第58話 『マンドラゴラ農場』

「キィエエエエ!!!」


 キャロちゃんのキスによってマンドラゴラ化したニンジンが、奇声を上げながら一番近くにいたリナさんに飛び掛かる。


「うわっと!」


 それを、リナさんがサッと素早い身のこなしで避けた。

 けれどマンドラゴラは諦めず、向きを変えて再度リナさんに噛みつこうとする。


 グオッとすごい勢いで飛んでくるマンドラゴラを見ながら、リナさんはハァとうんざりしたようなため息をつく。


「しつこいなぁもう。ちょっと大人しくしててよね!」


 言うと同時に、リナさんは振り上げた手をシュッと下ろした。

 その動きは手練れた騎士の剣捌きのように素早くまっすぐ、そして正確にマンドラゴラに命中する。


 べちっ! という音とともに、マンドラゴラが地面に叩き落とされた。

 すぐさま、落ち着いた様子のリナさんがマンドラゴラに噛まれないよう、胴体と頭を両手でがっしりと押さえながら持ち上げた。


「こっちは本当に普通のマンドラゴラみたいだね。話なんかできそうにないよ」


 そう言うリナさんの手の中では、マンドラゴラがキィエエエと小さな叫びを漏らしながら、じたじたと足掻いている。

 捕まったマンドラゴラを、ドーラさんやセシルさんも身を乗り出してまじまじと見つめた。


「確かにどこからどう見ても普通のマンドラゴラだねぇ」

「やっぱ、お話しできるキャロちゃんが変なのかなぁ?」


 ちらりと見れば、キャロちゃんはマンドラゴラを見て震えている。

 私はそっとキャロちゃんに聞いた。


「キャロちゃん、どうしたの? こっちの子はおともだち……ではないの?」


 声をかけると、気付いたキャロちゃんがあわてたようにとたとたと駆け寄って来る。手を出してオレンジの体を受け止めてやると、キャロちゃんは必死に私の指にしがみつきながら、ぷるぷる、ぷるぷると首を横に振った。


「なんだか怯えている……?」


 先ほどニンジンに抱き付いた時はとても嬉しそうだったのに、今は逆にマンドラゴラを見て怯え切っている。

 私が心配していると、またリナさんの声が聞こえた。


「ねぇ、こっちのマンドラゴラはキスで仲間を増やしたりしないの?」


 言って、セシルさんが普通のニンジンを、リナさんが捕まえているマンドラゴラに差し出した。

 けれどマンドラゴラはガウガウ! と狂犬のように噛みつくばかりで、差し出されたニンジンがみるみるうちにボロボロになっていく。目の前のものがニンジンだという区別すら、ついていないようだった。


「どうやら、マンドラゴラ化させられるのはキャロ坊だけのようだねぇ」


 ドーラさんの言葉に私はうなずいた。


 あのマンドラゴラの様子からして、キスで野菜をマンドラゴラ化できるのはキャロちゃんだけらしい。多分、ツドミム村の野菜たちもキャロちゃんがマンドラゴラ化させていったのかもしれない。


 もしかしたらマンドラゴラ病そのもののきっかけがキャロちゃんなのかも……? だとしたらこれって、マンドラゴラ病の解明に繋がる結構重要なことなんじゃ……!?


 私がごくりと固唾を吞んで見つめている前では、キャロちゃんがまだマンドラゴラを見つめてぷるぷるぷるぷる震えている。その様子からしてやはり、同類ではあれど、お友達ではなさそうだった。


 マンドラゴラをがっしりと捕まえたまま、リナさんが言う。


「とりあえずこのマンドラゴラどうする? キャロちゃんと違って仲良くはできなさそうだよね」

「そうだねぇ……。こっちはさっさと処理しちまおうか」

「このままあたしがやろうか? 頭を落とせばいいんでしょ? 口っていう裂け目が入っているから、簡単に折れそう」


 言いながら、リナさんがマンドラゴラを握った手にぐぐぐっと力を込める。

 途端にリナさんの細い二の腕に力こぶが盛り上がり、マンドラゴラがミシミシッと不穏な音を立て始めた。


「キェ……」

「ままま、待ってください!!!」


 私は血相を変えて止めた。


 最近セシルさんの活躍に目を奪われてすっかり忘れていたけれど、リナさんも毎日ぷろていんパンケーキを食べてきた人なのだ。鑑定はしていなくとも、見た目だけで言うなら、実はリナさんの方がずっと筋肉美がわかりやすく輝いていたりする。


