第57話 大事なのは、原因解明です!

「ぴきゅ……ぴきゅ……」

「わわっ」


 ポケットの中のキャロちゃんがもぞもぞと動き始めたのを感じて、私はあわてて厨房の奥に向かった。


「ララ?」

「リナさんごめんなさい! フィンさんたちのバーニャカウダソースをお願いできますか!? その……ポケットが!」


 エプロンのポケットを押さえる私を見て、リナさんが察したらしい。


「わかった! あとは任せて!」


 とウィンクしたかと思うと、リナさんはフィンさんたちに出すバーニャカウダの準備をしに行く。


 ホッとしながら、私は急いで移動した。

 そしてお客さんから見えない位置にたどりつくのとほぼ同時に、「プハッ!」という声をさせながら、キャロちゃんがポケットからぴょこんと顔を覗かせる。


「もう結構ポケットの中にいたもんね。そろそろ飽きてきたよね」


 囁きながら手を差し出すと、キャロちゃんはその手にすりすりとほおずりをした。まるで人懐っこい猫みたいで、私は思わずクスリと笑う。


「そういえば野生のマンドラゴラって、普段何をしているんだろう……?」


 マンドラゴラは発見したらすぐに頭を落とさなきゃいけないから、普段何をしているかなんて考えたこともない。

 捕まえるためにキラーラビットの生態なら研究観察したけれど、それ以外の魔物はさっぱりだ。


 誰にも見つからなかったマンドラゴラは、どこで何をしているんだろう……?


 私が考えている前で、キャロちゃんはずーっと指にほおずりをし続けている。この子はとにかく人懐っこくて、今まで見てきたマンドラゴラとは大違いだ。


 念のため厨房の奥に用意してあったキャロちゃん用のベッドに入れてみたら、キャロちゃんはそこに腰を落ち着けると、短い腕を伸ばして葉っぱをさわさわと撫で始めた。


 丁寧に丁寧に葉っぱを撫でている様は、どことなく猫の毛づくろいに似ている。


「キャロちゃん、そこで見ていてね。お鍋は熱いから、絶対に触っちゃだめだよ」


 言ってはみたものの、通じているのか通じていないのかわからない。


 とりあえず私は、キャロちゃんの乗ったベッドを自分のそばに置くと、時折横目で見ながら調理を再開した。


 リディルさんを手に取り、まな板のニンジンを切ろうとしてふと手を止める。


 ……真横でニンジン切っても大丈夫かな!? キャロちゃんにとっては野菜って、仲間みたいなものだよね……!?


