額にだらだらと汗をかいたリナさんが、あわてて走ってくる。こうなったら力技で、体全体を使ってキャロちゃんを隠そうとしているようだった。


 よ、よし! 私も手伝わなきゃ! えっと、エプロンを脱いでキャロちゃんに被せればいいよね!?


 わたわたとした手つきで、私は急いでエプロンの紐をほどき始めた。


 ――けれど、次の瞬間。


 そこに巨大な獣の咆哮を思わせる、テオさんの級の叫び声が響いたのだ。


「ああああああああああ!!!」

「きゃあっ!」

「ぴきゅいっ!?」


 すさまじい声量に、食堂内にビリビリとした震えが走る。

 キャロちゃんはびよよよんと飛び上がり、食堂内にいる全員が肩をすくませ耳を押さえた。


「っ……テオ! ここは食堂だ! 声の大きさには気を付けてくれ!」


 痛む鼓膜を押さえながら、フィンさんが苦言を呈する。


「そっスよ! テオさんはもうちょっと、自分の声量がいかにやばいかという自覚をもって――」


 けれどラルスさんが言い終わる前に、テオさんがキャロちゃんをビシィッと指さして、また大きな声で叫んだのだった。


「なんで、がここにいるんだ!?」


 その声に、食堂内がシーン……となる。


 ……へ?


 マンドラゴラ……キング???






====


というわけで \キング/ でした!!!


※絶賛原稿修羅場中に付き1週間に1回の更新をめざしています……!

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