 多分私が止めなければ、マンドラゴラは一瞬でボキッと折られていただろう。


「一応、キャロちゃんが見ている前なので……!」

「それにララが切らないと、ただのまずいマンドラゴラ病ニンジンになっちまうだろう」

「ああ、そういえばそうだったね! ごめんごめん」


 ぺろっと舌を出しながらリナさんが謝ったのを見て、私はホッと息をついた。


 マンドラゴラとは言え、目の前でバキボキにマンドラゴラが折られるのを見るのは少し気まずい。リディルさんでスパッと切った方がまだマシだと思ったの。


「それじゃセシルさん、キャロちゃんに目隠しをお願いできますか?」

「はぁい。まかえせてぇ」


 私はまだ震えるキャロちゃんを、そっとセシルさんに渡した。


「ぴきゅぅ……! ぴきゅう……!?」

「よーしよし、怖くないよぉ。キャロちゃんはこっち向いててねぇ」


 優しくキャロちゃんを包んだセシルさんが、マンドラゴラを掴んでいるリナさんに背を向ける。これでキャロちゃんの目には何が起こっているか見えないはずだ。


 確認して、私はリディルさんを具現化させた。


「よし……準備完了です!」

「はいよ! どうする? このままあたしが持っていようか? それとも宙に放り投げる?」

「もしかしたらリナさんを傷つけるかもしれないので、私の方に放り投げていただけますか?」

「オッケー、任せて!」


 言うなり、リナさんは捕まえていたマンドラゴラをぽーんっとこちらに放り投げた。

 宙に浮かんだマンドラゴラがクワッと口を開き、そのまま私に噛みつこうとする。


 私は包丁を構えると、まっすぐマンドラゴラを見据えた。


 ――次の瞬間。リディルさんが空気を切り裂く、スパン! という小気味のいい音が響いた。

 かと思うと、ボトリと真っ二つになったマンドラゴラの頭と胴が床に転がる。その色はつやつやとした鮮やかなオレンジ色だ。

 念のため鑑定してみると……。


『ヘシトレ産マンドラゴラ(浄化済):死亡。日持ち残り一週間』 


 うん、ちゃんと浄化されている!


 私はホッとしながらリディルさんを体の中に納める。


 その間にリナさんが、落ちたマンドラゴラの頭と胴をそれぞれ拾い上げながらしみじみと言った。


「うわ~これもすごい綺麗な色。それにしても便利だね。キャロちゃんとララがいれば、浄化済みマンドラゴラが作り放題ってことでしょ?」

「えっ」


 キャロちゃんと私で……浄化済みマンドラゴラを作る???


 目を丸くする私をよそに、ドーラさんも乗っかってくる。


「そうだねぇ。野菜はいつも通り仕入れればいいし、定期的に浄化済みマンドラゴラを使ったマンドラゴラパーティーをやってもいいかもしれないね。お客さんたちも皆うまいうまいって言っていたし」

「えっ」


 私はまたあわてた。


「あ、あの、それってちょっと、キャロちゃん的に、大丈夫なのですか……!?」


 お互い会話はできないようだけれど、仮にもマンドラゴラはキャロちゃんの同胞なのだ。それをキャロちゃんに増やさせて私たちで食べるというのは、残酷なんじゃ……!?


 けれどだらだらだと汗を流す私をよそに、ドーラさんとリナさんが不思議そうに首をかしげた。


「なんでだい? 羊や豚だって一緒だろう? 育てて食べる。牧畜の基本だ」

「うん。何もキャロちゃん自身を食べるわけじゃないし、よかったねキャロちゃん。ペットだけじゃなくて、お仕事の役にも立つじゃん!」


 よかった……のかなぁ!?


 私は目をぐるぐる回しながら、頭の中に浮かんだ『マンドラゴラ農場』という言葉を必死に打ち消した。

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