 人間に置き換えてみれば、目の前で人間がトントン切られている状況だ。


 だ、だいぶ残酷かも……。


 私はくるりとキャロちゃんのかごの向きを変えて、せめて切っているところが見えないようにした。


 そのおかげか、本人は全然気にしていないようだった。

 葉っぱの手入れをしたり、また水を入れたカップの中にちゃぷん……と入ってみたり、使っていない器具で遊んでみたり、すごくのびのびと過ごしている。


 ……こうして見ていると、マンドラゴラだっていう魔物なのも忘れちゃう。本当にただのペットみたいだなぁ。


 その様子を微笑ましく見ながら、私はれべるあっぷ食堂の料理を作っていったのだった。





「キャロちゃん、今日一日超いい子だったじゃーん」


 ――夜。

 れべるあっぷ食堂の営業が終わり、私がリディルさんと約束したバーニャカウダとチーズフォンデュの用意をしていると、食堂の方からそんな声が聞こえた。


 見れば、机の上に乗ったキャロちゃんをリナさんやセシルさんが撫でている。


「ぴきゅい……」


 キャロちゃんは何やら困ったような、照れたような顔で、されるがままになっていた。

 そこに、ドーラさんから声がかかる。


「可愛がるのもいいけど、他の野菜には気をつけなよ! 油断して王都がマンドラゴラまみれになったら、大変どころの騒ぎじゃないからね」

「はぁい」


 新しい野菜は既に運ばれて来ているから、昨日の二の舞にならないためにもしっかり気をつけなくてはいけない。


 ……いけないのに、私はとあることが気になってうずうずしていた。


「あのう……ドーラさん」

「ん? 何だいララ」

「ちょっと……ちょっとだけ、キャロちゃんと野菜を並べてみてもいいですか!?」

「ええ……!? なんでまた、そんなマンドラゴラ病を誘発しそうなことを」


 その提案にドーラさんが困惑する。私は急いで付け足した。


「いえ、あの、マンドラゴラ病が広がる原因をしっかり把握しておいた方がいいと思って……! ただそばにいるだけでマンドラゴラ病が移るのか、それとも何か特殊なことが起きているのか……知るいい機会だと思うんです!」


 力説する私に、ドーラさんがふぅむと唸る。


「まぁ確かに一理あるね」

「あたしもそう思うよママ! ずっと見張っていられるわけじゃないし、色々調べた方がいいって!」

「セシルもさんせぇ。キャロちゃんいい子だし、協力してくれそうじゃなぁい?」


 リナさんとセシルさんの後押しに、ドーラさんも考えを固めたようだった。


「……うん、確かにそうだね。せっかくの機会だ。根本的な原因を調べてみようか」


 許しが出て、私はホッとする。


 みんなで先に晩御飯を食べた後、私はご飯に満足したらしいリディルさんを握りながら、キャロちゃんの前に立った。

 リナさんやセシルさん、ドーラさんもザッ……とキャロちゃんを囲む。


「ぴきゅい……!?」


 突然みんなに囲まれたキャロちゃんが、涙目で震え始める。


「ごめんねキャロちゃん、すぐ終わらせるからね……!」

「ララ、それ包丁持ちながら言われると怖い」

「ララちゃんにぃ、ばっさり切られそぉって思うのぉ」

「あっ、ほ、本当ですね……!?」


 確かに、はたから見たら私がキャロちゃんに詰め寄っているようにしか見えない!

 リナさんとセシルさんに言われて、私はあわててリディルさんを引っ込めた。


 そこへ、ドーラさんがマンドラゴラ化していない、先程仕入れたばかりのニンジンをトンとキャロちゃんの隣に並べる。


「さて。マンドラゴラ病の検証を始めようかね。……と言っても、どうすればいいかわからないんだけどさ」


 その言葉に私は考え込んだ。


「マンドラゴラ病は順番に移るって聞きますから……キャロちゃんの隣に置いておけば、何かしら反応がありそうな気がします」


 言って、私はじっとキャロちゃんを見つめる。

 釣られてみんなも、じぃっ……とキャロちゃんを見つめた。


 さぁキャロちゃん……! 隣にただのニンジンがいるからね、それを好きにしていいんだよ……!


「ぴきゅ……ぴきゅ……!?」


 そんな私の念が通じたのか、震えていたキャロちゃんもニンジンの存在に気づいたらしい。


 私たちが見つめる前で、とた、とた、と控えめな歩みでニンジンに近づいていく。


「オッケーオッケー、その調子だよキャロちゃん……!」

「キャロちゃんがんばぁ……!」

「何かが起こりそうな予感がします……!」


 見つめる私たちは、すっかり囁き声だ。


「シッ! 見な。手を伸ばし始めたよ!」


 そう遮ったドーラさんの言う通り、キャロちゃんはニンジンに向かってそっと手を伸ばしていた。


 それから旧友との再会を喜ぶようにギュッとニンジンを抱きしめたかと思うと、キャロちゃんはにゅっとくちびる――らしきもの――を尖らせた。


「えっ!? これってもしかして……」

「ちゅー? キャロちゃん、チューするのぉ?」


 困惑のひそひそ声が飛び交う中、キャロちゃんは突き出した唇で、ニンジンにちゅっ……とキスをしたのだ。


 ――途端に、ニンジンがぶるぶるぶるっと震え出す。


「うわっ! 手足!」


 リナさんの叫びと同時に、にょきにょきっ! と音が聞こえてきそうな勢いで、ニンジンだったものに手足が生えた。


 そしてみるみるうちに釣り上がった目と口の部分に横線が浮かび上がり――パカッ! と牙の覗く口が開かれたのだった。

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